11 チークタイム
ユーキが席についてまもなく、朱葵がやって来た。
「いらっしゃいませ。ヤマトです」
「誰よ、それ」
ユーキがそう言うと、朱葵は「えっ」という顔をして頭を起こした。
「ユーキさん?!」
「おつかれさま、シンデレラ」
「シンデレラ?」
朱葵は不思議そうな顔をして、ユーキの隣に座った。
すると、ボーイが2人の席にシャンパンを運んできた。
「樹さんからのプレゼントです」
「樹から? なんで?」
「俺が最後だからかな」
と、朱葵が言う。
「そういえば、樹が褒めてたわ。たった5日で完璧なホストになったって」
「え、うそ? 嬉しい」
朱葵は、さっきまでの笑顔とは違う、それを見せた。
演技ではない、ほんとうの、朱葵の笑顔だった。
朱葵は慣れた手つきでシャンパンを開けて、丁寧にグラスに注いだ。
「はい、ユーキさん」
「そんなことしなくていいよ。もうホストは終わりでしょ」
「ううん、12時までだから、あと30分。ユーキさんは最後のお客さんだよ」
「え?!」
ユーキは樹のほうを見た。
接客中の樹は、ユーキの睨むような視線に気づかない。
いや、気づいていないのか。それとも、あえて見ないようにしているのか。
――樹のヤツ、騙したわね!! あたしが朱葵くんを指名したみたいじゃない。
「どうしたの? ユーキさん」
朱葵の声に、はっとして振り返る。
「なんでもない。それより、『ヤマト』ってなに?」
「さすがに『朱葵』だと気づかれるかもしれないからって、源氏名をつけてもらったんだ」
「どうして『ヤマト』なの?」
「俺の名前、『青山朱葵』だから」
ユーキは、朱葵の名前を初めて知った。
「本名?」
「うん」
「へぇ、かっこいい名前ね」
そう言ってユーキが笑うと、朱葵は照れていた。
「ユーキさんは?」
「え?」
「『ユーキ』って、本名?」
「・・・・・・違うわ」
「そうなんだ。じゃあ本名は?」
「・・・・・・」
ユーキは答えなかった。
朱葵はそんなユーキを不思議に思い、首を傾げて、もう一度口を開きかけた。
そのとき、突然フロアの光が一気に落ちた。
「きゃっ」
「なに?!」
「停電?」
暗闇の中、お客たちの不安な声が上がる。
ユーキも例外ではなく、一瞬にして訪れた暗闇に、怯えていた。
おそらく、誰よりも。
「みなさま。これより『トワイライト』日頃の感謝の気持ちを込めて、1分間のチークタイムを設けたいと思います。ご指名されたホストとの、甘いひとときをお楽しみください」
マネージャーがマイクを使って説明すると、フロアに「きゃ〜」という歓声が湧いた。
目の前がほんの少しだけぼやける程度の明かりがもたらされると、ユーキは薄暗がりの中、さっきまでの恐怖が驚きで消し飛んでいた。
「チークタイム?!」
甘い雰囲気を漂わせる音楽がゆっくりとフロアを駆け抜けていく。
「こんなのあるんだ。ホストクラブってすごいところだね」
朱葵は感心したように言った。
もちろん、普段はそんな企画は行っていない。
後にも先にも、チークタイムは今夜だけのものになる。
実はこれは、樹が仕組んだのだった。
――さて、どうなるかな。
樹は、ユーキと朱葵の席をちらっと見やった。
まもなく光が灯され、お客の満足そうな笑顔がフロアに溢れていた。




