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121 稜との対面

 信じられない光景がここにある。ユーキは樹に「ドラマみたいね」と笑って、カツカツとヒールをわざと大きく鳴らして、案内された部屋へと向かっていく。

 東京都内の、ある病院。それも、警察の監視がびっちりとついている。

 そこに、稜はいた。

「樹はここで待ってて」

 ユーキは樹を病室の前で待たせて、1人、稜に会いにいった。



 *  *  *



「稜なら、とっくに捕まってますよ。お店を辞めたあと『ナイトメア』の裏のヤバイ仕事やってたって。ほらあそこ、何年か前にすごい惨事だったじゃないですか。あれに稜も関わってたらしくて」

 というのが、ユーキの聞いた情報だった。

「ナイトメア」は、歌舞伎町のホストクラブの一番奥にあった。それなりに繁盛もしているようで、歌舞伎町トップ5にはいるほどのクラブだったのだが・・・・・・。

 夜の世界では、こんな噂も出回っていた。

“「ナイトメア」は裏で、ヤクザと関係を持っているらしい”

 噂はあくまで噂。ユーキと樹の恋人説のように、事実ではない可能性もある。だけど2人の場合、かなり事実に近い噂が流されている。

 いずれも誰が言い出したことなのかは分からない。けれどそれは、全くの嘘か、それとも事実の要素を含んでいるか、もしくはすべて事実であるか、なのだ。

「ナイトメア」の場合、すべてが事実であった。2年前、裏の人間とヤクザの仲違いから、殺し合いにまで発展し、ようやく警察の捜査が入ったのだった。

 

 稜もそのとき撃たれ、現在、重体となって警察病院に収容されている。



 *  *  *



「結・・・・・・姫・・・・・・?」

 開放的な1人部屋なはずなのに、狭くて、殺風景。起き上がることのできない稜は、ユーキが視界に入ってようやく、その姿を捉えることができた。

 稜は、ユーキを、結姫と勘違いしていた。そう、誰だって、見分けられたことがないのだ。樹も朱葵も、初めは間違えていた。

 だけど・・・・・・。

 医者によると、稜は視力低下の障害を負ってしまったらしい。「見るものすべてが半透明な膜に覆われている感覚、といえば、だいたい想像がつきますか?」と、ユーキは医者に言われ、はっきり映らない世界に生きることの恐怖を、想像だけで感じてしまった。

 つまり、稜は目の前に立っているユーキを、ぼやけた目でしか捉えられていないはずなのだ。

「結姫だって、何で分かるの? 目、よく見えてないんでしょう? あたしの顔ははっきりと分からないんでしょう?」

 稜は、ぐぐっと力を込めて、何とか起き上がろうとした。だけど体は、思うようには動いてくれなかった。

「結姫なら、分かる。毎日のように見てきたんだ。今でも覚えてる。結姫は俺の脳裏に焼きついてるから、その顔を忘れることなんてない。でも・・・・・・。結姫がここにいるはずないよな。それとも、天から俺を迎えに来たのか?」

「そうよ。ここに来れるはずない。あんたが殺したんだから。迎えになんて来るはずない。あんたは地獄に堕ちるんだから」

 ユーキは感情を殺し、何度も何度も、ひとこと言葉を発するたびに、今にも稜を殺してやりたいと思う気持ちを抑えて、言った。

「ああ・・・・・・そうだな。結姫は天国。俺は地獄か」

 頬の筋肉が微かに動いて、稜は薄く笑みをつくった。

「お前、結姫じゃないよな。誰だ?」

 と、稜は言った。

「声も口調も違う。それに結姫はもう・・・・・・」

「死んでない」

 ユーキは、稜の言葉を遮った。

「あたしは光姫。結姫は、あたしの姉よ。お姉ちゃんはあんたに殺されたけど、死んでない。ちゃんと生きてる」

 稜は、唖然とした様子で、口を開いていたままだった。“結姫は生きている”という事実を、稜はどう受け止めているのか。ユーキは、黙って待っていた。

 すると稜は、つうっと、一筋の涙を流したのだ。涙は瞳に溜まることなく、頬を伝って、首筋、そしてシーツに染み付いた。

「・・・・・・なんで泣くの?」

 ユーキは、声を震わせる。

「なんであんたが泣いてるのよ!! 死にたいほどお姉ちゃんが泣いたのはあんたのせいなのに、なんで裏切ったあんたが、お姉ちゃんのために涙を流すのよ!!」

 ううっ、と、ユーキは顔を覆い、泣き崩れた。それはもはや、恨みなのか怒りなのか、それとも悲しみなのか、分からなかった。

「結姫は、どうしてる?」

「知らない。あんたになんか教えない」

「頼む。結姫に会いになんて絶対行かないから」

 ユーキは息を吸って、呑んで、それを何度か繰り返すと、目を閉じて、息を呑んだ。

「ずっと眠ったまま・・・・・・まだ・・・・・・目を覚まさない。いつ目覚めるか・・・・・・いつ眠ったまま息を引き取るかさえ・・・・・・分からない」

「そうか」

 稜は目を閉じて、再び涙を流し続けた。

 シーツには涙が湖のように溢れていて、だんだんと広く、染み込んでいった。






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