123 恋の始まり
そもそも稜と結姫の出会いは、ホストクラブではなかった。
「結姫って、おっとりしてるだろ。そんなだから、街を歩くとキャッチに必ず捕まってたんだ。俺が出勤するころ、結姫はなぜか、いつも歌舞伎町にいた。いつからだったかな、結姫の姿を見つけるようになったのは」
稜は目を開けたまま、遠く過去を思い返していた。
ユーキと樹はイスに腰を掛けると、稜の視界からいなくなった。
* * *
6年前。春風が、季節の変わりを告げたばかりの、4月。
「お前、また捕まってんの?」
稜が初めて結姫に声を掛けたのは、結姫を見つけるようになって、10日ほど経ったころだった。
「え?」
「わっ、稜さん!!」
振り向く結姫と、仰け反る男。反応は同じだけど驚き方がまるで違うので、稜は思わずくっ、と唇の端を吊り上げる。
「何でいつもここにいんの。あんた、キャッチをかわせないくせに」
「え?」
歌舞伎町のゲートの前で、「トワイライト」ナンバーワンホストが、女に声を掛けている。その光景は神が人間に話しかけるようなもので、そう、“決して有り得ないこと”なのだ。キャッチをしていたホストたちはそれに驚き、遠巻きに、2人を見ている。
通行人にはもちろん事の重大さが分かっているはずもなく、騒がしい雑踏は酷く耳に響き、稜は「場所を変えよう」と、強引に結姫を店へと引っ張り込んだ。
「あ、あの・・・・・・。私、あんまりお金持ってないです」
「いらない」
「でも、何か頼まないとあなたの儲けにはならないんでしょう?」
すると稜は、声を上げて笑い出した。
「あんたが何か買っても俺の売上げには何の変化もねえよ」
稜の言うとおり、4月の売上げはすでにナンバー2以下を大きく引き離していた。
結姫は、テーブルからメニューをすくい上げる。
「それでも、何も頼まないんじゃ、私が情けないです」
そう言って、フルーツなら、と、稜にメニューを渡す。
稜はボーイを呼びつけると、言った。
「フルーツとシャンパン持ってきて」
「え?」
ボーイがメニューを下げ、結姫は「あ、あ・・・・・・」と言いかけたが、その間に、ボーイは去ってしまった。
「あの・・・・・・。私シャンパンなんて頼んでないです・・・・・・」
「俺のオゴリ。シャンパンなんて飲んだこともないだろ? ここで経験しとけ。それに、あんたいつもキャッチ嫌がってたのに、無理矢理連れてきたワビってことで」
稜がそう言ってソファに両手を伸ばすと、結姫の肩に、指が触れた。
「あ・・・・・・」
結姫は、それに反応する。
「あんた、男経験ないの? あぁ、そうだな。せっかく顔はいいのに、中身が地味だ」
「地味?」
「面白みがない。つまらない。そう言えば分かる?」
結姫はじっと黙り、ゆっくりと、顔を下ろした。
――やべ。泣かせちまったか?
“この手”の女は泣かせても怒ったりはしないだろうが、店で、ホストたちとオーナーがいる前で泣かれるのはまずい。
稜が顔色を伺おうと、首を傾げたところ、
「ねぇ!!」
と、結姫が顔をガバッと上げた。突然のことと結姫の声の明るさに、稜は二重に驚く。
「何だよ、泣いてるかと思った」
「泣く? 何で?」
今度は結姫が、首を傾げてみせる。
「あんたみたいな女を天然って言うんだな」
「あなたの言ってたこと、本当なの。ちょっと落ち込んじゃった」
結姫は稜の言葉を聞いてはおらず、自分のペースで話し出す。
「でも泣いてないわよ。ねえ!! それより、いいこと思い付いたの!!」
「あぁ?!」
いらいらすると、つい言葉が悪くなってしまう。決してお客の前では出さないようにしていた稜の素顔が、結姫の前では出てしまっている。
だけど結姫はそれに気にすることなく、言った。
「男経験ないって、言ったわよね。それならあなたが、私にその経験をちょうだい?」
結姫の言葉に納得するところなんて何もないのに、その夜、稜は結姫に経験を与えてしまったのだった。
実はこんな裏話もあったりします。
これで稜と結姫の関係が分かるでしょうか。