13 介抱
「朱葵くん、熱あるんじゃないの?」
「・・・・・・え?」
突然、目に繋がるすべての神経が、ぷっつりと途切れてしまったみたいに。
「朱葵くん?」
視界が、真っ暗になった。
「朱葵くん!!」
朱葵は、ユーキに被さるように、グニャっと倒れこんだ。
「ユーキ、どうした?!」
ユーキの叫び声で、樹が駆け寄ってきた。
「樹。朱葵くん、熱があるみたいなの。どこかで休ませないと」
「5日間休みなしで仕事してたからな。ただでさえ芸能界の仕事も忙しかったのに」
「そんな悠長なこと言ってないでよ。どうすればいい? 朱葵くんの家なんて知らないし」
「そう言っても、俺はまだ仕事だしな。 お、そうだ。ユーキ、おまえんちに連れてけよ」
「え?!」
予期しなかった樹の言葉に、ユーキは驚いた。
「なんであたしの家に・・・・・・」
「だって他に連れて行けるところなんてないだろ。おまえんちならそう遠くないし、そのへんのラブホテルに連れ込むよりよっぽどいいだろ」
「冗談!! 連れ込むなんて言い方しないでよ」
「じゃあ、決まりだな」
「・・・・・・」
ユーキは半ば樹の口車に載せられる形で、朱葵を自分の家へと連れて行った。
* * *
喉が潤いを求めているのを感じて、朱葵は目を覚ました。
ぼんやりと視界に映るのは、いつも目を覚ます部屋の天井よりも、はるかに低い。
「ここ・・・・・・俺の部屋?」
ガバッと起き上がると、頭の中がグルンと回って、気持ち悪い。
頭を抑えながら辺りをゆっくり見回すと、殺風景な自分の部屋とは違って、可愛い小物で埋め尽くされている。
「どこだよ、ここ」
どうやってここに来たのか、朱葵は眠る前のことを思い出そうとしていた。しかし、真っ暗な空間でユーキを抱きしめていたところで、記憶は途絶えていた。
「そういえば昨日は1日中だるくて、ぼーっとしてた」
だからあんな大胆なことをしてしまったのだ、と、朱葵は思い返していた。
普段の朱葵なら、絶対にしない。誰かを強く、抱きしめるなんてことは。
だけど、身体が熱を持っていたのは、それだけのせいじゃなかった。
途絶えた記憶の先に、ユーキに見つめられたときのあの瞳だけは、朱葵の心の中に焼き付いていた。
「どこだ、ここ」
朱葵は、いくら部屋を見回してもここがどこなのか分からなかった。
ベッド脇に囲まれているぬいぐるみに、おもちゃが山積みになっているボックス。
朱葵はふらふらと立ち上がり、チェストの上に飾られている写真たてを見た。
1枚の写真に、幼い子供と、若い女性が、仲良く笑っていた。
女性の顔に、朱葵は見覚えがあるのをなんとなく感じた。
テレビで見た人なのか、どこかで会った女優だったか。
それが誰だったのかを、どうしても思い出せなかった。
そのとき、ガチャ、と、音がした。
朱葵が部屋のドアのほうに目をやると、そこに、少女が立っていた。
見知らぬ少女。だけど、知っている。
少女は、その写真に写っていた幼い子供だった。
「あ、起きた!! みきちゃんみきちゃん、おにいちゃんが起きたよ!!」
少女は朱葵に駆け寄りつつ、“誰か”に伝えるように、大きな声で叫んだ。
「愛ちゃん。おにいちゃんは病気だから、あんまりおっきな声出しちゃだめよ」
「はぁい」
少女はぱっと、両手で口を覆った。
「朱葵くん、具合どう?」
――そうだ。この女性は、彼女に似ているんだ。
写真に写った若い女性を、朱葵は目の前に立っている女がそうなのだと、確信した。
「愛ちゃん」の頭を優しく撫でながら、ユーキが朱葵を見ていた。