表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
165/172

158 幸せの行き先2

 ドン、という衝撃音にも似た音が、朱葵の胸辺りを突いた。

 それは、ユーキが朱葵を、拒絶した音だった。

「ごめんなさい」

 両手を突き出したままの格好で、ユーキは顔を俯かせながら、言った。

「俺・・・・・・やっぱり、遅かったかな?」

 ユーキをどれだけ大切に想っているか、気づくのに、いろいろなものを経由しすぎてしまった。今さら正面切ってぶつかってみても、開かない扉だって、ある。

「もう俺のことなんて、何とも思ってない? 馬鹿だけど俺、ユーキさんが別れようって言ったのは、俺のことを想ってくれてのことだと思ってたんだ。ユーキさんと仕事、一番大切なものを決められなかった俺に気づいて、自分から、別れを切り出したんじゃないかって」

 残された朱葵は、同じく残されたものを選ぶだけ。ユーキはそれを、自分を犠牲にして朱葵に与えてくれたのだ、と、思っていた。

「でもそれは、俺の勝手な勘違いだったんだ。樹さんとの結婚が嘘だったとしても、ユーキさんは、もう、俺に気持ちはなかったんだね」

 するとユーキの見えない顔が、フルフルと、首を振った。縦じゃなく、横に。イエスじゃなく、ノーを、示して。

「朱葵くん、変わってないわ。あたしの気持ちなんて、ちっとも分かってないんだから。あたしが今何を考えているか、どんな想いをしているかなんて、ちっとも分かってない!!」

 砂埃が渦巻いて立ち、2人に触れて、去っていく。そのせいか、朱葵を見上げたユーキの顔は、砂が目にみて、涙がひとつの大きな粒を溜めていた。

「朱葵くんを突き飛ばしたこの腕も、哀しみに溢れた『ごめんなさい』の意味も、朱葵くんには伝わってない。あたしは――」

 息が詰まって、ユーキは荒い呼吸を繰り返す。その勢いで、涙はボタボタと零れ落ち、砂を一瞬にして固めた。

 朱葵は、ユーキの両腕を掴んだ。即座に振り払おうとして上げた腕は、朱葵の力によって押さえられ、ほんの少しだけ空を切って、止まる。

「離して、離してよ」

「離さない」

「嫌だ。離して」

「離さないよ、絶対。ユーキさんの気持ちが分かるまで、離さない」

 それでもユーキは、腕を振るった。でもそれは空を切るだけで、朱葵からは離されなかった。

「俺が分かってないなら、言って。変わってないなら、ユーキさんが傍にいて、俺を変えて。俺はユーキさんに変えられたい。俺のすべて、ユーキさんにとって最高な男になるように、変えてほしいよ」

 ユーキの抵抗はふっと途切れ、両腕は、朱葵に任される。

「・・・・・・どうしてそんなことが言えるの? 朱葵くんを、あたしの好きにしていいなんて。それじゃあ、朱葵くんは自由じゃない」

「俺は自由だよ。むしろ、恵まれてる。仕事は好きなことをやって、好きな人と一緒にいて。そんな人生だったら、俺は幸せだと思う」

 するとユーキは、腫らした目を伏せて、言った。

「違う。違うの・・・・・・。あたしは、そんなことを言いたいんじゃないの」

「ユーキさん、何を思ってるの。ユーキさんの俺への気持ち、すごく伝わってるのに。なのに、それだけじゃない。何を考えてるの?」

 ユーキはゆっくりと顔を上げると、濡れた瞳で、朱葵を捉えた。

「あたしも・・・・・・。朱葵くんが、好きなの。大好きなの」

 朱葵への気持ちは、2年前から変わらない。朱葵が言ったのと同じように、自分だって、朱葵のことを愛している。世界の差も肩書きも、そこにはない。


 だけど。


「朱葵くんと別れて、あたしは、もう一度自分の夢を叶えてみようって、思った。ずっと昔からの夢、医者になりたいっていう思いを取り戻して、頑張ろうって。あのころ、もう25歳よ。優秀な人なら医者になってる。周囲は無理だって言った。だけどあたしは、必死に勉強して医大に入った。あと5年勉強して、30歳過ぎてやっと、医者になれるの。その夢を、あたしはここで、諦めたくない」

 進み出した新たな道で、ユーキは、夢を追っていた。一度は手放したものを、もう一度、その手に掴もうと、していた。

「ここから電車で30分くらいの街よ。あたしは今、そこで愛ちゃんと住んでる。医大もそこにあって、ほとんど毎日が、勉強の日々。もちろん東京なんて、2年前に離れて以来、一度も行ってない。東京に行く時間さえ惜しいの。分かる?」

 朱葵は首をコクン、と振り、頷いた。


 ――朱葵くんが好き。これからも傍で、ずっと一緒にいたい。


 ――医者になる夢を叶えたい。そのための勉強だって苦にならない。


「ねぇ朱葵くん。あたし、どうしたらいいの? 教えてよ」



 今度はユーキが、2年前の朱葵の立場に立って、考える番だった。






評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ