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102 別れ

「待って・・・・・・」

 漏れる息が、荒々しく呼吸を繰り返す。

「ユーキさん・・・・・・」

 ユーキは胸に手を当てて、動悸を抑える。心臓の部分が熱くなっているのを、てのひらで感じる。

「もう出発よね。追いかけるから、行ってて」

 ユーキは入場券を買ってから行く、と言って、朱葵をホームに向かわせた。


 出発まであと3分。ユーキはホームへの階段を駆け上がる。すると階段途中に朱葵が待っていて、ユーキの手を取ると引っ張っていった。

「ユーキさん、大丈夫?」

「だいじょ・・・・・・ぶ・・・・・・」

 ホームに上りきると、東堂が新幹線の扉前に立っていた。ユーキと目を合わせると、一礼して、東堂は座席に向かっていった。

 2人は扉の前に立ち、向かい合う。

「もうすぐね」

 ユーキは髪をくしゃっと掻いて、呆れた表情をした。こんなはずじゃなかった、という想いが、朱葵にも伝わる。

「会えてよかった」

 と、朱葵はユーキの手を取って、言った。

 発車のベルが、けたましく鳴る。2人はふと、上を見上げた。別れを伝える音を確認して、ぎゅっと強く、手を握り合う。

「いってらっしゃい」

 ユーキはそっと手を離すと、一歩、下がった。

「うん」

 朱葵も一歩下がり、新幹線に足を乗せた。

「あ、そうだ。ユーキさん、これ」

 朱葵は駅に向かう途中に買った袋を、思い出したようにユーキに渡す。

「え、なに?」

「ホワイトデーのプレゼント」

「えぇ? 今さら?」

 笑い合っていると、扉はゆっくり、だけど一瞬のうちに閉じ、2人の間に、分厚いガラスの窓が仕切られた。

「あ・・・・・・」

 電車が動き出すと、ユーキは笑顔で手を振り、「ありがとう」と唇を動かした。朱葵にも伝わったのだろう。同じように笑顔で、手を振っていた。

 後ろ姿だけを残して、新幹線は遠く、離れていく。ユーキはそれが見えなくなるまで見送った。

 これが別れなのかという実感はなく、やっと会えたことへの幸せだけが、ホームに残されたユーキの胸にこみ上げていた。



 *  *  *



「ユーキさん。それ、かわいいですね」

 その夜、「フルムーン」は相変わらず忙しい時間を送っていた。ひと段落つくころには日を跨いでいて、ユーキは化粧室で、素早くメイクを直す。

「え。あ、これ?」

 一緒に化粧室に入った有紗と美奈の視線を辿ると、ユーキの左手中指に輝く指輪に向いていた。

「戴き物ですか?」

「ええ」

「いいな〜。どこのブランドですか?」

 美奈は覗き込むようにして、指輪を見る。細いリングにリボンを型取ったスワロフスキーが角度によって輝きを変えている。

「どこのかな、よく分からないの」

 ユーキは指輪を光に照らしてみる。

「えぇ? ケースに書いてなかったんですか?」

「見てなかったのよ」

 実は、朱葵からの贈り物、バレンタインデーのお返しは、とんでもなく高価なブランドのものだった。お客に貰うプレゼントはブランドも確認するのだが、ユーキはそのとき嬉しさだけを纏っていて、ブランドを気にしていられなかったのだ。

「やっぱりユーキさんは凄いですね。あたしもがんばらなくっちゃ」

 美奈は露骨に握り拳を作り、やる気を取り戻した。

「さ、もう行きましょうか」

 3人はそれぞれ、フロアに戻る。

「ユーキさん」

 そこへ、有紗がひそっとユーキを呼び止めた。

「何で中指なんですか?」

 有紗は、気づいていた。ユーキの左手の指輪は、朱葵からの贈り物なのだろう、と。だが、本来恋人から貰うのなら薬指にするものではないかと感じたのだった。

「緩いのよね、薬指」

 ユーキは笑って、左手の指を広げて見せた。確かに、中指に綺麗に納まるそのサイズだと、薬指ではかなり緩くなる。

「測ってなかったんですか?」

「言ったことなかったもの」

 それでもユーキは嬉しそうで、有紗は、自分のことのように喜んだ。

 

 思えば、有紗が無邪気に笑えたのは、ユーキと朱葵が離れていることを知らなかったからかもしれない。

 ユーキは、嬉しさの一方で、考えていた。これからどうなっていくのかはまだ分からない、と。

 いつか自分自身で言っていた、「幸せ」はすぐ「不安」に変わってしまうということ。それを、漠然と想い描いていた。


 ――この気持ちはいつまで続くのだろう。


 別れを実感するとき、気持ちは変化してしまうかもしれない。会えないことは、きっとその気持ちを強くさせる。



「待ってて」「待ってる」という約束をしなかったことは、これからの2人に、新たな運命をもたらすことになる。



 それが本当の別れになってしまうのだと、まだ、2人は、知らない。




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