107 密着取材・清水寺へ
「あ〜ねぇっ。あれって清水寺ですか?!」
石畳の坂をだいぶ上ると、右手に清水寺の大きな舞台が見えてきた。寺まで続く階段の下は少しの広場になっていて、ユリはそこで写真を撮りたい、と言った。
「お願いしま〜す」
とカメラマンに自身で持ってきたカメラを渡して、朱葵の腕を引いた。
「えっ、俺も?」
「朱葵さんと来てるんだから一緒に撮らないと意味ないじゃないですか」
ユリがさも当然のようにきっぱりと言うので、朱葵は考える前にユリにされるがままになってしまった。
「あたしも行くからちょっと待っててくださいっ」
と言ってユリがホテルの部屋に戻っていき、再び玄関口に来たのは30分後だった。
「ごめんなさ〜い」と笑いながらやって来たユリは、ミニスカートに高いヒールのブーツ、キャミソールにパーカを合わせていた。さっきはデニムを履いていたのに、という突っ込みを、朱葵はすぐに打ち消した。テレビの前の視聴者に可愛く見せたいのだろうと思ったからだ。
それにしても、撮影でも訪れたことのあるこの石畳の坂道を歩くのだから、もっと適した格好はなかったのか、と、朱葵は呆れて息を大きく吐く。
ユーキもここに連れてくるべきではないか、と、朱葵は一瞬考えた。ユリのように、「足が痛い」「疲れた」なんて言いながらミニスカートの後ろ裾を庇いながら歩く姿は、男からしたら、とても憤りを感じるものだ。
だけど、違う。
ユーキとユリは、違う。
――ユーキさんならきっと・・・・・・。
「どこに行くの?」
当日の朝か、前日の夜に、行き先を聞いて。
「楽しみ。清水寺って、そういえば朱葵くんに聞いて思い出したけど、石畳の坂を歩くのよね。『ねねの道』だっけ。小さなお店が立ち並んでる記憶が残ってるわ」
そう言いながら、朝、低めのヒールと薄手のニット、高台の寒さを想定したジャケットを持って、やって来て。
清水寺あたりに着くまではいくつかお店の前で足を止め、「愛ちゃんに買っていこうかな」なんて八つ橋を手に取り、「ほら早く」と、嬉しそうに朱葵の手を引いて坂を上っていく。
そして清水寺から満開の桜を眺めながら、「2人で来れて良かった」と、笑い合うのだろう。
「あ〜っ、朱葵さん!! 観て〜!!!」
はっとして目を凝らすと、いつの間にか清水寺の奥へと進んできていた。
「青山くん、何かぼーっとしてたね」
カメラマンの声に、朱葵はピクッと肩を震わせる。
「えっ、いや、何か・・・・・・プライベートでまた来たいなって思ってました」
少し離れたところで取材の様子を見ていた東堂は、朱葵が考えていたことが伝わったのだろうか、ふっと笑って顔を背けた。
「朱葵さん、早く〜!!」
ユリがぶんぶんと手を振って朱葵を呼ぶ。ユリが立ち止まっていたのは、地主神社の前だった。
「ここ、縁結びの神様がいるって言われてるんですよ」
ユリは階段をトントンッと上ると、また朱葵を手招きした。
「へぇ、縁結び」
「朱葵さん、おみくじ引きません?」
ユリは朱葵の返事を聞く前に、おみくじを引き出した。
「あ〜あ、小吉だって。ビミョ〜」
プン、と、つまらない顔をして、ユリはおみくじをクシャっと握り潰した。
「俺はいいや。年初めに引いたから」
今年はもうおみくじは引くつもりはない。それは、以前から決めていた。
ユーキと全く同じおみくじを引いたという、ただひとつの運命。思えばそこから、2人の運命は動き出したような気がする。だからこそ、今年はその運命だけを信じて、突き進んでいきたい。
帰り道、石畳の坂を下りながら、朱葵は、思っていた。
こんな風に京都の街を歩きながら過ごす時間に考えるのは、ユーキのことばかり。だけど、一旦演技に嵌ってしまったら、ユーキのことはスポン、と、抜けてしまう。もはやユーキのために早く終わらせようという気持ちはなくて、単に自分が、自分の演技が一発OKを貰えることの快感を追っているだけ。
――ユーキさん、早く会いに来て。
自分からは行けないから、「絶対に行くわ」と約束したユーキが、来てくれなければ。
今あるユーキを想う気持ちも、演じることの悦びに、奪われてしまう。
こんなずるい気持ちを持ち出した自分を、朱葵は、どうすることもできなかった。
ユリとのスキャンダルが週刊誌、テレビに次々と取り上げられていったのは、密着取材から3日後のことだった。