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幕間

時系列としては、3章が始まるまでのどこかという感じ

黒蛇さんたらお手紙食べた


「そういえば、黒蛇さん」

「ン?」

「ルーナさんからの手紙、本当にレーヴェンさんを預けるって書いてあったんですか?」

 おやつの時間。甘党の黒蛇はいくつもの種類のマドレーヌを食べていて、レーヴェンは外で鍛錬をしに行った。スミレは甘い匂いがただよう部屋で、この世界の宗教の一つ【月の慈雨】に関する絵本を読んでいる。

 黒蛇はジャムの入ったマドレーヌを最後に手を止めて、じっとスミレを見つめた。続きをうながしているのだと察した彼女が絵本を示しながら自分の考えを話す。

「この絵本に、神さまの使いとそれを守るひとはずっと一緒、みたいなことが書いてあって。それならルーナさんとレーヴェンさんって一緒にいなきゃいけないんじゃないのかな、と」

「司教に命令されたって言ってたけど」

「でも、それってレーヴェンさんじゃないとダメな話ですか? 護衛騎士、と、聖騎士って別なんですよね? 聖騎士はたくさんいるけど、護衛騎士は神さまに仕えるひとのための騎士って。この教会にいなくちゃいけないなら、ルーナさんの側を離れなきゃいけないなら、違うひとでも――」

「秘密」

 満腹になったのか、無表情で紅茶を飲む。

「護衛騎士は仕える主が眩しくて代々盲目だ。封書を開かずに渡す素直さを、俺はそう思う。可愛いでしょ? 司教もこうなることを分かっていただろうけれど、それでもマリオネットみたいになるのは護衛騎士独特の文化だね」

 鼻歌をうたう。機嫌がいいらしい。楽しそうに懐から真っ白な手紙を取り出して、スミレの絵本に挟んだ。

「読んでごらん」

「え」

「いいよ。黒蛇が許す」

 彼女は迷ったように手にとって、そうっと開く。

「『黒蛇どの。そろそろお困りでしょう。レーヴェンを送りますが』……えっと」

「『あくまで一時滞在であるとご理解ください。』」

「『真っ直ぐで先生に向いている子です。よろしくお願いします。』……つまり」

「大体ぜんぶ聖騎士の勘違いだね。いや、勘違いというか、何も知らないくせに司教の手のひらで大人しく思う通りに踊るという点では護衛騎士らしいけど。俺は土産は甘味や本のつもりで言っていたし。一時滞在がいつまでとは決めていない」

 スミレは驚いたような悲しいような嬉しいようななんとも言えない複雑な顔をして手紙を仕舞う。

「黒蛇さんって、ずるいですね……」

「黒蛇だからね」






祈り


「貴様は誰に、誰の為に祈っているのだ」

 スミレはきょとんとしたあと、くすくすと笑い出した。レーヴェンの眉間のシワが深くなる。

「なにがおかしい」

「ああ、いえ、すみません。前に黒蛇さんからも似たようなことを聞かれて。私がこうしてお祈りをするのは、変なんだろうなって」

 やり方は教わった。それでもやっぱり問われるほどに、奇妙なんだろう。

「変ではない。神への感謝を忘れないでいることは大切なことだ。敬虔な信徒である者は必ず救われる。だがしかし、貴様は――」

「よそ者じゃないかってことですか? 信者じゃないのにシスターをしているから?」

 真っ白な服装。馴染みのない服を着て、見様見真似に跪いて手を組んで、よく分からない神様に祈っている。

 ……よく分からない、じゃない。分かろうとしていない。【月の慈雨】。この世界には月が三つあって、その中の一つは女神様で、あまり降らない雨を恵んでくれる神様らしい。知らない。知りたくない。私の世界じゃないことなんか、ぜんぶ知らない。

「そんなこと言ってないだろう!」

 レーヴェンが思わずといったように声を荒げたのを、スミレは困ったように見ている。

「でも、そういうことでしょう。だから初めにそう聞いたんですよね?」

 ――誰に捧げる、誰の為の祈りか。

 神様という言葉は未だに口馴染みがなくて、祈りの時間はなんとなくいたたまれなくて、それでもシスターの真似をするなら必要だろうと、そういう感覚でいる。

 だから。

「誰に、は……どこかにいる神様に。誰のために、は、自分のためと、あとは黒蛇さんのため」

 この教会から出たことが無いスミレは月の女神が分からない。遠い。見たことが無い月の神よりずっと、黒蛇が近い。

「黒蛇の?」

「黒蛇さんがいないと私は死ぬから。黒蛇さんが無事ですようにって祈ってます」

 知らない神様より強く強く必要なのは黒蛇で、求めているのも彼で、命を握っているのも彼だった。

 知らない神様へ。どうか彼が無事に私に会いに来てくれますように。

 囁くようにスミレが言うと、舌打ちが一つと

「……なら、それは、自分の為ではないのか」

 という、皮肉なのか同情なのか小言なのか分からない言葉が一つ。

「あはは! そうかもですね」

 なんだろうとこうして笑えるのなら、理由になるだろうと、スミレはそう思って祈っている。






郷愁


「レーヴェンさんってイケメンですねぇ」

 うっとりとしながらスミレは呟いた。勉強の時間の途中。教会内にあるいくつかの部屋を教室にして、スミレはレーヴェンにこの世界の常識などを教えてもらっている。

 魔法でつけた明かりはぼんやりとした薄オレンジ色をしていて、彼の美貌が際立って見える。

 鎧を脱いでスミレと似たつくりの真っ白な服を着たレーヴェンは石像のように綺麗で、どこか触れがたい神聖さすらあった。

 ふわりと香るすっきりとした匂いがして初めて、ああこのひとは生きているのかと思うほどだった。

 それなのにレーヴェンはすげなく鼻で笑う。

「ハッ、世辞は不要だ。そんなこと言われずとも貴様の護衛はするぞ」

 お世辞じゃないのに。

 そう思ったのが顔に出ていたのか、彼がつまらなさそうに眉間のシワを作る。

「余程見る目が無いようだな。血のように赤い髪も、ルーナ様と似ても似つかない目も、全く好かん。側近として見れなくも無い顔立ちであったのは助かるが、特に褒められることでもあるまい」

「そんな」

 本気で言ってる? ……言ってるらしい。

 その顔で見れなくもない顔なら、私はどうなんだ。

 そう言い返そうとして、言いたいことはそれじゃないなと思い直して、結局普通のことを言う。

「レーヴェンさん、私が見てきた中でいちばんかっこいいです」

「は?」

「夕日みたいに赤い髪も、海みたいに青い目も、とってもきれい。私、海の近くの生まれなんです。だから懐かしくて、きれいで、うっとりします」

 こうして眺めていると、じんわりとした寂しさに包まれるほどには。

 帰れないと思っている。帰りたいと思っている。黒蛇が探してくれているらしいけれど、たぶん無理だろうなあとスミレは思っている。だからこうした時間に、ふと故郷を思う。

「……馬鹿なことを言ってないで、本に戻れ。そんな言葉でサボれると思うなよ」

「えー、そんなつもりじゃないのに。本心ですよ」

「やかましい。私は見回りに行く。あと三ページ進めたら休憩して良い」

「やった!」

 思わず両手を上げて喜んで、やはりサボるためだったかと言われるかもと気付いて、慌てて言い訳しようとしたが、もう彼は部屋を出ていた。

「……急いでたの、かな……?」


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