138 月日
朱葵は、走っていた。
これまでにないスピードで、一気に坂を駆け上っていた。
時の流れに足も止めず。
気づけば2年の月日が、世界を回って。
朱葵は、23歳になっていた。
* * *
「朱葵、次に移動だ!!」
雑誌の取材を終えて、今度はドラマの撮影でテレビ局に向かう。
「待ってよ。俺、今日の分のセリフ入ってないんだから」
「移動中に覚えろ」
「今日長セリフあるじゃん」
朱葵はテレビ局に着くまでの約20分、後部座席で、黙々とセリフ覚えをすることになった。
東堂はバックミラーで、朱葵をちらりと見やる。
――そろそろ休みを入れてやらないとな。
2年前、京都で初主演映画の撮影を終え、東京に戻ってきてから、朱葵は、連休を取ったことがない。丸一日休んでも、次の日はその分、朝早くから夜遅くまで、仕事が詰まっていた。特に映画が公開してからは、その演技力が称賛され、映画やドラマ、それ以外にも多方面から、数々の仕事が来るようになった。
まさに、仕事が朱葵を求めている、と、いったような。
東堂は、その多くの仕事を受けた。そうすることで朱葵が、仕事に没頭し、ユーキのことを忘れることができればいいと、考えていたのだ。
この2年、一度も朱葵が言葉にしなかった「ユーキ」は、確実に、朱葵の中から消えていっただろう、と。
午前0時になるところだった。今日の分の撮影は終わり、東堂はそのまま打ち合わせがあるからと、朱葵に、タクシーで帰るよう言った。
もうしばらく車での移動が続いているから、正面玄関を通るのは久しぶりだった。そう、確か、桐野に連れられた夜、ユーキが待っていたとき以来。
朱葵が自動ドアを通ると、警備員が2人いて、向かい合って挨拶をしている。どうやら、0時を境に交代するらしい。朱葵はそれを横目で追い、通り過ぎる。
「お疲れさまです」
去り際にそう声を掛けると、2人は朱葵に気づき、そっちを向いた。するとそのうちの1人が、「あっ、あんたは!!」と、2つの自動ドアに挟まれた狭い空間で、声を響かせた。
「えっ?!」
朱葵がそっちを見ると、自分も「あっ」と、驚きの声を上げた。
「あのときの・・・・・・」
「そう、そうだよ!! いや〜覚えててくれたとは、嬉しいね」
あのときの警備員。もちろん忘れていたが、“今”だから、覚えていた。ちょうど朱葵が、あのときのことを、思い出していたから。
そこにいては通行人の邪魔になるので、朱葵と警備員は、ユーキの座っていた噴水のところに座って、話した。警備員は交代して少し仮眠を取る予定だったのだが、「そんなのはいい」と言った。
「長年やってる仕事だ。仮眠を取るタイミングなんて他にもある。それより、あんたの話を聞かせてくれ」
そう言ったのは、朱葵が、「彼女とは別れたんです」と漏らしたからだ。
「あんたたちは何で別れたんだい?」
「え、何で、って・・・・・・」
東堂も桐野も、「別れた」と告げたあと、こんな風に聞いてはこなかった。警備員に初めてそう聞かれて、朱葵も、分からなくなる。
――何で、だったっけ?
ユーキが樹を選んで、結婚するから?
ユーキが苦しんでいるのに、朱葵が気づいてあげられなかったから?
2人の気持ちが、離れ離れになってしまったから?
どれも合っているようで、だけど、何かが違うような気がする。
そういえば別れを告げられたときも、朱葵は、考えた。結局答えは見つけられないまま、そのあとは考えることもしなくなったけれど――。
――あれ? 何で、別れたんだろう?
今になって、心の中の奥深いところから、感情が溢れ出す。