14 違和感
「ここ・・・・・・ユーキさんの家?」
「そうよ」
「俺、どうして」
「朱葵くん、昨日お店で倒れちゃったのよ。家知らないし、とりあえずあたしの家に連れてきたの」
「そうだったんだ。ここ、ユーキさんの家だったのか」
朱葵は、なんだか不思議な感じがしていた。
この可愛らしい部屋にユーキが住んでいる、とは、どうしても思えなかったのだ。
「みきちゃんとアイのお家だよ!!」
少女は身を乗り出して、朱葵に言った。
「そうね。ここは愛ちゃんのおうちでもあるのよね」
「うん!!」
ユーキは少女の前にしゃがんで言う。
「愛ちゃん、そろそろケーキ焼けたみたいだから、ひっくり返してきて。熱いから気をつけて。みきちゃん、おにいちゃんとおしゃべりしたらすぐに行くから、みんなの分、お皿に盛りつけておいて」
「はぁい」
少女は嬉しそうに返事をすると、部屋を出て行った。部屋に、ウキウキとした空気を残して。
「具合、どう?」
ユーキが朱葵に聞く。
「あ、うん」
そうは答えたが、頭の痛みは依然、治まっていない。
「今ね、パンケーキを焼いてたの。朱葵くんも食べられそう?」
「あ、うん」
「よかった。あのこ、おにいちゃんのは自分が焼くって、はりきってたのよ」
「ユーキさん・・・・・・」
そのあとの言葉を、朱葵は声に出せなかった。
自分の心の中でだけ、何度も繰り返している。
――あのこ、ユーキさんの子供?
それは、信じられなかったのか。そう思いたくなかったのか。
ユーキは、そんな朱葵の心を読み取ったかのように、話し始めた。
「あのこ、あたしの姉の子供なの」
「え?」
ユーキはチェストの上の写真を手に取った。
「あたしに似てるでしょ。これ、今のあたしと同じ歳のころの、姉なの」
そしてそれを、朱葵に渡した。
さっきも見たはずのその写真に写る女性が、もうユーキにしか見えないほど、よく似ている。
「事情があって、姉のかわりにあたしが育ててる。愛っていうの。朱葵くんのことテレビで見てるらしくて、すごく心配してたのよ」
「そうなんだ」
ユーキの言葉に、朱葵は違和感を感じていた。
「みきちゃん、おにいちゃん。やけたよ〜」
そこに愛の声がして、ほんの少しの沈黙が、解かれた。
「行こ、朱葵くん」
「ユーキさん、『みきちゃん』って」
と、朱葵が言うと、ユーキは部屋を出ようとしたところを振り返って、あっさりと言い放った。
「ん? 本名よ。前にも言ったでしょ、『ユーキ』は源氏名だって」
そう言って、出て行った。
朱葵は、さっきから感じていた違和感を、どうしても拭うことができなかった。
――事情があって、姉のかわりにあたしが育ててる。
その言葉の中に、なにか、ものすごく重大なものが、隠されているような気がしてならない。
まるで、言葉が押さえつけられたみたいだった。
自分から話して、それ以上は何も言わせない圧力みたいなものが、言葉のひとつひとつに込められていた。
それでもそのときは、朱葵は何も言わなかった。
そのあとの時間が、朱葵にとって初めての空間であり、頭の痛みさえ忘れるほど、楽しいひとときだったのだ。