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100 見送り

 ユーキは朱葵に電話を掛けた。

 

 だが、朱葵に繋がることはなかった。






 刻々と、時間は過ぎていく。けれど成す術もなく、ユーキはその場から動けずにいる。

 いつものように、思い立ったらすぐ行動――は、できない。自分が朱葵にしてしまったことを、ユーキは今さら、後悔していた。

 昨日の午後5時。朱葵からの最後の着信には、留守番電話が残されていた。

「ユーキさん・・・・・・。俺、もう行くね」

 プツッと途絶えた短いメッセージを、ユーキは何度も聞いて、遂には膝をカクン、と落とした。


 ――あたし、何てことをしてしまったんだろう。


 そう。もう、後悔するしかなかったのだ。


 眠ることもせず、出かけることもせず、ユーキは、ただ時間を見送っていた。見送るべきときは、5時間後には東京を離れてしまうというのに。

 しばらくして、出発の新幹線を待とう、とユーキは決めた。

 確実に会える方法。それは、東堂から聞いた「朱葵は明日、午後6時の新幹線で京都に向かいます」という言葉を信じて、見送りに行くことだった。


 午後5時。ユーキは、東京駅へ向かった。



 *  *  *



「朱葵。そろそろホームに出るぞ」

 午後5時50分。朱葵は、東京駅の新幹線乗り場の前にいた。

 昨日は午後5時にユーキにメールを送信したあと、ほとんど休憩もなく撮影を行っていた。終わったのが深夜2時。次の日もまた朝早くから撮影があったから、朱葵は携帯を手にすることができなかった。

 そのおかげか、予定よりも早くクランクアップし、余裕を持って東京駅に到着したのだった。

 連休始めの土曜日。東京駅の構内はいつもより人口密度が高く、帽子とサングラスで顔を隠した朱葵は、人に見つかることはなかった。

「う・・・・・・ん」

 曖昧に返事をしながら、朱葵は、改札の前で振り返る。構内を行き交う人々の中に、ユーキの姿を探した。

「どうした?」

 すでに改札を抜けていた東堂は、立ち止まる朱葵を見て、気づいた。

「・・・・・・彼女を待ってるのか?」

 駅に向かう車内、東堂は朱葵にユーキが見送りに来るかもしれないことを告げた。初めは、言うつもりはなかった。樹のこともあって、ユーキが分からなくなったから。

 だけど、心の中では密かに、ユーキを信じたい気持ちがあった。ユーキを信じることは、2人の愛に繋がる。ユーキと朱葵のようにお互いを想い合っている2人を、東堂は、見たことがなかった。もちろん自分さえも、そんな風に誰かを強く想ったことは、ない。

 だからこそ、信じたかった。自分もいつかそう想える相手と出会えるのだろうと、夢を見ることができるから。

 朱葵は、ユーキから「見送りに行けない」と言われたことを、東堂に話さなかった。もしかしたら来てくれるかもしれない、というほんの少しの期待を、自分の口から否定したくなかった。

「来ると・・・・・・思う?」

 自動改札機を挟んで、朱葵は東堂に問う。改札は、ユーキの言っていた「別れ」を意味しているようで、朱葵はそれを渡ることができない。

 東堂から、答えは返らなかった。朱葵は答えを求めているというより、自問自答したものが声に出てしまったというほうが、合っている気がしたのだ。


 ――ユーキさん・・・・・・。俺、もう行くよ?


 現在、午後5時54分。

 

 東京駅発、午後6時6分。

 

 

 もうすぐ、別れの時。






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