9 ホスト朱葵
背格好は朱葵なのに、顔も髪型も、朱葵じゃない。
長めに流した前髪で、顔はあまり見えないけれど。
あの瞳は、確かに朱葵のものだ。
そこにいたのは、俳優ではない。まさに、「ホスト」の朱葵だった。
「ははっ。ユーキ、いい顔だな」
樹の言葉で、ユーキははっとした。
「こいつが芸能人なんて、誰にも気づかれないだろ。どっからどう見ても、立派なホストだよな」
「その金髪、どうしたの?」
「ん? カツラだよ。こいつ髪短いからな」
朱葵の髪はもともと黒めだ。藍色のような、青みがかった色をしている。地毛のようで、さりげなく染めているのが、とてもお洒落だった。
「なんでこんなカッコにしたの?」
「こいつ、今日からここで働かせるから」
「え?!」
* * *
「あの、それってどういうことですか?」
バックルームで、朱葵は、困惑した顔で言った。
「今日から、芸能界の仕事が終わったらここに来い。俺のヘルプとして席について、実際にホストするんだ。そっちのほうが身につくだろ」
「無理ですよ。俺、結構バレやすいし。それに、ホストの世界はそんな甘くないって」
「あぁ、そうだ。俺は3年かかって当時不動のナンバーワンだったホストを落としたんだ。たった5日間で初めからすべて分かろうなんて、到底無理な話だろうな。でも、おまえだって芸歴ってもんがあるんだろ? そいつを俺に見せろよ」
ちなみに、朱葵は17歳でデビューした。初めから実力派俳優と言われていて、仕事のほうが朱葵を必要としているほどの売れっ子だけど、朱葵はいつだって、努力を怠ったことはない。
芸歴は3年。樹がナンバーワンになるまでかかった時間と、同じ。
これは勝負だ、と朱葵は思った。
自信とプライドをかけた、夜の世界での仕事。
樹の「俺もおまえの仕事ぶりを見せてもらう」と言った意味。
それは、客を喜ばせるための、演技のことだったのだ。
* * *
ユーキははじめこそ不安がったものの、すぐに納得した。
樹の考えを、信用しているのだ。
「あたしは樹に任せたんだし、口出しはしないわ。でも、ばれないように気を使ってあげてね」
「分かってるよ」
「じゃあ、あたしは帰るわ」
ユーキはそう言って席を立った。
「ユーキさん」
朱葵が、ユーキを引き止める。
「ありがとう」
「まぁ頑張ってね」
「トワイライト」を出ると、またすぐに無数のネオンがユーキを襲ってくる。
だけどユーキは、目を逸らそうとはしなかった。
夜の世界に輝く機械的な光が、いつの間にか自分に似合っていたのを感じた。
――もう夜の世界からは逃げられないってことかな。
悲しさなんてちっとも溢れてこない。ユーキはこの世界を抜けたいなんて思ったことはないし、今だって、思っていない。
けれど、胸の奥には、小さな寂しさがこみ上げていた。