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124 馬鹿な姉妹

「私、人と上手く話せないの。そんな自分が嫌で、初めて親に反抗して、東京に来たの。だけど、毎日街に出ても何も変わらない。誰とも話せない。それで、あそこにいたの。あそこにいれば、向こうから話し掛けてくれるでしょう?」

 稜の住むマンションに初めて来た夜、結姫はベッドの上で、こんなことを話していた。

 名前も、歳も、知らない。2人は、ただひとつ、お互いの体を知ったばかりだった。

「それなら向こうから来るのを待つより、自分から話さないといけない環境にいればいーじゃん。キャバクラで働くとかさ。まあそれは冗談だけど、とりあえず客商売を、」

「あっ、そっか!! キャバクラで働けばいいんだ!!」

 ちなみに稜が言いかけた「客商売」は、もっと普通の、例えばカフェやショップ店員といったような接客を表していたのだけど・・・・・・。結姫はすっかり、キャバクラで働くことを決めてしまっていた。

「あぁ、お前天然なんだよな」

 稜は思い出したように呆れて、溜め息を吐き出す。

「ねぇ!! お店紹介してくれる? あなたの仕事もそうなんでしょ?」

 

 そうして結姫は、キャバクラで働き始めたのだった。



 *  *  *



「結姫が週3くらいで俺を指名するようになったのは、半年後だったかな。少しずつ他人と話せるようになって、稼ぎが良くなったから、って言ってた」

 俺の目にはその変化が分からなかったけど、と、稜は笑った。

 ユーキは、稜に複雑な感情を抱いていた。だってそれでは、結姫が初めから稜に対して警戒心や嫌悪感など、そういった類の想いを持っていなかったということになる。稜にだけは心を開いていたのだ、と。

「でもお姉ちゃんはそれで、あんたに溺れていった。だから、あんたに裏切られて、事故に遭ったんだ」

 ユーキは頑なに、稜を信じようとしない。

「何で、お前がその事情を知ってる?」

「お姉ちゃんは、あたしに電話してきた。『人に裏切られるってことがどんなに辛いか、ようやく私にも分かった』って言ってた。そのあとすぐに事故に遭ったって聞いて、あたしは直感したの。前から電話で言ってた、“あたしにも紹介したい歌舞伎町のナンバーワンホスト”が、甘い言葉でお姉ちゃんを誘惑して、そのくせお金がなくなったらあっさり捨てたんだって。お姉ちゃんはあんたに裏切られて、ひとりぼっちで死のうとしたんだって」

 だからユーキは、大学を中退して、親にも理由を言わずに、東京に出てきたのだ。

「すべては、あんたに復讐するために」

 ユーキはそう、冷たく言い放った。

 稜はゆっくりと、ユーキのほうに顔を向ける。そのぎこちない動作は、憎いと思ってきた男だとしても痛々しく感じられて、ユーキは稜に向いていた視線を、ぱっと外す。

 稜の視線を感じる。だけど、そっちを向けない。

 すると、稜は、言った。

「すべてを捨てて復讐・・・・・・か。姉妹して、お前たちは馬鹿だ」

「あんたにそれが言えるの!!」

「馬鹿だ。そんなこと、するべきじゃなかったのに。お前も、結姫も」

 ユーキはその言葉の意味を考えると、分からない、というように、目を細める。

「どういうこと・・・・・・?」

 ユーキは思わず稜に目を向けると、今度は稜の瞳から、目を逸らせなくなった。捕らえられた瞳は、稜の視界に、ぼんやりと浮かんでいる。

「結姫は、俺を守ろうとしたんだ」

 

 

 警察病院内の集中治療室で目を覚ましたとき、いっそ、記憶もすべて失われていれば良かったのにと思った、と、稜は言った。

 自分の目の前で結姫が車に飛び出した場面が、脳裏にくっついて離れないのだ、と。





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