122 樹の本心
今回も恋愛抜きの物語になります。
次回かその次までなので、もうちょっとお付き合いください。
やっぱり過去にはまだ謎があるようです。
泣き疲れた2人は、しばらく、何も話さなかった。涙で腫れた目が赤い血を燃やして、渇くことのない湖をつくっている。
稜とユーキが対面して、1時間は経っただろうか。ガラガラとドアの開く音がして、樹が病室に入ってきた。
「ユーキ。話は終わったか?」
「樹」
ユーキはゆっくりと顔を上げる。
「ユーキ、稜と2人で話していいか?」
ユーキは席を立ち、「廊下で待ってるわ」と、樹の二の腕にさらっと触れて、病室を出て行った。
「樹? 樹か・・・・・・」
「久しぶりだな、稜」
樹は病床に伏せる稜を見て、驚きはしなかった。だけど心の中では、かつて自分の目標であり、追いかけた存在のこんな姿を、見たくはなかったと、思った。
――ナンバーワンの地位から転落してしまった男の結末が、これか・・・・・・。
「トワイライト」のナンバーワンは、自動的に歌舞伎町のナンバーワンという称号をも手にする。それが奪われた果てを目の当たりにすると、樹は、自分の将来を思ってしまうのだった。
「ああ・・・・・・そういえばお前は結姫に惚れてたな。俺に貢ぎ続ける結姫を止めようと必死だった。今でも覚えてるよ」
「光姫は今、六本木のキャバクラ「フルムーン」のナンバーワンキャバ嬢、ユーキだ。俺がそうさせた」
「ユーキ? ああ、聞いたことがある。お前と恋人だという噂を聞いたような気がする」
稜は目を閉じると、ゆっくりと、過去を振り返る。
「ユーキという名前は、稜を釣るためだった。この世界にいるのは分かってたから、この名前を聞けば出てくるんじゃないかと思った。まさか「ナイトメア」の裏にいたとは、思わなかったけどな」
樹ももちろん、「ナイトメア」の噂は知っていた。でもそれだけではなくて、樹は、「ナイトメア」の動向を、把握していた。それは「トワイライト」に飛び火が来ないように、というオーナーからの命令だったのだが・・・・・・。そこに関わる人物までは、樹にも分からなかった。
「やるしかなかったんだ。中卒で親が死んで、そこからすでに生きる術を無くしていた。やっと手にしたナンバーワンの座から離れても、どのみち普通の生活には戻れない。夜で生きることを知った俺は、夜でしか生きられなくなってたんだ。これからだって、1人で生きていくことさえできない」
視神経には障害が残り、身体は未だに不自由な動きしかできない。自分の力では起き上がることもできず、体を捩るのだって、時間がかかるのだ。
「いつかこうなることだって、お前なら想像できたはずだろ。なのにどうして『ナイトメア』だったんだ」
樹だって、もとは稜に憧れを抱いていた。樹がナンバーワンを奪うまでの3年、稜は確かに不動のナンバーワンで、それだけの力量があったのだ。
「・・・・・・」
稜は、それまでとは違い、話すことを躊躇っていた。瞳には涙が再び溢れ出していたが、それを流すのを、稜は堪えていた。自分を超えていった樹の前で、涙を流したくはなかったのだろうか。涙を止める力などないはずなのに、稜は決して、樹の前で涙を流さなかった。
「彼女、光姫だったか? 光姫は、俺を憎んでいるな。ああ、お前もか?」
「俺はユーキが稜を殺したいほど憎んでるっていうから、協力してやっただけだ。俺はお前を探していたけど、どうこうするつもりはなかったよ。でも、ユーキがしたいように、させてやろうと思った」
樹は結姫が好きだった。ナンバーワンを目指したのも、結姫を振り向かせたかっただけ。
だけど、結姫が事故に遭って、稜が消えて、そこに自分は何も関わっていなくて、それが悲しくて。
だから、稜を探し、ユーキに協力していた。
――俺も“そこ”に、関わりたかっただけなんだ。
結姫と繋がっていたかった。ただそのために、ユーキを利用していただけだった。
「・・・・・・お前たちに、真実を教えてやろう」
と、稜は言った。
「結姫の事故から、俺が『ナイトメア』の裏に行くまで、何があったのか。知りたいなら、教えてやる」
稜は樹に、ユーキにも聞いてくるよう言った。樹がドアを開けると、真っ赤に目を腫らしたユーキが、硬いイスに座って、待っていた。
「・・・・・・終わったの?」
「いや・・・・・・」
樹はユーキに、稜の言葉をそのまま話した。ユーキは少しの間黙って、ゆっくりと立ち上がると、病室へと戻った。
「・・・・・・最初に言っておく。あたしはあんたのこと、信じてないから」
ユーキがきつく睨むと、稜は鼻を鳴らして、笑った。