表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
161/172

154 結姫とユーキ

「結姫」と「ユーキ」まぎらわしいかもしれませんが・・・

「お姉ちゃん・・・・・・!!」

「ママ!!」

 ユーキと愛が驚きを重ね合わせ、結姫を呼ぶ。

 目の前にいるのが妹と娘だと、結姫は分かっていないのか、ぼんやりと天井を見つめ、重たそうに視線を横へ流す。

「愛ちゃん、あたし、先生呼んでくるから」

 ユーキはバタバタと病室を出て、結姫の視界からいなくなった。




「うん、意識がはっきりとしている。脈はまだ安定していないけど、もう大丈夫だ」

 と、初老の男性医師は、ユーキに笑いかける。

「本当ですか、先生!! 良かった・・・・・・!!」

 ユーキは愛と顔を見合わせると、さっきからざわついていた、胸のあたりを撫で下ろす。

「お姉ちゃん、分かる? あたしが、分かる?」

 ユーキの問いかけに、結姫は唇をうまく動かすことができず、コクン、と、小さく頷く。

「ママ!! わたしのこと、分かる?」

 愛はユーキの後ろから、不安そうに顔を覗かせた。7年前の自分、なんて、まだ赤ちゃんだったのだ。今、小学6年生の愛を、結姫は自分の娘だと、ちゃんと分かるのだろうか。

 結姫はまた、ぎこちなく頷いて、そのあとに、「あ」「い」と、唇で形をつくった。

「ママ、愛はずっと、ママのそばにいるからね!!」

 7年間の寂しさが溢れ出してしまったのか、愛は、「ママ」と、何度も呼んだ。小学5年生に上がるとき、高学年になったから、と、呼び方を「お母さん」に変えたのだが、愛は今、当時まだ1歳だったころの自分に、戻っていた。

 結姫は手を伸ばし、愛の髪に触れる。さらっと、その細い髪を撫で、「大きくなったね」と言うように、微笑んだ。まだ、言葉をつくるのは難しいらしい。

 すると結姫は、ユーキのほうにゆっくりと、視線をずらした。ユーキはそれに気づくと、結姫が何と言いたいのか、分かったような気がした。

「愛ちゃん。ちょっとだけお母さん、借りていいかな」

「うん、分かった。じゃあ愛は、剣斗けんとくんのお見舞いに行ってくるね」

 またね、と、愛は結姫に手を振って、病室を出た。

「お姉ちゃん。剣斗くんね、ここの病院の患者さんなの。お姉ちゃんのお見舞いに来るようになってから、友達になったのよ」

 と、ユーキは言った。

「これでいいのよね? 何か、2人だけで話したいことがあるんでしょ?」

 結姫は、ゆっくりと唇を動かし、「み・・・・・・」「き・・・・・・」と、消えそうで擦れた声を発した。ユーキはじっと、それに続く結姫の言葉を待っていた。

「わた・・・・・・し、ご・・・・・・めん・・・・・・ね」

「え?」


 ――ごめんね?


「お姉ちゃん、何言ってるの。あたしに謝ったりしないで」

「うう・・・・・・ん。わたしは、光姫の・・・・・・光姫の人生を、変えてしまったの」

「どうして、」

 どうしてそれを知っているの、と、言ってしまいそうになって、ユーキは、途中で口を噤む。

「お姉ちゃん、あたしは何も変わってないわ。お姉ちゃんに謝られる理由なんて、持ってない」

 だけど結姫は、目を閉じて、首を横にフルフルと振った。

「光姫、もう、いいのよ。わたしのせいだ、って、言ってもいいの」

「お姉ちゃん、やめてよ」

 結姫は途切れ途切れに、拙く、話す。

「わたしが光姫のすべてを奪ったんだ、って。わたしが憎いんだって、言っても、いい」

「やめて!! あたしはそんなこと思ってない」

 ユーキは、はぁ、と息をつくと、言った。

「確かにあたしは、思い描いていた夢も、人生も、すべて変わってしまった。だけどそれは、あたしが、自分で決めたのよ。たとえそれがお姉ちゃんの事故がきっかけだったとしても、そうすることが、あたしの望みだったの。だから、お姉ちゃんのせいなんかじゃない。誰のせいとかじゃ、ないの」

 結姫は体に力を込めて、起きようとした。だけど、7年も動かしていない体は、思うように動いてくれなかった。

「光姫が、自分で決めたことでも、わたしは光姫にごめんねって、言うわ。だって、約束したんだもの」

「約束?」





「結姫さん。あなたは光姫さんに、謝らなければいけない。あなたがしてしまったことは、光姫さんのすべてを奪ったんだ。今は、どこにいるか分からないけど、きっとここにも来ると思う。そのときは光姫さんに、「ごめんね」を言ってほしい」


 ――わたしは光姫の、何を奪ってしまったの?


「光姫さんは、俺と一緒にいても、あなたを忘れたことはなかったよ。俺と同じか、それよりもっと、大切に想ってた。だから彼女は、俺のこと、諦めたんだ。俺には他に大切なものがあるし、自分にも他に大切な人がいるから大丈夫、って。だから、光姫さんがここに来たとき、言ってあげて。『今まで心配かけてごめんね』って」


 ――うん、分かった。


「よし。約束だからね」


 ――ねぇ、あなたは、光姫の彼?


「・・・・・・うん。正確には、元、だけど」






「え、それって・・・・・・」

 ユーキの頭の中を、“決して有り得ないはずのこと”が、過ぎる。

「まさか、そんな」

 そして、花瓶に咲いた花束を見やる。


 ――これは・・・・・・“彼”が・・・・・・?


 結姫はもう一度体に力を込めて、ぐぐっ、と、起き上がった。

「光姫。今まで心配かけて、ごめんね。でも、もう私は大丈夫。だからあなたは、彼のことだけを、想っていいのよ。あなたの行きたいところへ行って、いいの」

 結姫は光姫の両手を握り締めると、「今までありがとう」と言って、光姫の背中をトン、と、押した。





評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ