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一人旅?がなかなか楽しい話

作者: 高瀬 八鳳

冷たい風が頬を撫でた。

寒さのあまり目を開けると、ぼんやりとした光が見える。 


目をこらすと、一面の濃紺に、宝石をちりばめたようなキラキラの輝きが目にとびこんできた。真っ暗ではない、ブルーモーメントよりも少し前の、空の青。深い海に自分が沈んでいて、そこから瞬く太陽の光を見上げているようにも感じる。


美しい。満天の星って、本当に素晴らしい。そうだ、私は今、アニール・サハルにいるんだった。


自身がどこに寝転んでいるのかを思い出し、私は寝袋ごと体をおこした。


何度見ても、この星空は私の五感を震わす。

自身の存在が自然と一体化するような、不思議な感覚。夜明け前のこのひと時は、涙がでるほど美しく感動的だ。


吐く息が白い煙となって、天の川に溶けていく。


「うわーー! 楽しい! めっちゃ綺麗‼」

私は雄たけびを上げ、それから思い切って寝袋から出た。


砂漠の夜は、こちらの世界でも寒い。だが、私はテントでなく、直接砂の上で眠る「寝袋寝」がお気に入り。こうして、目が覚めたらすぐに夜空を楽しむことができるなんて、最高だ。


すぐ隣に設置してあるミニテントに寝袋を押し込み、代わりにマントを取りだし羽織った。五メートルほど先につくった焚火場に移動。無事残っている小さな炎に、薪をくべる。革製の大きな水袋から小さな鍋に水を移す。お湯が沸くのを待つ間に、乾燥させたシャーミーの葉を5年物のチタンマグカップに入れ、同じくドライフルーツのべネルツを2つ木皿に乗せてお茶の準備は完了。火の側に腰をおろす。


鍋から立ちのぼる湯気を見ながら、ふとこちらに来た時を思い出した。


一年前、久しぶりに山に登った。


仕事が忙しく遠出ができない為、近所の日帰りで行ける山を選んだ。せっかく買ったのに出番の少ないバックパックに、一通りの山装備を詰め込み、登山気分を味わおうと部屋をでた。


桜の時期が過ぎた山は、色が濃くなりつつあり、自然がウキウキと成長している匂いがした。保温ポットに入れた温かい珈琲を飲みながら、もっと高い山や、知らない場所を旅してみたいなあと思いながらウトウトして目をさますと、いつの間にか今いるような砂漠、こちらでいうアニール・サハルに寝転んでいた。


幸いだったのはバックパックを手に握っていた事。手鏡で確認すると、見慣れた自分の顔があった。

これが夢でなく現実だとすると、眠っている間に誰かにここに連れて来られたか、タイムリープで過去に移動したか、いわゆる異世界転移(転生ではなく、そのままの自分が別の世界に移動)かのどれかだな、と思った。

結果として、私は異世界に飛ばされたようだ。


こっちの世界は、元の世界と似ている部分もたくさんある。例えば、シャーミーの葉は紅茶にミントをブレンドしたような味だし、べネルツはプレーンやデーツのような、乾燥させた甘い果物のお茶うけだ。

勿論、全然違うものもある。最たるものが、彼らだろう。


「るり、もう起きるのか」

「るり、おはよう」


声がした方向に目を向ける。


フヨフヨと青白く光りながら、掌位の小さな雪だるまが浮遊している。妖精とか精霊とかいう類だろう。


もうひとりは、真っ黒な犬のような猫のような、大型犬サイズの四本足の動物。聖なる魔獣と崇められている存在だ。


ふたりとも、人間の言葉を話す。人外の力をもつものが存在し、人間と共存している。まさに、ファンタジーの世界だ。


「スノー、エスウェド、おはよう」


スノーと名づけた雪だるまは、トゥエリスと呼ばれる自然界の守護スピリットだ。主に女性を守護してくれる有難い存在。


エスウェド(黒)と呼ぶワン・ニャンコは魔力を持っている。彼らを怒らすと、雷みたいなエネルギー波を放って攻撃するので、人間はみな魔獣を敬っている。


スノーが私の肩にとまる。エスウェドは、私の膝に頭をのせる。両手で彼らをなでながら、ちらちらと揺れる炎をみつめた。


不思議だ。今、この瞬間、私がここにいること。

彼らと共に在ること。


この一年間、無事に過ごす事ができたのは、彼らのお陰だった。ふたりが守ってくれているので、右も左もわからない異世界で、一人旅ができたのだ。まあ、厳密には一人ではなく三人旅だけれど。


たまに、元の世界を思い出す。仕事を途中で放り出したこと、アパートの部屋を放置したこと、故郷の家族や友達はどうしているだろうか。三倉瑠璃が突然消えたことで迷惑をかけただろうなと、申し訳なく思う。

ただ、いくら考えたところでどうしようもない。


何故だかわからないけれど、私はこちらに飛ばされたのだ。


ここで、生きるしかない。


「るり、今日はアフワン村に行くんだろ? 久しぶりにサイイダ・アーヤ(偉大なおばあ様)に会えるな」

「スノーはサイイダ・アーヤが大好きよな。勿論、吾も彼女は好ましいわ」

「ふたりはなんで、サイイダ・アーヤが好きなの?」

「彼女は、良き人間だからだ」

「そうよ、彼女は正しくあろうとする善き者だ」

「ふうん、そうなんだ。じゃあ、ふたりはなんで私が好きなの?」


サイイダ・アーヤは、私がこの世界で一番初めに出会った、命の恩人で、とても厳しくて優しいおばあちゃんだ。私も彼女が大好き。

ついでに、いつも疑問に思っていたことを聞いてみる。ふたりは何故、私にくっついてくるのだろうか。


「るりはスノーをかわいいと思うから、好きだ」

「そう、るりはスノーや吾を好ましく思っているから、一緒にいて心地いいの」

「え、そうなの? 私に何か魅力があるとか私がひとりで可哀そうだから、ではなく、私がふたりを好きだから、ふたりは私が好きなの?」

「るりがスノーを好きという気持ち、あたたかい。だから、スノーはるりの側にいる」

「るりは、他者を好きになる能力が高いと思う。吾等をとても大切に思っている、その無垢な気持ちがとても快適なの。わかった?」

「うーーん……。わかったようなわからんような」

「るり、見ろ。夜が明けるぞ!」

「るり、この景色……。ああ、美しいわ」

「うん、本当に綺麗だね」


地平線がだんだんと橙色に染まりだし、空は群青色と紫が混ざりあう。朝日と共に、砂漠の景色があらわになっていく。


私達はしばらく無言で、昇ってゆく太陽を眺めた。


右手で冷やりとするスノーの体を、左手で温かいエスウェドの毛を感じて、私は新たな一日の始まりに感謝する。


知らない土地に立ち、知らない人と出会い、知らない世界を友と共に巡る、旅暮らし。


うん、これはこれで、悪くない。


少しぬるくなった風を全身で受けとめながら、自ずと笑みがこぼれた。


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