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冤罪令嬢の母、現代知識で「冬の防寒対策」を極める 〜追放先の雪国で、娘とこたつを囲んでみかんを食べる〜

作者: 星渡リン
掲載日:2026/03/06

冬は、心まで冷やしてきます。

だからこそ「温かい場所」を手に入れる物語は、どんな世界でも強い。


これは、冤罪で追放された母と娘が、雪国で“生き延びる工夫”を積み上げ、最後には「ここが一番幸せ」と笑える場所を作るお話です。

復讐よりも、ぬくぬく。正義よりも、みかん。

どうぞ、こたつの端っこに座る気持ちでお読みください。

王宮の広間は、豪華なくせに寒かった。

金色の燭台がいくつも光っているのに、足元の大理石が容赦なく体温を吸い取っていく。息を吐けば白くにじみ、「ここでは心まで凍れ」とでも言いたげだ。


正面の玉座の前。

夫だった男が、氷より硬い声で言い放つ。


「エルサ・ヴァルド。お前との婚姻は、ここに破棄する」


ざわ、と貴族たちの衣擦れが起きる。

あちこちから、期待を隠しきれない目が刺さった。


「娘ミーナに悪女の英才教育を施した毒婦め。王都に置けば災いとなる。北の最果て、フェンリル領へ追放だ」


……来た来た。テンプレの断罪ごっこ。


(よしっ)


エルサは心の中で、誰にも見えないガッツポーズを決めた。

指先がほんの少し温かくなる気がする。


だって、知っているのだ。

前世で日本のインテリアメーカーに勤めていた頃、燃料価格の動きや寒波のニュースに、なぜか敏感になった。

この国も同じ匂いがする。近いうちに燃料不足。しかも寒波。王都の人たちの「冬ナメ感」は、見ていて胃が痛いほどだ。


つまり追放は、罰じゃない。避難指示にしか見えない。


エルサは表情を崩さず、ゆっくり頭を下げた。


「承知いたしました。――その代わり、持っていく荷物は私が選んでよろしいですね?」


貴族たちは「宝石でもねだるのか」と思ったのだろう。

薄い笑いが広がった。


夫は鼻で笑う。「好きにしろ。北では金など燃やしても暖は取れぬ」


(燃やすなら、まず“無駄な隙間風”よ)


エルサは心の中でツッコミつつ、隣の小さな手をぎゅっと握った。


「おかあさま……おうち、かえる?」


五歳のミーナは状況がわからないまま、袖を掴んで見上げてくる。

寒がりで、甘えん坊で、泣き虫。将来「悪役令嬢になる」と予言されているだなんて、誰が信じるのか。


エルサはしゃがんで、ミーナの頬に自分の手を当てた。冷たい。


「帰るよ。今度はね、寒くても、ちゃんとあったかいおうちにする」


ミーナの目が、きゅっと丸くなる。

その瞳を見た瞬間、エルサの中で何かがカチリと切り替わった。


(生き延びる。ぬくぬくで、笑って)


そのための荷物を、エルサは“宝石より確実なもの”で埋めていった。


羊毛。厚手の布。麻のロープ。針と糸。

そして隅に追いやられていた、携帯用魔導具の「熱源石」。キャンプ用の小型熱源で、出力は弱いが安定している。


「これを、可能な限り」


倉庫番が困った顔をする。


「奥様、それは……地味でございますが」


「地味がいいの。冬は派手に死ぬから」


そうして母娘は、白い世界へ旅立った。



フェンリル領の空は、広くて白かった。

雪は静かに降るのに、風だけがやたら元気で、頬を刺し、耳元で笛みたいに鳴く。


「ヒュ~」


その音が、屋敷の中でも聞こえた。

案内された屋敷は石造りで見た目は立派。だが扉を開けた瞬間、エルサは確信する。


(断熱性ゼロ。外と仲良しすぎる)


床は冷たく、壁は冷蔵庫みたいに冷え、窓枠の隙間から風が入り込んでカーテンがふわりと揺れた。


「さむ……い……」


ミーナが唇を震わせる。泣く、と思った瞬間。


「大丈夫」


エルサはすぐ抱き上げた。ミーナの体が小さく震えている。

この震えを止めるのが、母の仕事だ。


「ここはね、やりがいがある」


「やりがい……?」


「うん。お母様の得意分野」


ミーナがきょとんとした、その時。


「カイルだ。監視と護衛を命じられた」


玄関に立っていたのは、黒い外套をまとった無口な騎士だった。

目だけが鋭く、冬の森みたいな人。


「追放された身だ。無茶はするな」


「無茶はしないわ。合理的にやるだけ」


エルサは小さな蝋燭に火を点け、窓の縁に近づけた。

炎が、すっと横に傾く。


「ほら。ここ、風が入ってる」


「……それが、どうした」


「塞ぐの。全部」


言い切ると、カイルの眉がわずかに動いた。

“全部?”という顔をしている。けれど、冬相手に遠慮はできない。



まず窓。

エルサは窓の内側に、薄い氷の膜を張った。公爵夫人として最低限の魔力はある。水と冷気の扱いなら基礎はできる。


「こんな寒い場所で、冷やす魔法なんて意味ないと思うでしょ?」


ミーナがこくこくうなずく。


「うん……さむいの、やだ……」


「だから“冷やす”んじゃなくて、“二枚つくる”の」


一枚目の氷膜。

そして少し内側に二枚目。


氷と氷の間に、見えない空気の層が閉じ込められる。


「空気ってね、動かなければ熱を逃がしにくいの。だから、窓の中に“動かない空気”を作る。外の冷たさが入りにくくなる」


ミーナが目を丸くした。


「おかあさま、まほうで、おふとんつくった!」


「そう。窓に布団」


「……窓に、布団」


ぼそり、とカイルが復唱した。

信じられないものを見る目。けれど窓際の冷気が、目に見えて柔らかくなったのを彼も感じたらしい。


次は隙間風。入口を塞ぐ。


羊毛と端切れを筒に縫い、ぎゅうぎゅうに詰める。


「ミーナ、押さえてくれる?」


「うんっ!」


ミーナは“お手伝い”が大好きだ。押さえるだけで胸を張る。

その横で、カイルが針を持った。


「騎士の仕事ではない」


「じゃあ監視の仕事。ちゃんと置けてるか見張って」


「……理屈が妙だな」


そう言いながら、彼は無言で端を押さえた。力が強い。作業が早い。便利。


ドアの下に置いた瞬間。


「ヒュ~」


あの笛みたいな音が、弱まった。


ミーナがぱっと顔を上げる。


「かぜの音、ちいさくなった!」


「ね。寒さは敵じゃない。入口を閉めれば、引き下がるの」


最後は暖炉。

火を焚いても、石が熱を飲み込む。壁が“巨大な冷却材”みたいだ。


エルサは銀のトレーを磨き、暖炉の裏に置いた。

アルミ板の代わりの反射板。


「火の熱って、空気だけじゃなく光みたいにも飛ぶの。壁に吸われるなら、部屋の方へ跳ね返してあげる」


火を入れると、頬に当たる温かさが増した。

やわらかい熱。包まれる感じ。


カイルが暖炉に手をかざし、短く息を吐く。


「……増えたな」


「でしょ」


ミーナがほっぺを両手で挟む。


「ほっぺ、あったかい……!」


その顔が可愛すぎて、エルサは心の中で冬に勝った気分になった。


(冬はね。理屈で殴って、あったかくするのよ)



吹雪の日が続いた。

窓の外は白一色で、世界が砂糖漬けにされているみたいだ。

けれど屋敷の一室だけは違う。隙間風が減り、窓は“空気の布団”で守られ、暖炉の熱は部屋に返ってくる。


ミーナは朝起きると、得意げに言うようになった。


「おかあさま! きょうも、おへや、ぽかぽか!」


「えらいえらい。じゃあ、最終形態に進もうか」


「さいしゅう……?」


エルサがにやりと笑うと、カイルが嫌な予感の顔になった。


「……また何か作る気だな」


「作るわ。人類の冬の発明、上位ランカーのやつ」


エルサは低いテーブルを引っ張り出し、脚を短く調整して床に近づけた。

そこに厚手の布団をかける。


「そしてここに、弱出力の熱源石を仕込む」


熱源石は本来、テントの中でじんわり温めるためのもの。火を使わないので安全。燃料もいらない。

出力を弱くして、じわじわ温める。


「熱は上に上がるの。だから布団で囲って閉じ込めると、足元が天国になる」


ミーナが身を乗り出す。


「……あし、てんごく……?」


「入ってみる?」


布団を少しめくると、ふわっと温かい空気が流れ出た。


「ふわぁ……」


ミーナの目がとろんとする。次の瞬間、するっと潜り込んで、足を伸ばした。


「……あったかい……あったかい……!」


その声が、部屋の温度まで上げてしまいそうだった。


エルサは布団をもう一枚持ち上げて、カイルを見た。


「騎士様もどうぞ。監視なんでしょ」


「……」


「中に入らないと監視できないわよ」


「……理屈がさらに妙だ」


反論しつつ、カイルはそっと足を入れた。


その瞬間。

彼の表情が、ほんの少しだけ崩れた。肩の力が抜ける。


「……これは、人をダメにする魔道具ですね」


「そう。こたつ」


「こたつ……」


発音が真面目すぎて、ミーナが笑った。


「かいるさま、かたい!」


カイルは言い返せず、耳だけ少し赤くなった。



エルサはもうひとつ、籠を持ってきた。

中には鮮やかな橙色の実がごろごろ。


「わぁ……きれい……!」


ミーナが鼻を近づける。

皮に爪を立てた瞬間、「シュパッ」と小さく弾ける音がして、甘い香りがふわっと広がった。


「いい匂い……!」


「ルミの実。南から取り寄せたの。冬はね、こういう果物の栄養が大事」


「えいよう?」


「そう。体が元気だと、寒さにも負けにくい」


(ビタミンCって言いたいけど、今は“栄養”で十分)


ミーナが一房を口に入れる。


「……あまい! すっぱい! おいしい!」


「はい、お母様にも」


「ふふ、ありがとう」


こたつの中で足がぬくぬく。

手元には果物の香り。

暖炉はぱちぱち鳴って、火の色が布団の陰をオレンジに染める。


そこへ、どこからか猫が現れた。

白い毛並みで、目が氷みたいに澄んでいる。


「ねこ……?」


ミーナが指を伸ばすと、猫は当然のようにこたつへ潜り込み、くるんと丸くなった。

そして喉を鳴らす。ぬくぬくに正直な生き物だ。


「……この猫、どこから」


カイルが警戒するが、猫は警戒心ゼロで寝る。

むしろ“ここは自分の席”と主張している。


エルサは笑った。


「雪国の猫は賢いのよ。温かい場所を知ってる」


ミーナが猫の背中をなでる。


「ふわふわ……おかあさま、ここ、しあわせ……」


「うん。世界一、温かい場所にしようね」


猫の尻尾がふわりと揺れて、ほんの一瞬だけ狐みたいに見えた気がした。

気のせい……たぶん。

この土地には伝説の氷狐がいる、なんて話も聞いたけれど。


(だとしても、今はただの“こたつ好き”よね)



ある日、噂が届いた。

王都で燃料が底をつき、人々が震えている、と。

暖炉の前で宝石を抱いても温まらず、貴族たちが自分の断罪を恥じている、と。


「……公爵家も例外ではないらしい」


カイルの報告は淡々としていたが、どこか複雑そうだった。


エルサはこたつの布団を整えながら「へえ」とだけ返した。


「“ざまぁ”と言わないのか」


珍しく、カイルが疑問を口にする。


エルサはミーナの髪を撫で、ゆっくり息を吐いた。


「言う時間がもったいないわ。私は今、ここを温かくするのに忙しいの」


ミーナは猫と一緒に丸くなって、みかんを抱えていた。


「お母様、みて。ねこさん、みかんのにおい、すきみたい」


猫が「にゃ」と鳴いた。妙に澄んだ声。

雪の森の風と同じ匂いがする。


カイルはみかんの皮を剥く。手つきが少し慣れてきているのが可笑しい。

「シュパッ」と香りが弾けるたび、部屋の中がオレンジ色になる。


ミーナが笑う。


「お母様、ここ、天国みたい!」


その言葉が胸の奥にふわりと落ちた。

王宮の冷え切った広間で罵声を浴びていた自分が、遠い昔みたいだ。


窓の外は白銀の世界。吹雪が屋根を叩き、風が唸っている。

それでも、この部屋の中だけは、火と布と知恵で守られている。


エルサはこたつに足を入れる。

温かさが、じんわりと骨に染みた。


(守れた)


復讐より、勝利宣言より、拍手より。

今はこの“ぬくぬく”が、いちばんの正解だ。


ミーナがみかんをもう一つ剥き、猫が喉を鳴らし、カイルが静かにお茶を淹れる。

湯気が立ち上がり、甘い香りと混ざっていく。


エルサは心の中でそっと言った。


(冬よ。来なさい。うちは、あったかい)


外は凍てつく世界。

家の中は、こたつの温もりと、みかんの香り。

そして娘の笑顔が、ずっと続く灯りになる。


二人の人生は、これからずっと温かい。

最後まで読んでくださり、ありがとうございました。


冤罪、追放、雪国。並べると厳しい言葉ばかりなのに、物語の真ん中に置きたかったのは「家の中の温度」でした。

寒さは、気合ではなく工夫で減らせる。

そして、守りたい誰かがいるとき、人は“生きるための知恵”をどんどん発明してしまう。


エルサの勝利は、相手を打ち負かすことではありません。

ミーナの「天国みたい!」という一言を、毎日にしていくこと。

こたつの温もりと、みかんの香りの中で、明日も笑えること。


あなたの冬にも、小さな“ぬくぬく”が増えますように。

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― 新着の感想 ―
屋敷には料理人とか掃除洗濯等をするメイドとかいると思うのですがその人達は寒いままですか?後、ドアの隙間に布詰めて塞いでましたが出入りの度に外してまた詰めてってするのですか?
真冬に読みたかったー! あと5歳で悪役令嬢とか母ごと追放とか公爵はアホか。ラストさすがに恥じたんでしょうけど。
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