26 痕跡を追え
72時間の壁もある。
チユパパ救出は一刻を争う。
よって、俺の知りうる限りの近道とショートカット法をすべて駆使して最短ルートで塔に挑んだ。
ときには崖に土魔法で橋を架け、ときには壁をぶった斬り、道なき道を突き進んだ。
「なんとか昼までに目的の階層まで来られたな」
オーストラリアのエアーズ・ロックを縦に引き伸ばして緑を多めにしたような……。
いわゆる、台形山が無数に連なる第7階層《轟きの千裂峡》――。
圧倒的高低差を誇る、谷と崖のステージだ。
試しに、
「オベフォオオオオオオオオ――ッ!!」
と叫ぶと、おびただしい数の山彦が、
「「アアホオオオオオ!!」」
と返してきて、ネコカの爆笑をさらった。
掴みは上々。
「しかし、困ったな。谷の深さは優に数百メートル……。Lv.300のフィジカルでも、登ったり下りたりするのはさすがに骨が折れる」
心の木魚をポクポク叩いて頭をひねっていると、チーンと線香が灯った。
「冒険者の動線を中心に探っていくか」
断崖絶壁の中腹に心細い道が続く。
羊腸の小径って感じだ。
「チユパパは死んだ冒険者に祈りを捧げて回っているんだよな。なら、冒険者がよく死んでそうな場所を見て回るのが効率的だ」
「不謹慎なツアーね。でも、それが現実的だわ」
というわけで、おーいチユパパー、と山彦を轟かせながら崖路を行く。
「俺、こう見えて《忍者》を極めし者なんだ。チユパパアア! 返事プリイィィーズッ!」
「全然忍んでないわね」
「誰も俺を忍者だと思わないだろうな。そういう意味においては完璧に忍べている。忍ばずして忍ぶ。これ、忍術の極意なり」
「忍ばなすぎて魔物に見つかったわよ!」
鷹のモンスターが3羽、巨大な翼を折りたたみ垂直降下してくる。
すれ違うのもやっとな細い道。
一歩踏み外せば真っ逆さま。
逃げ場なし。
女子二人は急降下爆撃機を見つけた水兵みたいな顔で戦慄している。
ちょ待ちょちょちょ、やめてぇぇ、って感じ。
でも、問題ない。
対空兵装なら、おあつらえ向きなのがある。
「スマホ、《畏怖の魔眼》だ!」
「ニャロリ!」
「ニょろりんにょ!」
鷹が頭から崖路に突っ込んだ。
当然、死ぬ。
垂直降下中に金縛りに遭うのだ。
泳いでいる最中に足が攣るとかそういうレベルじゃない。
「ま、まだ2羽残ってます……!」
とチユが頭を抱えてうずくまる。
大丈夫、大丈夫。
「はい、結界っと」
残りの2羽も1羽目と同じ末路をたどった。
ただし、何もない空中で。
見えない壁にぶつかったように潰れ、無惨な柿みたいになって崖下に消えていく。
「置き壁って戦法だ。踏み込んできた相手を激突させて足止めするってのが要諦だが、……ゲーム時代はダメージまでは入らなかったんだよな。いい改変だ」
「魔術師に正面から突っ込んじゃダメってことね。勉強になったわ」
ネコカはおでこをさすっている。
そりゃもう痛いだろうな、ぶつかると。
潰れたカエルみたいに空中にへばりつくネコカか。
ちょっと見たい気がしないでもない。
きっと笑えるだろう。
「なによ?」
「いやいや、なんでも……」
「とりあえず刺しておくわね」
「ぐえェ……」
◇
崖をえぐったような場所に石積みの塔が立てられていた。
ダンジョンに散った冒険者たちの墓――慰霊碑だ。
攻略ルートの動線上には足跡が無数にある。
しかし、石塔に立ち寄る足跡は数えるほどしかない。
「冒険者の信心深さがうかがえるわね。ご立派だこと」
「そう言うな。おかげでチユパパのゲソ痕を追えるかもしれない。当然ここにも立ち寄ったはずだからな」
「ほ、本当ですか!?」
「ああ、《忍者》は《追跡師》のスキルをいくつか使えるからな。……問題はどの足跡がチユパパか、だが」
「――《鑑定》!」
ネコカが足跡に手をかざした。
そんなものまで鑑定できるのか。
使い方によっては面白いことができそうな予感。
「なんだ、本当に役に立つんだな。鑑定士のジョブって」
「……ダメね。私の鑑定レベルだと失敗するわ」
「鑑定士www」
言わせてくれ。
俺の感心を返せと。
「フフフwww」
「また刺されたいのかしら? ――チユ、父親の足跡がどれだかわかる?」
「いえ。でも、父の着替えを持ってきたので、匂いで追うことなら……」
チユは男用の法衣一式の中から迷わず匂いが一番強そうなものを取り出した。
すなわち、靴下である。
それを献上品のようにネコカに差し出す。
獣人少女の鋭敏な嗅覚ならあるいは、という期待を目に込めて。
「………………」
うんまあ、ネコカは大金を積まれたとしても、知らんおっさんの靴下を嗅いだりしないだろう。
代わりに、愛猫を差し出した。
「スマホ、《臭跡追及》よ!」
犬系の使い魔ほどではないが、ケットシーにもその手のスキルを持っている個体がいる。
「了解ですニャ!」
「にょーかいニャすにょ!」
スーマとマーホは一瞬の躊躇いもなく臭そうな靴下に顔を突っ込んだ。
「よくおっさんの臭っさい足が入っていた場所に顔入れられるなぁ。猫ってたまにドン引きなことするよな。ゴキブリ仕留めて持ってきたりとかさ」
「あなたのとこ、ゴキブリなんているの? 衛生管理がずさんなのね」
ネコカはスマホを抱きしめ、そして、俺から距離を取った。
ゴキブリなんてどこにでもいるだろう。
聖域たる北海道だって近年は温暖化でだな……。
「嗅ぎ当てましたニャ!」
「かぎゃあぎゃあ……たニャニャーン!」
スマホがお手柄だ。
足跡のひとつを肉球で指している。
「追跡スキル《足跡追及》発動っと」
その足跡に手をかざすと、ぼんやりと青く光り出した。
光る痕跡はツル植物を編んで造った吊り橋のほうに向かって続く。
祈りを終え、次の石塔を目指すチユパパの背中が見えたような気がした。
「チユ、少なくとも、ここを通った時点ではお父さんは元気だったらしい。これを追った先にきっといるはずだ」
言い終えた後で、「少なくとも」とか「時点では」とか余計だったな、と悔やまれてくる。
もっとうまい言い回しがあったはずだ。
俺は頬をぴくりとさせる。
すると、白い手が伸びてきて俺の頬に触れた。
「お心遣い、ありがとうございます、ケンゾーさん。きっと父は無事で生きています。行きましょう」
なんて心優しい子なんだ。
そして、距離感すごい。
俺の肋骨のあたりをソフトに押す2つの秘宝……。
俺はニチャアとしないように細心の注意を払いつつ、結局ダメだったのでニチャア……。
そんな俺をネコカがドス黒いような、逆にもう雪みたいに真っ白な、そんな目で見つめている。
俺はまたニチャアとした。
苦笑いだ。
ニチャア……。




