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144 ユーキの残したもの

 ピカピカ通りからタクシーに乗って、新宿へと向かう。

「あの、すいませんでした」

 静かな車内の中、朱葵は、唐突に話し掛けた。

「え?」

「お客さんがいたのに、帰させてしまって。大丈夫なんですか?」

「あぁ、大丈夫ですよ」

 有紗は笑って、朱葵のほうを見た。

「あのお客様は、元々ユーキさんの指名客だったんです」

「え?」

 有紗は2年前、ユーキが突然辞めたときの、あの出来事を、思い出す。

「ユーキさんが辞めたのって、あたしたちキャバクラ嬢をはじめ、夜の世界に、大きな衝撃をもたらしたんです」

 あの日、有紗は、いつも通りに出勤した。あまりに変わりのない日常に、異変を感じることさえ難しい。そんな夜だった。

「『夜からユーキが消えた』って、大騒ぎで。もちろんあたしも、その中の1人だった。ユーキさんがいなくなったら『フルムーン』はどうなるんだろうって、そればかり考えてました」

「フルムーン」は7割、ユーキの指名客で成り立っている。ユーキのお客なしでは、「フルムーン」はやっていけないはずだった。

「でも、ユーキさんがお店を辞めてからも、お客様は皆、『フルムーン』に来てくださって。それがなぜなのか、分からなくて。あたし、樹さんに相談したんです」

 そこで有紗は、ユーキが残していったものの存在を知る。ユーキが、有紗のために、そして「フルムーン」のために、していったことを。

「ユーキさん、お店を辞める1か月以上も前に、オーナーに話していたらしいんです。お客様にも、自分は辞めるけど『フルムーン』をこれからも愛してほしいって、ひとりひとりに、そう、声を掛けて。言われれば、確かにユーキさんが休みなしで働いてた時期があったなって、後から気づきました。ユーキさんが辞めたのが5月だったから、2年前の、4月」

 2年前の5月。ユーキが、朱葵に別れを告げに京都へ来たころ。あのとき、ユーキはすでにお店を辞めていたのだと、朱葵は知る。


 ――本当に、何もかも捨ててしまったんだ。


 ユーキを取り巻いていたもの。地位も幸せもすべて。

 ただひとつ、ユーキを纏う華やかさだけを、残して。

「樹さんに相談したとき、あたし、言われたんです。『ユーキがいなくなってお店の心配ができるってことは、いいキャバクラ嬢の証拠だよ。有紗ちゃんはもっと自分に自信を持っていい』って。その言葉があったから、あたしは今まで頑張ってこれたんです」

 有紗にとって樹は“憧れ”なんて儚いものではなくて、追いつきたい、そして隣にいたい、大切な存在なのだ。今はまだ、樹に追いつくこともできていないけれど。それでも、“いつか”を夢見て、有紗は「フルムーン」のナンバーワンになり、2年間その座を守り、ユーキに代わる新たな「六本木ナンバーワンキャバクラ嬢」として、その名を夜に広めている。

 

 愛は時に、人を傷つけ、幸せを奪う。

 だけど、愛はいつでも、人に力を与えてくれる。


「だから樹さんは、きっと、青山さんの願いを叶えてくれます」

 それが、どんな形であろうとも。何が、真実だったとしても。

 

 だって樹は、ユーキを愛しているから。ユーキの幸せを、誰よりも強く望んでいるはずだから。



「お客さん、着きましたよ」

 歌舞伎町のゲートは、もうすぐ目の前にある。





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