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119 本当の気持ち

「あたし、朱葵さんが好き」

 樹の車が走り去ったあと、「フルムーン」に戻ろうと振り返ったユーキの目の前に立ち止まったユリは、いきなりそう言った。

 思わず「え?」と、ユーキは呟く。暗がりでは相手の顔もよく見えなくて、声だって、聞いたことがない。それに、自分と朱葵の関係を知っている人なんて、そう多くない。

「あなた、誰?」

 当然のようにユーキは尋ねて、ユリは当然そう聞かれるのだと思っていたのか、笑って言った。

「報道された通り、朱葵さんと付き合ってますって言ったら、信じる?」

 ユリは、ユーキの反応を見たかった。動揺や、不細工な作り笑顔。違和感があれば、ユーキが朱葵をどう思っているかが分かる。

 だけどユーキは、目を丸くして、あっけらかんとしていた。面食らった、というのではなくて、まるで、自分には関係ない、と、言っているように。ただ、突然現れた女に驚いているだけみたいに。

 時折ピカピカ通りを過ぎていく車のヘッドライトがユーキの背を照らし、ユリの顔を映し出していく。それでユーキは、目の前の女性は朱葵にCDを渡し、また、熱愛が報じられた相手だったことに気づく。

 

 ――ああ、この女性ひとが・・・・・・。


「信じるも何も、私はいわば、いち視聴者で、いち読者で、つまり芸能人の方から見れば、ただの一般人。テレビが言ったことも雑誌が書いたことも、そうなんだと認識します」

 と、ユーキは言った。

 ユリは思いがけない答えにムッとして、挑発の言葉を返す。

「朱葵さんと付き合ってるのはあなたでしょ?!」

「え?」

「朱葵さんから聞いたんだから。六本木のユーキって人と付き合ってるって!!」

 ユーキは間髪入れずに、はぁ、と溜め息を漏らした。

「じゃああなたは朱葵さんと付き合ってはないのね」

「だからあなたなんでしょ? あたし、朱葵さんのこと諦めないから」

「ちょっと話を聞いて・・・・・・」

 ユーキがもうひとつ溜め息をつくと、ピカピカ通りに1台の車が通り、ユーキの真後ろで、止まった。

「ユリ!! やっと見つけた。突然出て行ったから探したんだぞ」

 車を停車させて、紅林が運転席から飛び出してきた。振り向いたユーキに気づきながらも、紅林はユリに向かって話しかける。

「何やってるんだ、こんなところで」

「だって、朱葵さんの彼女が浮気してるから!!」

「え?」

 どうやらユリは、高級車から顔を出し、ユーキと笑い合っていた樹を、恋人だと勘違いしているようだった。ユリが興奮していたのは、それもあってのことだったのだ。

「青山くんの彼女?」

 紅林は、ちらっとユーキを横目で見やる。

 あのとき――ユーキを初めて見たときの東堂と同じ、奥深くまで探るような目をして。

「マネージャーさんですか?」

 ユーキは紅林の格好、口調から、そう判断する。

「はい。紅林といいます。ユリがご迷惑をおかけしたみたいで、すみません」

 そう言って頭を下げると、紅林はユリの腕を引いて後部座席に乗せ、ユーキのところへ戻ってきた。

「ユリは前から青山くんのファンで・・・・・・。今回映画で共演できて、欲が出てしまったんです」

「欲?」

「『青山さんと付き合いたい』と。それで、自分でスキャンダルを起こしたんです。この件に関して、青山くんは一切悪くない」

 それを聞いて、ユーキは、どこかでほっとした気持ちがあるのを感じた。


 そうではないと思ってみても、事務所が否定していても、本人は何も言ってくれないから、やっぱりどこか不安だった。たとえ、「もういい」と、思っていても。


 ――嫌だ。決めたはずなのに。


 今になって、心がふらふらと彷徨っている。千鳥足でゆらゆらと揺れて、どっちに行くかを迷っている。

 不安定な心。だってそうだ。明日には稜のところへ行って、そのあと、朱葵に別れを告げなければならない。その日が近づくほど、心は張り裂けそうに朱葵を想う気持ちが膨らんで、その度に、やっぱり傍にいたいと、思ってしまう。


 本当は、朱葵と一緒にいることが、ユーキの願いだった。だけどそれは、朱葵の一番大切なものを奪ってしまうことになるから、ユーキは、諦めることにした。


 ――朱葵くん。あたしは、欲張りな人間なのかな。


 

 朱葵の傍にいたい。


 

 だけど、朱葵に幸せになってほしい。


 

 だけど、だけど・・・・・・。



 

 本当は、できるなら、朱葵と一緒に、幸せになりたい。




 

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