120 いつかきっと
少しの沈黙のあとに、紅林は言った。
「マネージャーといっても、僕にとってユリは、年の離れた妹のような存在です。だから、ユリには幸せになってほしい。好きな人ができたら普通に恋愛してほしいし、応援してあげたい」
「私のことは気にしないでください。ユリさんが朱葵くんを好きでも、私には関係のないことです」
呼び方が「朱葵くん」になっている。だけどユーキは、今さら否定をしなかった。ユリにも紅林にも、朱葵との関係を肯定しないで、否定もしない。何だか、そのままでいいような気がした。
「いえ。僕は、ユリが青山くんを好きでい続けるのなら、反対します」
ユーキはふと、紅林と目を合わせる。
「何でですか?」
「それではユリは幸せになれないからです」
2人の視線が、絡まる。先に、ユーキのほうが逃げるように目を逸らした。
「ユリさんが、どれだけ朱葵くんのことを好きでも?」
「はい」
「反対されることで、心がぼろぼろに傷ついても?」
「はい」
「朱葵くんを好きでいることが、ユリさんの幸せでも?」
「はい」
「どうして?」
ユーキは、ユリに自分を重ね合わせていた。
「ユリさんに幸せになってほしいのに、彼女の思うようにさせてあげないんですか?」
それは、自分自身への問いかけでもあった。
自分だって幸せになりたいのに、なぜ、それを譲らなければいけないのか。
自分の幸せを犠牲にして得るものとは、何なのだろうか。
「今のユリは、自分の気持ちを押し付けることしか知らないけれど・・・・・・」
紅林は一度、視線をユリのほうに投げた。窓越しのユリは、俯いた格好で、よく見えない。
「もしあなたと青山くんが本当に恋人なら、青山くんの幸せはあなたと一緒にいることですよね。いつかユリもきっと、それに気づきます。好きな人には幸せになってほしいと想う気持ちを、皆、持っているものなのだと。ただその相手が、自分か、そうじゃないかというだけだったのだと」
今は想いが強くても、いつか――。
自分もいつか、朱葵の演技を見て、「これでよかったんだ」と思える日が来る?
「残念ながら、朱葵くんの幸せは、あたしといることじゃないけど・・・・・・」
「え?」
ユーキは微かに息が漏れるくらいの声で、呟いた。
「ところで紅林さん? それって、あなたの経験談ですか?」
「まさか。自分はそんなにいい恋愛はしていない。幸せになってほしいと思うほど好きになった相手はいません。これは、お世話になっている人から聞いた話です」
「へえ。ぜひ会ってみたいわ」
ユーキはつい、お客を相手にした感覚になって、冗談交じりの社交辞令を言った。
すると紅林は意外にも、「会えますよ」と、あっさり返した。
「昔は同じ事務所で働いていて・・・・・・。でも今は、テレビ局の警備員をしていますから」
ここで警備員が来ました!!
でも物語はもう少し先になります。