131 伝えたいこと
出会ったころを覚えている。光が溢れるフロアの中、ユーキは、一番輝いていた。それこそ、100万ボルトの輝きだって敵わない。自分が100万ボルトの衝撃を受けたような、そんな出会いだった。
忘れられない瞬間とはそういうもので、きっと、今このときは、とてもじゃないけれどそれに並べられるような綺麗さはない。
だけど朱葵は、この再会を、忘れることはないだろう。
* * *
部屋の中が薄暗く、だけど仄かに明るいのは、いつものことだ。真っ暗闇にカーテンの隙間から覗く月明かりが、ただ一点を見つめるように差し込んでくるだけ。月の動きに合わせて、一筋の光も、器用に位置を変えて。
今日は昨日よりも左に寄った光が、ベッドに差している。
そしてその光が、ベッドに座るユーキへと照らされて、朱葵の目に、映った。
「ユーキ・・・・・・さん・・・・・・?」
朱葵はその場に立ち竦み、ユーキから目を逸らせなくなっている。
「お疲れさま、朱葵くん」
それは確かにユーキで、夕方見つけたときのままの格好をしていた。
「どうして、ここに?」
「うん。東堂さんがここのカードキーをくれて」
「東堂さんが?」
言われてみれば、東堂の様子がおかしかった。撮影終了からさっきまで、ぼーっとしていたり、かと思えば、朱葵が何か言うと、挙動不審になったり。いつもの東堂にはありえないことだった。
「東堂さんと、会ったんだ」
「ええ。清水寺で、ばったり。朱葵くんもいたみたいだけど、会わなかったわね」
「・・・・・・ううん、会ったよ」
「え?」
ユーキはふっ、と、顔を上げた。視線が朱葵の瞳とぶつかり、どきっとした気持ちを抑えるように、目を逸らす。
「清水の舞台で、ユーキさんと会ったよ。同じように柵に肘をついて、景色を眺めてた。・・・・・・驚いた。本当にあれは、ユーキさんだったんだ」
ユーキは再び朱葵を見ると、また、視線がぶつかり、今度は絡まった。さっきからじっとユーキを見つめたままの朱葵の瞳に、ユーキの瞳が捉えられ、離れない。
“離せない”
「・・・・・・やだ。あたし、何かおかしい?」
ユーキは耐え切れず、言った。
「え?」
「そんなにじっと見ないで」
朱葵はそれに気づくと、「あっ、ああ」と、声を上げ、視線を外した。
「どうして突然京都に?」
「え?」
「来るなら、連絡してくれれば良かったのに」
と、朱葵が笑うと、ユーキは心の中で、呟いた。
――連絡なんか、できるわけないじゃない。
そう。連絡なんかできなかった。朱葵からだって来なくなったものを、自分からできるわけない。だってそれは、朱葵が、ユーキのことを考える暇も余裕も無くなってしまったということを、示しているのだから。
「ごめんね。忘れてた」
「仕事は?」
「また休めってオーナーに言われちゃった」
だけど、連絡が来なくなったことの不安や、「フルムーン」を辞めたこと、そしてもちろん過去の話を、ユーキは、するつもりはなかった。
そんな風に時間を掛ければ、せっかく固まった心が、とろとろと溶けてしまいそうで。
「ユーキさん。俺、明日休みだからさ。今日は疲れちゃって案内できないけど、明日、どこか街に出ようよ」
ユーキはくすっと、笑う。
そうしたかった。今日の夜はゆっくり、ベッドで少しだけ離れていたときの話をして、お互いへの想いを確かめ合って眠り、明日は2人で、街を歩きたかった。
でも、もうできない。
それは夢。
夢は今日、ひとりで現実に変えてきた。
「朱葵くんは変わらないわね」
ユーキは立ち上がると、朱葵の前に立った。一筋の光はユーキから離れ、ベッドのシーツに注がれる。
薄暗さに、光を背にしたユーキの表情が、僅かに映る。
ユーキは、朱葵を見つめていた。視線を自分から絡ませ、瞬きもせずに、思い詰めた顔をして。
「朱葵くんのそういうところ、好きだった。でも、あたしが、変わってしまったの」
伝えたかったことはたくさんある。
だけど、そのどれかひとつしか伝えられないのなら――。
「あたしはもう、傍にはいられない。朱葵くんを、待っていることはできない」
ユーキは、朱葵の幸せを願って、別れを伝える。