表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
112/172

105 順調、だけど悩む

 撮影初日。

「もう1回」

 最初のワンシーン、いきなりの監督のダメ出し。どこが悪いのか分からないのに、監督はそれ以上言わない。その日、朱葵は、結局一度もOKを貰えなかった。

 夜、朱葵は監督に呼び出された。

「君のイメージする主人公はどんな人間だ?」

「君はこのとき、どんな気持ちで演じている?」

 と、監督からいくつか質問され、朱葵は自分の思った通りに答えた。すると監督は最後に朱葵の肩をポン、と叩き、こう言った。

「君の演技は今まで見てきた。とてもいい。だけど今回に限っては、君はこの役に気負い過ぎてる。もっと力を抜いて演じてほしいんだ。君らしさを主人公の青年に生かしてやってくれないか」

 その瞬間、肩はスルリと軽くなり、頭の中で唱えていた「頑張らなければいけない」という重圧が、消えていった。

 初出演にして初主演の映画、大物監督からのオファー、京都までやってくる取材陣。

 周囲から注がれる期待感を、朱葵は、知らずのうちにプレッシャーとして抱え込んでいたのだった。


 それから朱葵は少しずつ、今まで決め付けていた主人公のイメージを、壊し始めた。

「よしOK!!」

 これまで「もう1回」を続けていた監督が始めてこの言葉を口にしたのは、撮影3日目の、朝だった。



 *  *  *



 1か月が過ぎて、朱葵は、順調に撮影をこなしていた。最初のころは「違う」と言われていた演技も、最近では「そうだ」と、言われるようになった。

「だいぶ安定してきたじゃないか」

 ある日の撮影終わり、東堂は朱葵に声を掛けた。

「そうかな。そうだったらいいけど」

「この調子でいくと3か月で終わるかもしれないな」

 朱葵はそう聞いて、嬉しそうに顔を綻ばせる。

 

 ――頑張るだけ、ユーキさんに早く会えるんだ。


 この1か月は時間にも気持ちにも余裕がなくて、メールも簡単なものになっていた。電話なんて京都入り初日以来、一度もかけていない。

「ユーキさん、怒ってるかな」

「え?」

「全然連絡してないでさ、仕事ばっかりだったから」

 ホテルの廊下、ラウンジに向かう短い道を、朱葵は不安そうに歩く。

「それは向こうも同じだろ。彼女からメールとか電話は来るのか?」

「苦手なんだって」

 東堂は意外そうに「へぇ」と言うと、「キャバクラ嬢なのに」と、鼻を鳴らして笑った。

「でもその前に、あの子、何とかしろよ」

 ラウンジの前まで来ると、東堂はフイッと顔を振った。

「う〜ん・・・・・・」

 朱葵は気まずそうに髪を掻く。と、その姿をラウンジの中から見つけた噂の相手が、こちらに向かって手をぶんぶんと揺らした。

「あっ朱葵さ〜ん!!」

 朱葵と東堂は顔を見合わせると、向こうに気づかれないように小さく息を漏らした。

「行くか」

 東堂が朱葵の背中を押して、2人はラウンジに入る。

 ラウンジには撮影終わりの役者たちが揃っていて、ほとんどが食事を終えて、部屋に戻っていくところだった。朱葵は挨拶をしながら、入れ替わりにラウンジを進む。

 朱葵と東堂を悩ませる女、もとい、真咲ユリも、食事を終えて部屋に戻っていく――と、思っていた。

「朱葵さん、これからなんですか? ユリももうちょっと食べよっかなぁ」

 バイキング形式なので、何度でも食事を取りにいける。朱葵が皿に料理を載せていた横に、ユリも皿を持って、やって来た。

「そんなに食べるんですかぁ。すご〜い」

 些細なことで話しかけられては、なるべく表情を顔にださないように努めて、言葉少なめに返す。それがもう1か月も続いていて、朱葵は、ユリにうんざりとしていた。

「ごめん。まだ打ち合わせがあるから」

 と言って、東堂と、離れた席に座る。だが、いい加減その言い訳も使い飽きてしまった。

 スキャンダルには気をつけろ、と言われても、彼女のほうから来るのを避けてはいられない。3か月間、共演しなければならないのだ。その場の雰囲気を悪くしたくない。


 ――どうするかな。


 1週間後には、朱葵の密着取材が行われる。それは映画の様子だけではなくて、合間や食事の様子も撮るというものだ。映画の宣伝にもなるからとプロデューサーに言われて断りきれなかった、と、一昨日、東堂が言った。

「いつものようにあの子を馴れ馴れしくさせるなよ。テレビは勘違いする」

「俺は何もしてないよ。それに、大丈夫でしょ」

 いくらなんでも取材中にまで寄っては来ないだろう。


 だが、その甘えが、1週間後、朱葵に痛手を負わせることになるのだった。





評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ