10 朱葵の演技
「ねぇ。ユーキさんって、今日休み?」
有紗は隣のテーブルについたまゆに聞いた。
「そうみたい。珍しいね、ユーキさんが希望出すの」
ユーキは普段、めったに休むことがない。あまりに働きすぎて、オーナーから注意を受けたくらいだ。
「そうだよね。珍しいよね」
有紗はユーキのいないフロアに物足りなさを感じながら言った。
――そういえば5日前も、ユーキさん休んでたっけ。そんなに大切な用事でもあるのかな。
* * *
そのころ、ユーキは歌舞伎町に来ていた。
「いらっしゃいませ〜。あれっ、ユーキさん」
「トワイライト」のフロアマネージャーが、ユーキに挨拶をする。
「いつもご来店ありがとうございます。ご指名は樹で?!」
「トワイライト」は永久指名制ではないので、来店時に指名を聞くことがルールとなっている。けれど、大抵の客は同じホストをお気に入りとして指名する。最初についたのが樹なら、なおさら。
だからユーキにも一応尋ねるのだが、答えは分かっていた。「樹の女」が、樹以外を指名するはずがない。ケンカの腹いせに別のホストを指名する、なんてザラにあるが、ユーキほどの女がそんなみじめなことはしないだろう。
マネージャーは、そう思っていた。
すると、ユーキは言った。
「朱葵くん、いる?」
「・・・・・・え?」
マネージャーは驚いて、言葉がすぐに出てこなかった。
確かに朱葵はユーキが連れてきたのだが、開口一番にその名前が出るとは、まさか思っていなかった。
一方、ユーキは、朱葵がどうしても気になって、「トワイライト」へやって来たのだった。
ばれていないか。
女に迫られていないか。
飲まされて酔わされて、倒れていないか。
ここに来るまで、それだけを心配に思っていた。
それならこの5日のうちに来ていれば良かったのだけれど、なんとなく、できなかった。
「ユーキ、どうした?」
樹はユーキを見つけると、ユーキのもとへやって来た。
「朱葵くん、今日でラストでしょ。ちゃんとホストできてるか見に来たのよ」
ユーキがそう言うと、樹は「ふ〜ん」と言って、笑った。
「・・・・・・何よ」
「いや? わざわざ休みまで取っちゃって」
「――うるさい!!」
ユーキは真っ赤になって、樹の胸をどん、と叩いた。
マネージャーはその姿を、恋人同士のじゃれ合いだと、思っていた。
「悪かったって。それで、朱葵をご指名か?」
「あれ? ヘルプじゃなかったの?」
「あんまり人気が高いから、1人でやらせてみたんだ。そしたら指名客がばんばん増えてったんだよ。あいつ、結構やるよ。ほら、あそこにいるだろ」
と言って樹が目配せした方向を、ユーキも見た。
まるで、突然余命の宣告を受けたよう。
ショックなのか、驚いているのか、それとも、放心しているのか。
自分のことなのに、どれか、分からない。
全部が一度に襲ってきたみたいでもあった。
一番奥の、端の席。そこに、朱葵はいた。
ぴったりと恋人のように寄り添うお客に笑顔を向けて、時には内緒話をするような仕草も見える。
――あれは、誰?
出会ってから、少ししか経っていないけれど。
朱葵のことなんて、少しも分かっていないけれど。
ユーキには、あれが朱葵の姿だと思えなかった。
「すごいだろ」
樹の言葉で、ユーキは我に返った。
「何あれ。まるでホストじゃない」
「ホストだよ」
ユーキがむっとして言うと、樹はさも当然のように、言った。
「あいつは今、完璧なホストになってる。演じてるんだ、ホストを」
「演じてる?」
「あいつの仕事は演技だろ。俺はそれを見せろって、言った。あいつは見事に見せつけてくれたよ」
樹は溜め息をひとつ、大きくついた。
「本当に、たった5日でホストになりやがった」
ユーキはもう一度、朱葵を見た。
“朱葵は演技をしている”
そう思ってみると、朱葵は、凄い。
今までユーキは、テレビで朱葵を観たことがなかった。
けれど、朱葵が実力派といわれている理由が、分かったような気がした。
演技になんか、見えないのだ。
朱葵の演じている、すべてが。
ユーキは思った。
だから朱葵は、ユーキの本性にも気づいたのだろうか、と。
「ユーキ。あいつ、ホストは終わりの時間だ。シンデレラの魔法を解いてやってくれよ」
と、樹が言う。
「樹、いつもお客にそんなこと言ってるの?」
ユーキはぷっと吹き出して笑った。
「いいから行けよ。あいつには『指名入った』って言っとくから」
ユーキは朱葵のホスト姿を横目で見つめながら、ボーイに席を案内されていった。