6.最早妹の存在が神秘そのもの
泣く泣く昼食を食べ終えて俺もデザートに超絶濃厚生チョコアイスを食べる。
ココアパウダーのほろ苦さとミルクの甘さがマリアージュし、アイスの滑らかさがそれらを優しく包み込んでいる。
ただ二文字で説明できる美味しさ。
最高。
「んで、話の続きだな」
「俺がこの姿になったこと以外に何かあるの?」
「あっただろ。今日一日ずっとそれを感じてたはずだぜ」
「はて…………あ、俺を見た皆の反応か」
「そうだ」
超絶濃厚生チョコアイスを未だに食べている妹神は真面目な顔になる。
俺が女の子になってまず気になったのは周囲の人間が変わり果てた俺の姿を見てどういう反応をするかだった。
母さんは娘のように扱ってくるし、学校でも光介に貧乳を馬鹿にされたり恵理那さんに恐喝されたり俺様系先輩に壁ドンされたりしたものの皆俺の変化には気付けていないようだった。
「オリジンがその姿になったのは昨日の夜。そのまま朝が来てしまったら周囲の人間は混乱するし、オリジンにも危害が加わるだろうってアタシは考えた。だから、まあちょっとアレして皆の認識を改竄したんだ」
「アレて」
親指と人差し指でちょっとを作る妹神。
そんな塩ひとつまみみたいなもので誤魔化せないよ。
「アタシは神っつー存在だからか分からないけど他の神の力を使うことができるんだ。水の神の力を使って水を生み出したり、時間の神の力を使って時間を操ったり、超絶濃厚生チョコアイスの神の力を使って超絶濃厚生チョコアイスを生み出したりな」
そう言われて妹神の手元を見れば、さっきから食べていたはずの超絶濃厚生チョコアイスは一寸たりとも減っていなかった。
いや、さっきから手を付けていなかったような気もするが、そんなこともないだろう。
「気付けなかっただろ? 実はこれで4つ目だ。さすがに体が冷えてきたよ」
「なんかさっきから違和感はあったんだけどね。食べるのが遅いのかと思ってた」
「これが神の力、『神秘』だ。神秘は認識の外側からやってきて現実と混ざり合う。だから人間は神秘に気付きにくい。変化が起こってたとしても最初からそうであったように感じるんだ」
「アハ体験みたいだね」
それを説明するためにアイスを4つも食べたのか、はたまた美味しくてついいっぱい食べちゃったのか。
後者ならお茶目な神様だな。
「そんで神秘を使って周囲の人間の『春日星凪』という認識を捻じ曲げて、そのアハ体験の性質を強めることで混乱を避けたんだ。ついでに写真や戸籍なんかの情報も一緒に変わってるから、オリジンが元々男だったって痕跡はもうこの世界には残ってない」
「至れり尽くせりだね。助かるよ」
妹神はかわいいだけじゃなく本当に神だったようだ。
今にして思えば制服が女性徒のものに変わっていたのもクローゼットの中身がぴったりフィットしていたのも神秘の力だったのだろう。
すると妹神は心苦しそうな顔をして青い目で真っすぐ俺の目を見つめた。
「ごめん。アタシの力じゃそれで精一杯だった。他にやりようもあったかもしれないけど、オリジンの家族や友人との大切な思い出を変えちまった」
申し訳なさそうに眉を垂らす彼女に面を喰らう。
少しして謝罪の意味を理解したが納得できなかった。
だから俺は笑って彼女を宥める。
「大丈夫、何も変わってないよ」
「いいや、変わったんだ。オリジンが男という認識はすべて認識の外にいき、その隙間はそれぞれ最適な解釈に補間される。場合によっちゃオリジンと関わった人たちからオリジンとの繋がりが消えることもあり得る。オリジンが歩んできた軌跡そのものに影響することなんだ」
「なるほど」
それを聞いて神秘の理解度がさらに深まった。
例えば光介。
幼稚園児の時からの幼馴染の彼とは昔からよく遊んでいた。幼稚園の相撲大会でもふんどしを掴み合ったし、泊まり込みでゲームをしたり学校の宿泊行事で同じ部屋で寝たりもした。
そういう俺が男だったからこその過去が変わってしまった可能性がある。
神秘ってすごい。
「じゃあこれからは話題には気を付けないとだね。俺の記憶と相手の記憶が違うこともあるってことでしょ?」
「あのなぁ……たまげた能天気だな、オリジン」
「大した人生送ってないし、俺の思い出は変わってない。妹が気に病む必要ないって」
周囲の認識なんて俺が男子トイレに入ったか女子トイレに入ったかくらいの誤差しかない。それほど俺は関わる友達がいない。
彼女が懸念することなんて最初から皆無だ。
「……オリジンがそう言うならいいけどよ……。それはそれとして、今アタシがここにいるのにはもう一つ理由がある」
「理由なんかなくてもいつでも来なよ」
「んな訳にはいかねえだろ。こんなんでも世界を壊す力を持ってんだぞ。用が済んだら姿を消すよ」
そういえば神様だ。
神秘とやらを使えば時間も操れるらしいし、世界なんて手のひらの上なんだろう。
せっかく妹ができたというのに残念だ。
「まあなんだ、色々不便な体になっただろ? だからまあ、お詫びも兼ねてアタシにできる範囲で何でもしてやるよ」
その提案に思わずスプーンを落とす俺。
今この子なんでもって言った?
言ったよね?
上記にあるもんね?
「はい神様」
「ん、なんだオリジン」
「どこまで触っていいですか?」
「触るって、アタシの体か?」
「もちろん」
それ以外に選択肢はない。
「……まあ別にいいけどよ、自分と同じ姿だぞ? 自分の触れよ」
「妹の体をまさぐるという背徳感があります」
「……オリジンはやっぱり男なんだな。分かったよ」
なんか響くね。その言葉。響くよね?
さっきから誰に話しかけてるんだろう。
「で、オリジンはアタシの体をご所望ってことでいいのか?」
「冗談だよ。わたしは妹を大切にするお姉ちゃんだからね」
「言ってろ」
うんざりとした顔を見せる我が妹。
俺はそこでアイスを食べ終え、うむむと悩む。
「例えばどういうことをしてくれるの?」
「そうだな、一億円とか?」
「わーお、恐ろしい」
急に神様の頭角出してきた。
「ちゃんと経済が混乱しないよう上手く回しとくぜ」
「本当に怖いからやめて」
悪い顔をして邪神に見えてきた。
きっとアイスを出す感覚で金も生み出せるのだろう。それを見た時の俺が怖い。
「あとはそうだな、病気にかからない体にするとか?」
「そんなこともできるの?」
「健康の神秘を宿せば簡単だ。生涯健康人間になれる」
「すごい需要高そう」
一億円よりも価値が高そうだが、俺は今まで風邪も虫歯もなったことがないから喉から手が出るほどではない。
「たくさん悩んでいいぜ。こんな機会滅多にないだろうしな」
「決めた」
「早いな」
深く悩まないがモットー。
「健康人間か?」
「違うよ。妹と会った時から決めてたことがある」
「ん?」
思えば、最初に彼女が双子の姉だと言った時から俺はずっとそれを受け入れていた。
俺の中の足りない何かがぴったり埋められたような幸福感。
ずっと、ずっと俺は求めていた。
「俺は君の本当の姉になりたい」
俺はずっと何かを望んでいた。
「これからも一緒にいてくれたら嬉しいな」
それはきっと、彼女のような存在だ。
俺の一世一代のプロポーズに目を丸くさせて、上を仰いだ。
「んー……確かになんでもとは言ったがよ……そうくるか」
「じゃあさっそく役所に行こう」
「何しに行くんだよ。……本当にそれがいいのか?」
「うん。もう本当に妹だと思ってるし、妹のいない生活は考えられない」
「なんで妹がいないのにシスコンなんだよ」
多分世の中にはそういう人も多いと思う。
彼女は腕を組んでうんうんと悩みに悩み、大きく息を吐いて俺に視線を戻した。
「……分かった。オリジンがそれを望むなら、アタシは春日星凪の双子の妹になろう。これも運命ってやつだな」
「よろしくね。俺のことはお兄ちゃんとも思ってくれていいから」
「そんなかわいい兄はいないっつーの」
神の妹もいないけど。
「ただしアタシは極力神秘を使わないからな。些細なことでも世界を壊しかねないし、この力は封印しとく」
「それがいいね。俺はマイシスターがいればそれでいいよ。名前はどうしよっか?」
「オリジンが決めていいぜ。かわいい名前にしてくれよな」
「じゃあ……」
双子なら俺と近い名前の方がいいだろうか。
数十秒考えて、自然と脳内にパッとインスピレーションが湧いてきた。
きっと作家とはこうやってアイデアを出しているのだろう。
「なぎさ。平仮名がポイントで春日なぎさ。どう?」
「なぎさ……うん。いいと思う」
にひひと笑顔になるなぎさ。
俺はそんな彼女を見て、景色に色が付いたような気分になった。
「これからよろしくな、お姉ちゃん!」
「うん。よろしく、なぎさ」
こうして俺に神秘な妹が出来た。
世界は変わらず進んで行く。
歪みも、異質さも、神も交えて。
これは狂い往く神秘の物語。
評価ブクマどしどしお待ちしてます!