12 1分間の暗闇
フロアには、限りなく薄く、光が漏れている。
すぐ隣の席でさえ、全く見えない。
「チークタイム」と称した薄暗がりの空間で、お互いの顔だけが、見えている。
賑やかだったフロア。華やかなはずのフロア。
そこが、この1分間だけは、静寂に包まれていた。
ホストに抱きしめられるお客もいれば。
客に抱きしめられるホストもいる。
辺りには、甘いムードに酔いしれるお客の表情が、いくつも見えた。
「ユーキさん?」
黙ったままのユーキに、朱葵が声をかける。
だが、反応がない。
黒のワンピースを着ているユーキのシルエットは、暗闇に紛れてはっきりと分からない。
「ユーキさん」
朱葵が少しだけ顔を近づけると、ユーキはどうやら俯いているように見えた。
そのとき、ユーキが手探りで朱葵を探し当て、腕を捕らえると、ぎゅっと、強く握った。
「えっ?」
驚いてユーキの顔を覗きこむと、ユーキは、とても切ない顔をしていた。
「ごめん、あたし苦手なの。・・・・・・暗いの」
ユーキの声、朱葵の腕を掴む両手は、微かに震えを持っていた。
「ユーキさん。俺、どうしたらいい?」
「どうもしなくていい」
ユーキはきっぱりと、早口で言い放った。そしてそのあとに、ゆっくりと、言葉を付け加えた。
「だから・・・・・・このままでいさせて」
まるで、幼い子供のようだ、と、朱葵は思った。
どうして恐がっているのか分からないけれど、確かに何かに怯えている。
とにかく何かにすがりついていなければ、大声で泣き叫んでしまいそうな。
朱葵は、初めて見るユーキの姿に戸惑いながらも、強く握り締められた腕にこもっていくユーキの熱を、心地よく感じていた。
「そうだ」
と、突然、朱葵は言った。
すると、朱葵はユーキに掴まれていた腕を、ぱっと離した。
「えっ、朱葵くん?!」
次の瞬間、朱葵がユーキを抱え込むようにして、抱きしめた。
「こうしていれば、安心?」
朱葵の声が、ユーキの耳元に優しく響く。
「・・・・・・うん」
ユーキは朱葵の温かいぬくもりに、そっと、寄りかかった。
朱葵の、優しい声。
2人をふんわりと包む、柔らかな空気。
温かい、身体。
長い1分間はようやく終わり、フロアに光が戻った。
ユーキは朱葵から身体を離すと、じっと、その顔を見た。
「よかった。電気ついたね」
「朱葵くん・・・・・・」
ユーキは朱葵の目を見つめ続ける。
――そんなに見つめられたら。
朱葵は、まっすぐに自分を見つめるグレイの瞳に、吸い込まれそうになっていた。
身体がだんだんと、熱を持っていくのが分かる。
これまでどんな綺麗な人と目を合わせてもこんなに熱くならなかったのに、と思いながら、その目を、逸らすことなどできない。
「朱葵くん」
ユーキがそう呟くと、朱葵は心までもが熱くなっていった。
「ユーキさん・・・・・・」
目の前がぼーっとして、だんだんとユーキの顔に、膜がかかっていく。
――ユーキさんの顔が、見えなくなっていく。
「朱葵くん、熱があるんじゃないの?!」
ユーキの言葉は、朱葵には聞こえていなかった。