145 トワイライト
ゲートの前には人だかリができていて、正直、行きづらい。今日の朱葵はホストの格好をしているわけでもないし、特別変装してきたのでもない。有紗に借りたサングラスは、顔を隠すためというより、より人目を惹きつけるためのものになっているような気がする。センスのいい新作ブランドのサングラスは、朱葵の服装に抜群に似合っていたのだ。
「青山さん、行きますよ?」
タクシーを降りて、いつまでも車道に立ったままの朱葵に、有紗は声を掛けた。
「あ、でも、何だかあそこ、人が多くて」
「大丈夫。ほら、早く」
と、有紗は朱葵の腕を引いていった。朱葵は顔を俯かせ、なるべく目立たないように、歩いた。けれどそれはあまり意味のないことで、すでに有紗ひとりだけでも、十分に目立っていたのだ。
「うわ〜、様になるカップル」
「美男美女? 男の顔見えないけど」
「あの人って有名なキャバクラ嬢じゃない?」
だが、有紗が目立つことで、朱葵は注目を独り占めすることもなく、「青山朱葵」だとばれずに済んだのだった。
ゲート前の人だかり。それが何か分かったのは、人だかりの中心にいた人物が、同じく人だかりに囲まれていた有紗を見つけたときだった。
「よお有紗ちゃん」
と、真っ白なスーツに身を包んだ樹が手を上げて、こっちに向かって笑った。
「樹さん!! お出迎えに来てくれたの?」
有紗は人ごみをするりと抜け、樹の元へ駆けていった。そして2人は向かい合い、笑い合う。その姿は今や新たな恋人として認められ、憧れの存在として知られている。ユーキの戻ってくるところは、もう、この世界には、ない。
樹は有紗の先に朱葵の姿を見つけると、言った。
「2年、か。随分遅かったな」
「樹さん・・・・・・」
朱葵は樹のほうへ歩き出し、真向かいに立つ。
「お久しぶりです、樹さん」
「あぁ」
樹はタバコを取り出し、ライターを探る。が、思い直してタバコを握り潰した。人目がさらに、3人に集中し始めたのだ。
「ここはまずいな。とにかく行くか」
「『トワイライト』でいいの?」
「ああ。今なら落ち着いてる頃だから」
そして朱葵を促し、3人は「トワイライト」に向かっていった。
「トワイライト」で朱葵が驚いたのは、ホストたちの第一声だった。
「オーナー、おかえりなさい!!」
フロアに向かう途中、次々とホストたちが頭を下げ、挨拶をしていく。その光景を朱葵は、不思議に見ていた。
フロアを通り抜けて、向かったのは、奥のバックルーム。かつて朱葵がホスト体験をしていたとき、よく来ていたところだ。そのさらに奥、朱葵も入ったことない部屋がある。それが、「Owner’s」と呼ばれているところだ。
「ここは、」
「ああ、お前は初めてだったな」
樹はソファに腰を下ろすと、新しくタバコを取り出し、火をつけた。
「ここは樹さんの部屋よ。オーナーズルーム」
と、あとから入ってきた有紗はグラスを3つ手にしてきた。
「シャンパン貰ってきちゃった」
そう言って、ペロッと舌を出す。
「あの、オーナーって、樹さんのことですか?」
シャンパングラスがゴールドに輝いて、泡を弾く。それをくいっと飲み干して、樹は、朱葵に言った。
「2年前な」
「2年前って、ユーキさんと結婚したときですか? それをきっかけに?」
樹は一瞬、黙った。スーツに零れ落ちた灰にも気づかない。
「・・・・・・ああ、そうか。そうだったな」
と、思い出したように声を上げ、続けた。
「もう2年も経ったんだ。今さら、嘘をつく必要もないか」
そう納得して、樹は有紗をちらっと見やると、有紗が、小さく頷く。
すると樹は、言った。
「俺とユーキは、結婚してない。俺は、あいつの相手として、名前を貸してやっただけだ」
そして2年前、そうなった経緯を、樹は話し始めた。ダラダラとしゃべるつもりはない、と、前置きをして。