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10円の願い


俺は昔から、モテたかった。

世界平和とか、成功とか、そういうのじゃない。

ただ普通に、女の子に好かれたかった。

高校では三年間、告白ゼロ。

大学に入ってもゼロ。

二十歳になっても、ゼロ。

ゼロってすごい。

もちろん俺から告白した事もあるが、もちろんゼロ。

ここまで綺麗に何も起きないと、逆に才能かと思う。

鏡を見ても、別にブサイクではない、たぶん。

身長も平均。

服だって一応気を使っている。

なのに、なぜか“選ばれない”。

友達は彼女と別れたり復縁したり忙しい。

俺はその相談を聞きながら、ポテチを食べる係だ。

「いいよなあ、お前は気楽で」

そう言われるたびに、ちょっとだけ心が削れた。

気楽じゃねえよ。

選ばれないって、地味に重いんだぞ。

二十歳の誕生日の夜、俺はコンビニ帰りに小さくつぶやいた。

「神様。俺、マジでモテたいです」

半分冗談。

半分本気。

そのとき、足元で何かが光った。

拾い上げると、10円玉だった。

べつに珍しくもない、普通の10円玉。

でもなぜか、やけに温かい。

「拾ってくれてありがとう」

声が聞こえた。

俺は固まった。

周囲に人はいない。

深夜一時、住宅街、静かすぎるほど静か。

「ここだよ。手の中」

……は?

「10円玉だよ。今、君が持っている」

落とした。

カラン、と軽い音を立ててアスファルトに転がる。

「ちょっと。乱暴だなあ」

転がった10円玉が、くるりと止まる。

俺はしばらく動けなかった。

酔っているわけじゃない。

酒は飲んでいない。

幻聴でもない。

声は、はっきり聞こえる。

「君、願ったよね」

10円玉が言う。

「モテたいって」

「……え」

「その願い、聞き届けられました」

どこか事務的な声だった。

優しくもないし、怖くもない。

ただ、淡々としている。

「私は“理”の調整装置。君の強すぎる願いに反応した」

意味がわからない。

「簡単に言うとね。チャンスをあげる」

10円玉が、ほんの少し光る。

「今から君は、私になる」

視界が反転した。

落ちる。

いや、違う。

体がない。

硬い。

丸い。

冷たい。

目がないのに見える。

耳がないのに聞こえる。

俺は――10円玉になっていた。

「ちょっと待てえええええ!」

叫んだつもりだった。

だが響いたのは、金属の微かな震えだけ。

「安心して。持ち主にだけ声が届く仕組みだ」

10円玉――いや、俺がそう言う。

いや違う、理の存在が言う。

「君は願いを叶える存在になる。使用者の願いを一つ叶えるごとに、価値が上がる」

「……は?」

「10円から50十円へ。50円から100百円へ」

「ちょっと待て。なんで金額制なんだよ」

「人間は“価値”に弱いからね」

どこか楽しそうだった。

「金額が上がるほど、願いの難易度も上がる。だが同時に、君の“現実の君”にも影響が出る」

「影響?」

「少しずつ、モテる」

一瞬、心が揺れた。

「……マジで?」

「マジで」

即答だった。

「ただし条件がある」

嫌な予感しかしない。

「君が現実に戻るには、使用者に“使われる”必要がある。自販機、両替機、レジ。何でもいい。貨幣として消費されたとき、君は元の体に戻る」

「それ、俺の意思で戻れないのか?」

「戻れない」

淡々と。

「あともう一つ。願いを叶えた相手の記憶は、消える」

空気が止まった。

「君のことを、覚えていられない」

軽いはずの10円玉の体が、やけに重く感じる。

「恋も、感謝も、奇跡も。結果だけが残る。君は残らない」

沈黙。

住宅街の風が吹く。

「どうする?」

理の声が問う。

「このまま人間に戻ることもできる。何もなかったことにしてやろう」

モテないままの人生。

変わらない毎日。

選ばれない側。

俺は、アスファルトに転がる自分を見つめた。

……いや。

「やる」

金属の震えが、はっきりした。

「やるよ」

理が、ほんの少し笑った気がした。

「契約成立」

次の瞬間、誰かの足音が近づいてきた。

コンビニ帰りの女の子。

イヤホンをして、スマホを見ながら歩いている。

カラン。

彼女の足先が、俺に触れた。

「あ、10円」

拾い上げられる。

手のひらの温度。

心臓がないのに、鼓動がした気がした。

「さて」

理の声が遠のく。

「最初の願いだ」

彼女の声が、かすかに漏れた。

「……明日、告白うまくいきますように」

俺は、10円玉のまま固まった。

最初の願い。

よりによって、それかよ。


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