5.ジャンルはファンタジーです。
次に起きたのは午後3時を回ったとき。
2時間ほど眠ったところで空腹に襲われて目を覚ますと、青い瞳と目が合った。
俺に寄り添うような体勢で隣にいる。
ブルーハワイのかき氷のように青く透き通った瞳は、目が合うなり弧を描き、その瞳の持ち主は妖しく口角をしならせた。
「おはようオリジン。よく眠れたか?」
開口一番彼女は俺にそう言った。
傾いた日の光が彼女の姿を映し出す。
銀と赤の髪を持った、幼い顔立ちの女の子。
どうやら午前中の出来事は夢ではなかったらしい。
「お腹空いた……」
お昼は満腹だったが消化は早いのだろうか、空腹感に襲われる。
「この状況でよく寝ていられるものだと思ってたが、オリジンは神経が図太いみたいだな」
そんなこともないと思うけど。
ムクッと起き上がると、隣で寝ていた彼女も習うように身を起こす。
その際にさらりと流れた金髪の髪を視界に捉えて、自分が女の子になったことを思い出した。
「君はドッペルゲンガー?」
「アタシは双子の姉だ」
「妹がいいな」
「じゃ、双子の妹でもいいさ」
「融通が利くのね」
かわいい妹ができた。やったね。
欠伸をしつつベッドから降り体を伸ばすとクゥと腹が鳴った。
「話があるんだが、食べながら話そうぜ」
「そうだね。じゃあリビングに行こう」
部屋を出ようとしたが、シャツの裾を掴まれて動けなくなる。
「待て待て、その格好で出るのかよ」
「その格好って、一般的な部屋着だと思うけど」
トップスはクローゼットにあった白いTシャツで、下はパンツ一丁だ。
透けているわけでも穴が開いてる訳でもない普通の無地の白いパンツだ。
何もおかしいところはない。
「まあとやかく言うつもりはないが、その、寒いだろ」
ドッペル妹は呆れた眼差しでそう言う。
「確かにまだ肌寒いけど、下に履けるものなんて制服のスカートくらいしかないよ」
「ああ、その辺は大丈夫だ。アタシが全部変えておいた」
ドッペル妹はクローゼットを指さして中を確認すると、レディースの服がびっしり入っていた。
朝からこうなっていただろうか。
今着ているシャツもいつの間にかぴったりフィットしている。
「おお、俺の服が全部女の子女の子してる……」
「オリジンには悪いが、もう男物の服を着ることもないだろうしな」
「ありがたいよ。新しい服を買う必要もなくなったし」
これから女として生きていくなら部屋着も普段着も揃えないといけなかったし、すぐ夏になることを考えたら小遣いも足りそうにないしバイトも考慮していたから非常にありがたい。
ゆったりとしたグレーのボトムを取り出し履く。
やはりスカートよりも防御力が高くて落ち着く。
「やっぱオリジンは変わってるな」
ぼそっと呟くドッペル妹。
変わってるか変わってないかならドッペル妹の方が変わってると思うが、まあその話もあとで聞こう。
服も着たところでリビングに移動し、昨日の夕飯の残りの昼飯の残りをチンしてテーブルに並べる。
「妹はお腹空いてない? アイスあるよ」
「アタシは大丈夫だ」
「そんな遠慮せんと食べ。おいしいよ」
冷凍庫からカップの超絶濃厚生チョコアイスを出してドッペル妹の前に置く。
彼女は珍しいものを見るかのようにパッケージを眺める。
「超絶濃厚生チョコアイス……? こんなものがあるのか」
「超絶うまいよ」
冷凍庫には在庫が三つある。俺も食後に食べるつもりだ。
ドッペル妹は蓋を取って宝石箱を開けた。
「真っ黒だな」
「そりゃあチョコだからね」
「……じゃあ頂くぜ」
ココアパウダーの砂場にスプーンを埋めるとふにゅりと生チョコの層に沈んでいき、その下のチョコレートアイスに辿り着くとすんなりスプーンは沈んでいく。
それをおそるおそる小さな口に運び、まず一噛み。
「──! うまい! なんかこう粉とかぐちゃぐちゃに混ざり合ってうまいな! ハマるぜこれは!」
粉でハマるは誤解が生まれるな。
ココアパウダーだ。
「アイスの中でも俺のトップ5に入るんだ。冬期限定でもうすぐ販売終わっちゃうけど」
「そんなのがあるんだな。うまいのにもったいない」
チョコ系の商品は冬期限定のものが多いけどやはり溶けないからだろうか。
それはともかく、俺も昼食を食べ始める。
「それで、話ってなに?」
「ああ。察してると思うが、オリジン──春日星凪の身に起こったことについてだ」
まあそうだろうな。
俺と彼女がまったく同じ見た目をしてるのは無関係だと思えない。
「まず、アタシは普通の人間じゃない」
知ってる。
「まあ神様みたいなもんだな」
「それは壮大だね」
寝顔を天使だと思ったが、女神様だったらしい。
まさか人生で神様をお目に掛かれる日が来るとは。日頃の行いがいいんだろうな。
「神っていうのは認識の塊、観測されたものに宿るもんでな、その辺の至るものに宿ってる、まあ付喪神みたいなもんだな。猫っていう認識が猫の神を生み、人間っていう認識が人間の神を生み、地球っていう認識が地球の神を生み、時間という認識が時間の神を生むってな感じだな。このアイスにももちろん神がいる。超絶濃厚生チョコアイスの神だ」
「それは崇め祀りたいね」
俺の人生は半分チョコレートを食べるためにある。チョコの神様がいるなら俺は迷いなく信者になる。
というか平日の昼間からなにやらとんでもない話をしている気がする。
気のせいだろう。
「まあ神がいたところで本来この世界には干渉できないし、そもそも神には自我なんてもんはない」
「なるほど。でも妹は神様で、自我があると」
「そう。そこが問題だ」
ドッペル妹改め妹神はアイスを食べ終わり、スプーンを置いた。
「神は認識の塊。認識が神という形を作る。っつーことは認識の根源、オリジンと神の形は同じってわけだ」
すると妹神は空になったはずの超絶濃厚生チョコアイスに蓋をし、すぐに開けると再びスプーンを持って食べ始める。
「およそ17年前、オリジンと神でまったく違う個体が誕生したんだ。オリジンは男の子で神は女の子。成長していくにつれてその違いは顕著になっていき、身長も髪色も顔つきも何もかも別人だった。ま、それがこの姿だな」
スプーンで俺を指す妹神。
ここに鏡はないが、代わりに目の前の彼女を見て再確認する。
黒髪で黒目で中肉中背だった男の俺とは明らかに異なる美少女の姿だ。
「つまり妹は俺から生まれた神様ってこと?」
「そう。アタシは正真正銘『春日星凪の神』だ。春日星凪という認識が観測されて生まれた春日星凪という情報の塊。の、はずだった」
「ふーん」
まあ俺には難しい話だな。
重大な話なんだろうけど今まで特に変なこともなかったしいまいち実感が湧かない。
それよりも俺と同時に生まれたのなら双子というのもあながち外れていないということか。
そんなことを考えている俺の様子に妹神は苦笑する。
「で、昨日の夜、何故かオリジンがアタシの姿になったって訳だ」
「そこが一番聞きたいけど」
「詳しいことはアタシにも分かんねーんだ。アタシに自我が生まれたのもオリジンが変わったタイミングだしな」
「そうなの?」
「ああ。昨日の夜、オリジンが寝てるときにアタシはアタシという個性を持ち、同じタイミングでオリジンはこの姿になったんだ。だからオリジンとアタシが違う理由もアタシに自我が芽生えた理由もさっぱり分かんねえ。まあ元より異質な存在だったんだ。遅かれ早かれこうなってたのかもな」
妹神が分からないのなら俺が考えても仕方ない。
だから朝からこの事実を受け入れていた俺は賢い。
「なら事故に遭ったとでも思って受け入れるのが吉だね」
「こんな状況になってすんなり受け入れられるのなんてオリジンくらいだろうな」
深く考えすぎないところが俺の長所だ。
そしてどうにも男に戻れそうになさそうだし、今後は女だという自覚を持って生きることにしよう。
仰げば尊し。
男として16年とちょっと生きてきて、色んなことがあった。
幼稚園では男だからという理由で、相撲大会に出された。ほぼ覚えてないが、今となっては良い思い出だ。
小、中学校と告白されたこともある。どっちも断ったが、苦い思い出だ。
それに水泳の授業で女子をエロい目で見ていたら怒られたこともあった。ビート板を投げられた痛みは今でも覚えている。
全部俺が男だったからこその思い出だ。
そして別れがきた。
卒業おめでとう、ムスコ。
いざさらば。
……どうせなら童貞も卒業させたかったなぁ。
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