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133 「さよなら」

「結婚・・・・・・樹さんと?」

「そう」

「嘘だ」

「嘘じゃないわ」

「嘘だよ。絶対に、嘘だ」

 途切れなく、言葉が飛び交っている。想いが交錯して、冷静を失っていく。

「ユーキさんと樹さんは、お互いに恋愛感情を抱いてない。俺には分かるよ。だって俺は、ユーキさんをずっと見てたし、樹さんをいつも気にしてた。樹さんはユーキさんをどう思ってるのか、不安だったんだ」

 そう。樹は、ユーキを理解していた。

 

 初めから。


 朱葵が、ユーキと出会う、ずっと、前から。


「でもユーキさんは、俺を好きになってくれた。樹さんを好きになるなら、もっと前に、そうなってたはずだよ。樹さんだって、俺に協力してくれてた」

 と、朱葵は言った。

「そうね。あたしにとって樹は、恋愛対象じゃ、なかった。樹だってそう。でもね、朱葵くんと離れている間、あたしと樹は同じ痛みを共有して、同じ感情を持った。あたしと樹は、お互いに必要なパートナーなんだって、改めて気づいたの。それで、結婚っていう形を取って支え合っていこうって、決めたのよ」

 稜に会って、ユーキと樹は、それぞれ痛みを負った。

 夢まで捨てて、稜への復讐のために生きてきたユーキ。

 稜に捨てられて自殺を図った愛する結姫が、実は稜のために自分から車道に飛び出し、しかも、稜も本気で結姫を愛しているのだと知った樹。

 2人は、同じだった。

 それまで生きてきた意味も、それからをどう生きればいいかも。

 同じ痛みを負って、お互いに、同じ想いを抱いた。


 ――私たち(俺たち)は“同じ”。


 なのだ、と。

「どうしても信じられないなら、」

 ユーキは、手を差し出した。すうっと伸びた指の先に、何か、持っている。

 朱葵はそれを受け取った。開いて、開いて、それは1枚の大きな紙になった。


“婚姻届”


 ユーキと、樹の、本当の名前が書かれた、紙。

 名前が違う、まるで、そこに書かれているのは全くの別人のように思えるのに、それは、確かにユーキと樹のものだった。

 

 ユーキの本当の姿、「吉倉光姫」が、そこに、存在していた。



 *  *  *



 この部屋に朱葵をひとりだけ残していくことを、ユーキは、躊躇っていた。ベッドに座り込んだ朱葵に月明かりが光をもたらしても、朱葵の影は薄暗く伸びるだけ。その姿がとても辛くて、見ていられないのに、目を、離すこともできない。

 ベッドの横には液晶パネルが午後10時30分を映し出していて、ユーキはそれに目をやると、きゅっと唇を噛んで、ドアに向かって歩き出した。

「・・・・・・」

 最後に何かひとこと。そう思っているのに、何を言えばいいのか、迷っている。

 だって、「仕事頑張ってね」も「幸せになって」も、本当の気持ちのはずなのに、言葉にしたら、何だか偽善的なものになってしまうような気がする。

 絨毯じゅうたんの床にヒールはトッ、トッ、と、鈍い音を鳴らして、朱葵のもとから去っていく。

「ユーキさん、行くの・・・・・・?」

 

 ――樹さんのところへ。


 ユーキは、朱葵が、そう言っているように聞こえた。

「・・・・・・ええ、行くわ・・・・・・」

 

 ――樹が待ってるから。


 ユーキは、朱葵に、そう聞こえるように、言った。




「・・・・・・さよなら」




 どっちが先に、そう呟いたか、分からない。


 もしかしたら、2人とも、同時だったかもしれない。





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