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110 朱葵の失敗

 早朝6時。外には報道陣がいて、そのずっと真上に、渦中の2人が部屋に2人きり。しかも、体が触れ合った状態。熱愛発覚に次ぐ、とんでもないスクープだ。


「真咲さん。俺は、そんなつもりないから」

 朱葵は、抱きついてきたユリに驚いたものの、ユリの肩を押し退けて、離した。

 ユリは、黙っていた。顔は俯いたまま、表情が見えない。斜めに垂れる前髪の隙間からは、瞳が、瞬きをしていないように見える。

 するとユリは、重い扉がギイィと音を立ててゆっくり開くように、頭を持ち上げた。ホラー映画に確かこんな場面があったかと思わせるほど、奇妙な面持ちで。

「朱葵さん、彼女がいるんですか?」

 と、ユリは言った。

「え?!」

「前に、朱葵さんに会ったとき、あたし、女の人と話してるのを見ました。あれって彼女ですよね」

「前に・・・・・・会った・・・・・・」

 記憶は、初めてCDを渡されたときに巻き戻り、2度目、青山通りで声を掛けられたときを、思い出す。

「あたしのこと覚えてますか?」と言ってきたのは。


 ――ユーキさんだ!!


「すごく親しそうに話してましたよね。あたし、ずっと見てたんです」

 そう。ユリは朱葵がその場を去ったあとも、朱葵の後ろ姿を見つめていた。そこで、見てしまったのだ。後ろから、朱葵の肩をトントン、と叩く、ユーキを。

 そして、そのユーキに見たことのない少年のような笑顔を向ける朱葵を。

「いや、あの人はそんなんじゃなくて、」

 朱葵は、はっとして言い返す。

「じゃああの人は、朱葵さんの何なんですか?」

「何って、別に・・・・・・」

 あまりに突然、予期せぬところからの追及に、朱葵は言葉通り、「しどろもどろ」に心が揺れ動いているのを感じた。

 そういえば・・・・・・。

 朱葵はあのとき、同じように2人でいるところを見られてしまった東堂に言い訳した言葉を思い出し、言った。

「あの人は、前にドラマの役作りで行ったキャバクラの人だよ。お互い覚えてたから話したんだ。それだけ」

 東堂にはまだしも、彼女でもないユリに、なぜこんな風ににユーキのことを話す必要があるのだろうか。朱葵はそう思いながら、嘘を重ねていた。

 1度目は東堂に。2度目は心に。3度目は、ユリに。

「俺は真咲さんのことを恋愛対象として見たことはないから。だから、ごめん」

 朱葵は、ものを放り投げるように雑な口調で、言った。

 ユリは言葉を投げつけられ、思わず背中を反る。

「何て人ですか?」

「え?」

「キャバクラの人って、誰ですか?」

 朱葵は、その言葉に疑問を感じつつも、投げやりになっていた。つい、「どこ」の「誰」かを、口に滑らせてしまったのだ。

「六本木のキャバクラ「フルムーン」の、ユーキさんだけど」

 

 

 

 


 朱葵には、絶対にしてはいけないことと、しなければいけなかったことがあった。

 

 まず、絶対にしてはいけないこと。


 朱葵は、ユリにユーキの存在を、明かしてはいけなかった。そのときの朱葵に、先の先まで考えられる余裕がなかったとしても。

 ひとつ先。脇役のユリは、朱葵よりも早くクランクアップして東京に帰るのだということは、予想しておかなければならなかった。


 そして、絶対にしなければならなかったこと。


 今回のスキャンダル。事実ではない。だけど、本人の口からそれを証明していない。報道を知った人々は、皆、誤解してしまう。もちろん、東京で偶然テレビをつけていた、ユーキも。

 すぐに、否定しなければならなかった。朱葵の口から、ユーキに。

「あの報道は全部デマだから、ユーキさんは心配しないで」と。

 

 部屋を出て行くときに東堂が言いかけたのは、まさにそのことだった。

「あ、朱葵。お前、」


“彼女にちゃんと言っとけよ?”


 言いかけて止めたのは、朱葵ならそんなこと当たり前にするだろう、と思ったからだ。

 だけど朱葵は、思いつきもしなかった。ユーキのことを忘れていたというのではなく、ユーキが、スキャンダルを気にすると思わなかったのだ。

「セリフ覚えでもするかな」



 *  *  *



 それから1か月後の、東京。

 

 ユーキは、「フルムーン」から、姿を消していた。






最近ユーキの出番がなかったんですが・・・・・・

ようやく次回、登場します。

最後に怒涛の急展開が書かれていますが、次回はその間の出来事について書きます。

ユリはまだまだ朱葵を諦める気はありません!!

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