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148 ユーキの弱さ

「樹を頼るのも、これでもう最後」

 そう言ってユーキは、樹にあるお願いをした。



 *  *  *



「お願い?」

「そう、3つ。1つは、稜のところへ一緒に行くこと。もちろん俺は初めからそのつもりだったけどな」

 樹はふっ、と、呆れたように気だるく笑う。

「2つめは、さっきも言ったが、偽りの結婚相手になってほしいってこと」

 樹はユーキからそう言われたとき、あまりに突拍子のない言葉に、思わず聞き返したのだという。だが、そうして返ってきた言葉は、やっぱり聞き間違いなんかではなかった。

「あたしと結婚することにしてほしいの。この紙切れの上だけでいいわ」

 と言って目の前に差し出された婚姻届には、すでにユーキの、いや、光姫の名前が書いてあったのだった。

「何でユーキがそんなことしたか、分かるか?」

 朱葵は考え、だけどすぐに首を横に振った。どれだけ時間をかけて考えても、そのときのユーキの気持ちは分からないような気がした。

 何か、大切なことを決意したユーキは、あまりに突然、思いもしないことを言う。東堂に2人の関係がばれそうになったとき、「このまま見つかってしまおう」と、わざわざ東堂の前で腕を組んでみせたのがいい例だ。この場合、別れを決意したユーキは、偽りの結婚という結論にたどり着いた。

 そう思ってみると・・・・・・。

「樹さん」

 朱葵はふと、気づく。

「ユーキさんて、もしかして、すごく・・・・・・」

「すごく・・・・・・、何だ?」

「ユーキさんて、もしかして本当はすごく・・・・・・ものすごく、弱い人なんですか?」

 だって、考えが極端すぎる。壁にぶつかって、飛び越える工夫をするという選択も、一旦引き返してみるという選択もない。ただ、真正面からぶつかっていくことしか、できない。

「単純だろ」

 と、樹は言った。

「お前の言う通り、ユーキは、弱いんだ。正面からしか向かえないだけなのに、周囲は、正面から向かえることが凄いと思ってる。ああでも、それはユーキの強さでもあるかもしれないな。他人に弱いと思わせない」

「じゃあ、結婚っていうのも、」

「お前と別れる。だけどどうやって別れようか。じゃあ結婚することにしよう。そうすればお前も納得せざるを得ないだろう。そう考えたんだろうな」

 樹はユーキからそれを聞かされたとき、何て単純な女なんだ、と、改めて実感したのだという。

「そもそも、別れるなんて判断も、極端すぎたけどな。でも俺は、ユーキを止められなかった。最後の、3つめのお願いってのが、『何も言わないでほしい』だったから」


「あたしはもう決めたから、何も言わないでほしい」


 そう言われてしまったから、樹はユーキに、何も口出しできなかった。

「俺には、何も話さなくていい。お前がユーキのすべてを知って、今、ユーキのことをどう思っているか。これから、どうしたいかは、ユーキに直接言え」

 そして樹は、最後に、言った。

「俺も、ユーキには2年間会ってない。あいつがどこにいて何をしているか、正直分からない。だけど、だいたいの見当はついてる。どうする? 行くか?」

 すべてを知って、今さら答えなんて、ひとつしか残っていない。

「行きます。ユーキさんに会って、言いたいことがあるんです」

 


 朱葵のその答えを、樹は2年間、ずっと、待っていたかのように。



「ユーキは、ここにいると思う」



 朱葵の前に差し出された、小さな紙切れ。

 


 スーツの胸ポケットに入れっぱなしだったその小さいメモは、しわしわに、くたくたになっていた。





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