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103 京都初日

 京都入り1日目。朝から早速映画はクランクインし、多くの取材陣が京都まで詰めかけた。監督をはじめ、主演の朱葵とヒロインの扇華苗おうぎかなえ、脇を固める俳優陣たち、そして、アイドルの真咲まさきユリが、登場した。

 真咲ユリ――彼女は以前朱葵にCDを渡した、あのアイドル歌手だった。制作発表時にはその役は他の若手女優がやることになっていた。

 それが、突然真咲ユリに代わったと朱葵が知ったのは、今日の朝だった。

「朱葵さん!!」

 夜中、ホテルの部屋に馴染めなかった朱葵は、朝早く東堂に起こされ、だいぶ寝不足だった。そこへ飛び込んできた甲高い声は、低血圧な朱葵の頭を悩ませた。

「おはようございます朱葵さん」

 ラウンジに向かっていた朱葵は、後ろから自分を呼ぶ声に、振り向いた。

 共演者とスタッフの絆を深めるために、食事は各部屋ではなくラウンジで取る、というのが決まりになっていた。食事の時間はそれぞれ違っても部屋に籠もりきりにならないように、と。

「え……なんでここに?」

 2度会ったことのあるユリを、朱葵は覚えていた。ただ、名前は知らない。

「えへ〜。実はこの映画にユリも出ることになったんですよ」

「え?」

 朱葵は驚いて、思わず隣にいた東堂の顔を見る。東堂は知っていた様子で、小さく首を縦に振った。

「朱葵さんと共演できるなんて夢みたい!! しかも3か月もなんて」

 ユリは朝から、主題歌を歌っていたアニメの声優のようにキャピキャピとした声を震わせる。さすが現役女子高生。4歳年下の彼女に、朱葵はついていけない。

 そういえば……。

 朱葵は、ふとユーキとの年の差を考える。


 ――そういえば、ユーキさんとも4歳差だったな。


 ふと思い出してみないと気づかない。それほど、朱葵にとって年の差なんて関係ないものなのだ。


 昨日、ユーキと別れた朱葵は、グリーン車と普通車両の間のデッキにしばらく立ち尽くしていた。そのため、乗客の女の子たちに見つかり、きゃあきゃあと騒ぎ出された。

「おい朱葵、早く席につけ」

 気づいた東堂は朱葵をグリーン車に引っ張り込んだが、それでも女の子たちはチラチラと気にしている様子で、何度もデッキに姿を見せた。

「何してたんだ」

「余韻に浸らせてよ」

 東堂が呆れて言うのを、朱葵は、溜め息と一緒に返した。

「……別れは辛かったか?」

 東堂は、朱葵に尋ねる。

「伝えたかったことがあるんだ。でも、言えなかった」

「何で」

 朱葵はストン、と席に腰を下ろすと、思い出すように懐かしそうに、笑った。

「会えると思ってなかったから」

 ユーキが、見送りに来るとは思わなかった。いや、諦めてしまった。だから伝えたかった言葉は心の中にしまって、帰ってきたときに言おうと、思っていた。

 だけど、ユーキは来てくれた。あんなに息咳切って、あんなに声を震わせて。そのことがただ嬉しくて、会えても、やっぱり言えなかった。

 この映画で成長してユーキのもとに帰ることができたら……。

「そしたら言うよ」

 朱葵はすでに満足したように息を漏らしながら、座席に背中を預けた。


「……き……ん、朱葵さん!!」

 体がピクッと反応して、朱葵は目を覚ました。

「朱葵さん、どうしたんですか? ぼーっとしてましたよ」

「あ、いや……。朝は弱くて」

 ほんの少しのきっかけでユーキを思い出す――これからそんな風にぼーっとしてしまうことがあるかもしれないと、朱葵は不安ともいえる感情に駆られる。少なくても演技の最中にそうなってはいけないと、息を呑んだ。

「朱葵さんって、朝苦手なんですか。寝起きとか見てみたいなぁ〜」

 はは、と、朱葵は苦く笑ってみせた。

「ユリ!!」

 その瞬間、3人の後ろから叫ぶ声。振り向くと、ユリのマネージャーがこちらへ向かって走ってきた。

「あ、紅林くらばやしさん」

「勝手に部屋を出るな。迎えに行くって言ったろ」

 紅林は30歳。東堂と同じく敏腕マネージャーとして有名で、ついこの間までは超人気タレントについていた。広告代理店から転職した東堂と違って、紅林は芸能事務所一筋で働いている。その分タレントに厳しいが、売り出し方を知っている。

「だって、部屋の外で朱葵さんの声がしたんだもん」

ユリが反省しきれていない膨れ顔をすると、紅林は朱葵をちらっと横目で見やった。

 朱葵はその目の鋭さに、体を強ばらせる。

 と、紅林は朱葵と東堂のほうを向いた。

「すみません。うちのタレントがご迷惑をお掛けしました。これからよろしくお願いします」

 そう言って、すっと頭を下げる。

「こちらこそお願いします」

 東堂が一礼すると、紅林は「失礼します」と、ユリの背中を押していった。

「朱葵さん、またあとで」

 笑顔で手を振って、ユリがラウンジに向かう。その姿が遠くなると、朱葵は、はぁ〜っと溜め息を吐き出した。

「お前の苦手なタイプだな」

 東堂は口元を緩ませる。

「え、分かる?」

「彼女とは違うタイプだ」

 つまり、ユーキと――。そう言われて、朱葵も「本当だ」と、笑う。

「向こうはお前を気に入ってるようだな。でも、あの子にはなるべく近づくな」

 と、東堂は言った。

「何で?」

 東堂はちらっと目を左右に泳がせて、周囲に人がいないのを確認した。

「噂だけどな。あの子の役、急に代わったろ。実は俺も昨日の夜の打ち合わせで聞いたんだ。それがどうやら、あの子が出たいって言って、紅林マネージャーが強引にもぎ取ったらしいんだ」

 東堂は、ひっそりと話した。

「あの子が出たいって言ったのは、お前と共演したかったかららしい。向こうはまだ知名度の低いアイドルだ。もしかしたらお前とのスキャンダルも狙ってるかもしれない。取材も多いんだから、気をつけろよ。何を書かれてもお前にはマイナスにしかならない」

 最後に、テレビでスキャンダルが報道されたら彼女も誤解するだろうしな、と言われて、朱葵はユーキを想い、すべてのことに気を引き締めなければならないと、改めて思い直した。


 明日から、撮影が始まる。





「真咲ユリ」ですが、以前「友里」と掲載していたものを、イメージ的にカタカナがよかったので、変えて掲載しました。

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