108 スキャンダル
その日は朝から大騒ぎだった。とりあえず東堂がすごい剣幕で、まだ夜中といえる時間に、叫びながら朱葵の部屋に入ってきた。
「朱葵!! おい、起きろ!!」
剥ぎ取られた布団の温もりが消えると、朱葵は体をよじって、「ううっ」と唸り声を上げた。
「朱葵!! 大変だぞ」
「ん・・・・・?」
朱葵は東堂のほうを向くと、東堂は週刊誌を広げてみせた。
「なに・・・・・・」
目に飛び込んできたのは、大きく書かれた文字。真っ黒な紙に蛍光色で書かれたような、チカチカ光って、目立つ。そんな印象を与える衝撃を、持っていた。
“大人気俳優・青山朱葵 熱愛発覚!!”
「な・・・・・・んだよ、これ・・・・・・」
読み進めると、どうやらユリとの清水寺観光について書かれていて、それが、恋人のように親密だった、というのだ。
「やられたな。真咲ユリのあの態度が原因だ。俺が止めるべきだった」
朱葵を呼ぶあの甘ったるいほどの声と、口調。友達と呼ぶには余りある、過剰な接し方。いくら密着取材とはいえ、あれは止めなければいけなかった。
「他にもいたんだ、週刊誌の取材陣が。ここぞってときに狙われたよ」
東堂はベッドに腰を下ろすと、溜め息を吐きながら額に手をついた。
朱葵は、さらに週刊誌を読む。すると、報道を決定づけるものが、そこにはあった。
「この写真・・・・・・」
それは、ユリにせがまれて撮った、清水寺の前でのツーショット写真だった。
「なんでこれが?」
確か、ユリのカメラで撮ったものだ。なぜそれが、週刊誌に掲載されているのか。
「・・・・・・まだ向こうのマネージャーと話し合っていないんだが、どうやら彼女が勝手に、記者に提供したものらしいな」
なぜなら、紅林も、夜中からバタバタとホテルを走り回っていたから。
「おそらく朝からテレビでも報道されるだろう。ここにも取材が押しかける。今日の撮影は中止になった」
時刻はまだ4時。空が薄暗くブルーを照らし始めたら、ここも多くの報道陣に囲まれる。
「食事は部屋で取らせてもらうことになった。今日は部屋から出るな。俺は、話してくる」
と言って、東堂は立ち上がった。
「あ、朱葵。お前、」
「え?」
週刊誌を握った朱葵は、きょとん、としている。
「いや・・・・・・。またあとで来る」
「うん」
東堂は部屋を出ると、紅林の部屋へと向かった。
* * *
「ユリ、どういうことだ」
事務所から連絡を受けて発覚した、朱葵とユリのスキャンダル。東堂が朱葵の部屋を訪れるのと同じくらいの時間に、紅林はユリの部屋を訪れた。
「なんですかぁ? まだ寝たばっかりなのに〜」
ユリは寝起きの素顔を見られるのを嫌がって、両手で顔を覆う。
「これを見ろ」
「え〜?」
ユリは事務所から送られてきた記事を見て、「あぁ」と、笑った。
「さすが朱葵さん。一面なんだぁ」
「・・・・・・何笑ってるんだ?」
紅林はユリの反応を疑問に思う。
「おかしいと思ってた。この写真、隠し撮りにしてはピントが合ってる。ユリ、お前が記者に渡したのか」
ユリは丁寧に髪を梳きながら、言った。
「だって、朱葵さんが好きなんだもん」
まだ夜も更けている、暗がりの空間。当然に話すユリの声は、しん、とした世界を裂くようだった。
「だって、それに、朱葵さんと噂になったらあたしだって、名前を知ってもらえるでしょ」
「そんなやり方で有名になって何が嬉しい」
紅林は、ユリを見た。
「なぁ、お前の夢は何だった? 青山くんと恋人になることか。事務所に来たとき、お前は『自分の存在価値を示したい』って言ったよな。歌も演技も、できることは何でもやって認めてもらいたいって。こんなやり方でお前の夢は叶ったのか?」
「それは・・・・・・」
ユリが口をぐっと噤むと、紅林はユリの肩をポン、と、叩いた。
「こんなことしなくたって、お前は実力で有名になる。俺がマネージャーについたんだ。信じろ」
ユリは目を伏せると、「ごめんなさい」と、小さく言った。
紅林はふう、と一息つく。
「このままじゃ青山くんにも迷惑だ。向こうのマネージャーに話して、この件はしっかりと否定しておく」
紅林はユリの部屋を出ると、東堂の部屋へと向かった。