147 ユーキであって、ユーキでない
「それは直接、本人に言え。でもユーキはお前と付き合ってから、変わったと思う。ユーキは『ユーキ』であって、そうじゃなかった」
「そうであって、そうではない?」
朱葵は、樹の言葉の意味が分からなかった。
「お前はユーキを、どんな女だと思う?」
「え?」
「初めて会ったときから今まで、お前の見てきたユーキは、どんな女だった?」
朱葵は目を丸くさせる。
――どんな女か、なんて、考えたことなかった。
初めから、ユーキは、ユーキだった。どうあるべきかを分かっていて、他人の期待を裏切らない。その完璧さの中に違和感を見つけたのは、偶然だった。都合良く、自分が演じる仕事をしていて、人を観察する癖があったからだ。
「気づいたのは俺だけ、って、ユーキさんは言ってたけど、でも樹さんは最初から、ユーキさんを理解していたんですよね。今だって、樹さんはユーキさんがどんな女かを知っているのに、俺は――」
「お前は、いつまでそんなこと言ってるつもりだ?」
樹は朱葵を遮り、言った。
「お前といるときのユーキなんて、俺は知らない。知ってるのは、お前とのことで悩んだり喜んだりしてる女。ユーキじゃない。あれは、光姫だ。ユーキの、本当の素顔」
「本当の・・・・・・」
そう言って樹は、シャンパンを手に取った。トクトクトク、と、声を鳴らしながら、シャンパンはグラスに注がれる。まるで、樹から見たユーキのようだ。瓶に詰められたシャンパンは、空気と触れ合って、グラスに美しさを放つ。シュワシュワと、喜びながら。
「お前はユーキの空気だ。お前といると、ユーキはユーキでいられない。お前のことで一喜一憂する、ただの恋する女だった」
朱葵のことで何かある度に、樹を頼ってきたユーキ。それは樹も初めて見る、ユーキの姿だった。
「見かけと違って夢見る少女ちゃんだもんな」
かつて、そんな風にユーキを茶化したことがあった。そこで樹の指す夢見る少女とは、光姫のことだった。ユーキは、ユーキであって、ユーキではなかったのだ。
そもそも、ユーキは朱葵と出会ったときから、光姫だった。朱葵に本性を見抜かれた日、樹のもとに泣きついてきた、あの夜から。
「いい加減、分かってやれ。ユーキがお前を、どう想ってたか。俺と自分を比べるな。俺は、同じ位置にだって立ってないんだ」
朱葵はその言葉をじっと聞き入れ、噛みしめた。