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91点の向こう側


家に帰ってすぐ、玄関で母親の声がした。

「翔太、おかえり。テスト、どうだったの?」

いつもなら、

「別に」

の一言で済ませて、すぐに部屋に籠もってた。

点数を聞かれるのが嫌で、目を合わせずに階段を上がるだけだった。

でも今日は、違った。

靴を脱ぎながら、普通に答えた。

「まぁ……普通かな」

母親が振り返る。

「はぁ…普通? どういう意味?」

いつもの溜息。

カバンから答案用紙を取り出して、はいっと差し出した。

「これ」

母親は受け取って、英語の答案用紙を見た。

「……81点?」

次に数学。

「……91点?」

母親の目が丸くなる。

「え? …翔太、あなたどうしたの?」

俺は笑った。

「何が?」

母親は答案用紙を何度も見直して、固まってる。

「……いや、だって……最近ずっと勉強してたもんね。でも、こんなに……」

俺は照れくさくなって、答案用紙を回収した。

「じゃあ俺、勉強するから部屋戻るわ」

母親はまだ呆然としてる顔で、

「う、うん……お疲れ様」

俺は階段を上がって、自分の部屋に入る。

ドアを閉めて、すぐに机に駆け寄った。

財布を開けて、50円を取り出す。

「50円! 見たか! 

あの母親の顔! 固まってたぞ!」

答案用紙を机に広げて、50円をその上に置く。

「願いは叶ったか?」

「叶った!」

興奮が止まらなくて、翔太は答案用紙を何度も指で叩いた。

91点の赤ペンが、部屋の電灯の下でやけに鮮やかに見える。

でも……50円は思う。

いつものように、頭の中に響くはずの「理」の声が、どこにもない。

あの淡々とした、事務的な声。

「願い受理」「価値上昇」「第一段階、達成」……

前と同じなら、このタイミングで入りそうな報告が、

何も聞こえてこない。

「……おかしいな」

50円は心の中で呟く。

いつもなら、願いが叶った瞬間に、体が熱くなって、光が走って、

理の声が「完了」を告げる。

50円から、静かな声がした。

「……翔太」

翔太は少し驚いて、50円を手に取る。

「どうした?」

50円は、ゆっくり言う。

「お前の本当の願いは、なんだ?」

翔太は、ぴたりと動きを止めた。

「……え?」

「期末テストで良い点取ること、じゃなかっただろ?

本当の願いは、何だ?」

黙った。

翔太の喉が、急に詰まった。

50円は続ける。

「次のテストが心配か?

また赤点取ったらどうしよう、って?」

「……違う」

翔太は50円を握りしめたまま、机の上の答案用紙を見つめた。

91点の赤ペン文字が、なんだか急に遠く感じる。

「……違う、って言ったけどさ」

翔太は小さく息を吐いて、続けた。

「まだ全部の結果、返ってきてないんだよ。

英語と数学だけじゃん。

国語も理科も社会も……あと3教科残ってる。

だから……まだ安心できなくて」

50円は静かに耳を傾けていた。

ただ、穏やかに。

「だから今は、まだ『叶った』って実感が……薄いんだ。

91点取れたのは嬉しいけど、もし他の教科でやらかしてたら……

結局また戻っちゃうんじゃないかって。

それが怖い」

翔太は50円を机にそっと置いた。

指先でコインの縁をなぞりながら、ぽつりぽつりと。

「本当の願いって……

『ずっと良い点取り続けたい』とかじゃなくて、

『もう、母親にがっかりされたくない』なんだと思う。

答案用紙見せたときの、あの顔。

固まってたけど……嬉しそうだったじゃん。

あれ、もう一回見たい。

毎回見たい。

それが……本当の願い、なのかも」

部屋の中が、急に静かになった。

50円は何も言わない。

ただ、そこにある。

翔太は少し笑って、首を振った。

「はは……なんか情けねぇな。

50円にこんなこと相談してるとか」

それでも、50円は黙ったままだった。

心の中で、50円はゆっくりと考えていた。

(……まだ、全部じゃないんだな

他の結果次第か

だったら、今は何も言わないでおこう

翔太が自分で気づくまで

それが、この子の「価値上昇」の、次の段階なのかもしれない)

50円は、ただ静かにそこに在った。

翔太は深呼吸して、答案用紙を丁寧にたたんだ。

机の引き出しにしまう前に、もう一度だけ、91点の数字を指でなぞった。

「……まぁ、とりあえず

今日はこれでいいか」

そう呟いて、翔太は参考書を開いた。

まだ、終わっていない。

でも、今日は少しだけ、前に進めた気がした。

50円は、机の上でかすかに光を反射しながら、

誰にも聞こえない声で、そっと呟いた。

「……まだ、途中だな」


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