2.巡りの歌
「さってと。」
橙に染まった空は街の人々の背を押して、帰宅をせかす。また、仕事の終わりを知らせ、酒場や食堂の明かりを灯らせて、一日の最後の騒ぎの始まりを知らせた。そんな宿屋の一つ、“竜胆の灯”の食堂で、リヨはさえた緑の服に身を包み、同じ色のとんがり帽子をかぶって、シラに向かってうなずき、音を待った。
さあ 永久の旅路へ
さあ 果てなき愛憎の歯車へ
さあ 終わりなき時間の円環へ
ただよいし月に連れられて
さあ 永久の帰路へ
さあ 果てなき欲望の階段へ
さあ 終わりなき生死の螺旋へ
かける太陽に支えられて
此処から此処へ
道はできている
さあ 行こう
今 戻ろう
さあ 永久の楽園へ
さあ 果てなき善悪の連鎖へ
さあ 終わりなき宿命の輪廻へ
とどまりし星に導かれて
さあ 永久の故郷へ
さあ 果てなき心理の奥底へ
さあ 終わりなき奇跡の源泉へ
かかげる松明に惑わされて
此処から此処へ
道は造られた
今 行こう
さあ 戻ろう
バヴェラの余韻が途切れる直前、“竜胆の灯”の食堂は壁が震えるほどの拍手と歓声に包まれた。二人は頭をちょっと下げ、それに答えた。
太陽が沈み 星が顔を出す
あの谷ではこのような月夜に
月虹がでているだろうか
もしも 月虹がでていたら
月見草を摘みに行った
あの娘は見ただろうか
岸から岸へかかる橋
虹色に輝く橋
見ることができただろうか
谷へと落ちてはいないだろうか
いたずら好きな妖精たちに
引きずりこまれてはいないだろうか
ああ 思いだけが空回る
太陽が沈み 星が顔を出す
あの谷ではこのような月夜に
月虹がでて人を誘う
もしも 見てしまったら
惹きこまれないように
月見草を目に当てるといい
崖から崖へかかる橋
月光で輝く橋
見るだけならばできるだろう
谷へと落ちることがあるけれど
いたずら好きな妖精たちに
引きずりこまれることもあるけれど
ああ 考えだけが巡る
『娘を思う』ウェガ地方に残る歌 誕生年477~500年ごろに創られたという 作者不明
“竜胆の灯”の食堂も酔いつぶれた人々が増えてきたころ、女将が片付けを始めた。それを知らせるようにリヨは唄い終えた。
「歌唄いさんたち、おつかれさま。よかったよ。今日は人が多く来たけれど、いつもより静かで荒れることもなくてね。後片付けが楽になって助かるよ。ありがとう。」
リヨが唄い終えると、女将が近づいてきて笑っていった。
「あははは、よく言われます。なぜか静かに聴き入って、酔っても酔った気がしなくても満たされる思いになるって。でも、少しでもお役に立てたのであれば、唄ってよかったです。楽しく唄えたので、私も満足できましたので。」
リヨも笑って答える。シラも隣で同意を示すように首を縦に振りながら、満足げに笑っている。
「よかったよ。ほんとよかった。調理の途中で手が止まっちまうなんてこと滅多にないのに、聴き入って何度も止まっちまうんだもの。でも、お客も聴き入って急かされることがなかったんだから。あんたそのうち“珠玉”になれるんじゃないかい?」
「まさか!“珠玉”になんて!私はまだまだですよ。私よりライという歌唄いさんのほうが“珠玉”には近いですよ。」
事実だけをあっけらかんと話す。そんなリヨにシラは機嫌を悪くしたように、頬を膨らませ、目には少し強い怒りが浮かんだ。
「バヴェラ弾きの兄さんはそうは思っていないみたいだけどね。でも、あんたがそういうんだ、聞いてみたいね、そのライっていう歌唄いさんの歌もさ。」
女将が大きく笑って言う。
「さて、長話して朝が来ちまったら大変だ。お休みよ、歌唄いさんたち。ほんと今日は助かったよ。楽しい夜だった。ありがとう。」
二人の背を押して、階段への扉へと向かわせる。二人は女将に押されるまま、階段に近づいた。
「「おやすみなさい。」」
「ああ、おやすみ。」
二人が部屋の戸を閉める音を聞いて、女将は食堂の片付けを始めた。懐かしい子守唄を口ずさみながら。
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