135 もうひとつの感情
「それって、別れた理由を聞いてるんですか?」
「簡単に言えば、そうですね」
ユーキはふぅ、と息をつき、何て言うべきか、考えた。「朱葵に幸せになってほしいから」では、東堂は納得してくれないような気がした。
そして言葉を選んで、言った。
「待っていられなくなったから、です」
それも、事実。このまま付き合っていても、朱葵が演技の世界から帰ってくるのを、ユーキは、ただ待っていることしかできない。
朱葵を、待っていられなくなった。
同時に、“待つことしかできなくなった”。
そしてユーキは、予感した。待って、待って・・・・・・いつか、ユーキが待っていることにさえ気づかずに、ひとりで先に行ってしまう朱葵の姿を。
――朱葵くんの夢のために別れるとか言って、本当は、自分がこれ以上傷つきたくないだけなんだ。
犬のように、飼い主の帰宅をひとりでウロウロしながら待つことなんて、ユーキにはできない。その間の寂しさや孤独感は、どうやったって拭えないだろうし、増えるだけ増えて、減っていくことはないから。
「そう。あたしは、朱葵くんを待っていたくないんです」
ユーキは自分にもそう言い聞かせ、朱葵への想いを、振り切ろうとした。
まだ心の中にしぶとく在り続ける、朱葵を好きでたまらない、と叫んでいる、感情を。
* * *
泊まる気はなかったので、ユーキは、宿泊施設の予約をしていなかった。だけど新幹線は最終が出発してしまっていたので、「どこか適当なビジネスホテルにでも泊まる」と東堂に告げ、京都駅の前で降ろしてくれるよう頼んだ。駅前なら、ホテルはなくても何かしら、朝まで時間を潰せるところがあると思ったのだ。それに、もし何もなくても、駅の辺りで野良犬のように過ごし、朝一番の新幹線で帰ることだってできる。
けれど、東堂はそれを許してはくれなかった。無言の車内、「着きましたよ」と車を停めたのは、さっき出てきたはずの、朱葵がいるホテルだった。
「東堂さん、どういうことですか?」
ユーキは勢いよく東堂のほうに体を向けて、言った。
「今日は僕の部屋に泊まってください」
東堂は前を向いたまま、話す。
「それじゃあ東堂さんはどうするんですか?」
「僕は男ですから、どうにだってなる」
「あたしだって一晩くらいどうにでもなります」
「駄目です」
「何でですか」
すると、東堂がユーキを見て、乗り出していたその細い腕を掴み、言った。
「あなたみたいな人が野宿するかもしれないなんて、想像もしたくありません」
と、真剣な眼差しで。
ユーキは、ドキリとした。それは、初めて見る東堂の“男”の部分だった。「マネージャー」という肩書きを捨てた「男」が、今、ユーキの目の前に立っていた。
「・・・・・・分かりました。でも、東堂さんを追い出すわけにはいきません。ベッドは2つあるし、同じ部屋で寝ましょう」
ユーキは、朱葵の部屋を思い出した。確か、ベッドが2つの、ツインの部屋だった。
「あなたがいいなら、僕はそれでかまいません。とにかく、あなたにはちゃんとした所に泊まってほしいだけですから」
と東堂は言って、車を降りた。
ユーキは、東堂の言った「あなたみたいな人」とは、「ナンバーワンキャバクラ嬢」を差しているのかと思い、キャバクラを辞めたことを話そうか、迷って、やめた。朱葵に知られたくないことは、東堂にも、話すつもりはなかった。
だけど、東堂の差す「あなたみたいな人」の、本当の意味は――。
「あなた」だった。
「あなたみたいな人が野宿するかもしれないなんて、想像もしたくありません」
「あなたが野宿するかもしれないなんて、想像もしたくありません」
「あなたがそんなことするなんて、耐えられない」
東堂は、まだ、気づいていない。
この、胸の奥にキリキリと突き刺さるような、切なくて愛しい感情に。
東堂さんも加わってきちゃいました。もうすぐラストだってのに面倒なことが・・・・・・。
次回は「ドキドキ☆ユーキと東堂の一夜」をお送りします。もちろんタイトルは違いますよ!!
そしてその次からは、舞台を東京に戻します。
あと何話なのか、作者にもまったく分からないんですが、これからもよろしくお願いします。