4.絶対なる美少女
髪も綺麗になって教室に戻り、朝のホームルームが行われる。
先生と会っても特に何も言われず、出席確認もスムーズに済まされたところで、体育館にて卒業式が行われた。
ちなみに出席確認の時に判明したのだが、惠理那さんの苗字は藤縄というらしい。そういえば毎日聞いた名だ。
朝礼や学年集会では長いと感じる校長先生の話も、卒業式だとすごくありがたい言葉に思えてくる気がすることもなきにしも非ず。
『卒業生の皆さん、この土佐上高校へ入学してから3年間、楽しいことや辛いことなどたくさんあったと思います。それらを仲間と一緒に乗り越えて、立派に成長し、こうして共に旅たとうとしているのです。門出というのは、新たな世界に足を踏み出すことです。皆さんはこの卒業式をもって別れてしまいますが、第一歩は同じです。そして歩き続けていればきっとまた巡り会うときがくるでしょう。これはさようならではありません。一期一会を大切にし、悲しみや苦しみも、前を見て歩き続けていれば乗り越えられます──』
良いことを言う人だ。
「ご卒業、おめでとうございます」と最後に付け足したように述べてから校長は壇上から降りた。
そうか、卒業はめでたいことなのだ。
俺のムスコの旅立ちも、俺は受け入れるべきなのだろう。
16年間ありがとう。そしておめでとう。さようなら。
一緒に門出を祝えないのは寂しいが、お前の旅路を応援してる。
……何を応援すればいいんだろう。
○ ○ ○
~満開の桜の木の下で~
卒業式はあっという間に終わり、短めのホームルームを終えて放課後に入り帰ろうとしていた俺は、下駄箱にて胸にコサージュを付けた三年生に声を掛けられ、興奮した様子で中庭に呼び出された。
第二ボタンは剝ぎ取られた後のようだ。
「何の用ですか?」と聞いた途端、男はドンッと桜の木に右手を叩きつけた。
桜の幹のすぐ側に立っていた俺を挟むようにして、いわゆる『壁ドン』をされたのだ。
今日はやけに恐喝をされる日だ。
「この学校に君みたいな子がいるなんて知らなかったよ。どうだ? 俺と付き合わないか?」
「……キュン?」
……まあ、呼び出された時点で予想はしていたけど、どうしたものか。
先輩は背が高く、腰を曲げて顔を俺に近付けている。息が臭いわけではないが、なんとなくうざい。
木の幹にダメージを与えた右手は俺の顔の高さより上に設置されていて、「逃がさない」というより「下をくぐってみろよ」と言っているようだった。
背が低いのをバカにされているなと思ったので、反対側から優雅に出ていく。
「ごめんなさい。ワタクシ今はもっと世界を広く見たいのです。なので誰かと番になることはできません」
「だから何だよ。年上は嫌いか?」
まあ第二ボタンは誰かに渡したみたいだし、イケメンで大層おモテになられているであろう先輩は嫌いだ。
「年上の女性は大好物です」
「え」
「ではごきげんよう。それと、ご卒業おめでとうございます」
唖然とする先輩を置いて足早にその場を後にしようとする。
「待って……待ってくれ!」
必死な叫び声が聞こえ、俺の手首を掴んでくる。
力は強い。捻れば簡単に関節を極めれそうだ。
「俺は本気だ! 本気なんだ! 一目見て一秒でお前に惚れた! この気持ちに嘘は吐けない!」
うへぇー……。俺も生理的に先輩が無理だというこの気持ちに嘘は吐けない。
しかし先輩の言う通り、目は本気だ。頬も朱に染まっていて、緊張気味に歯を食いしばっている。
このまま股間を蹴って逃げるのは簡単だが、悪意もないし真剣な人にやるのも気が引ける。
「もう離さない」
離せ。
俺様系は同姓には効かないんだよ。
「──先輩何やってんすか、こんな日に」
俺が投げ飛ばそうとした瞬間、一人の男子生徒がこの場に現れて俺の腕を掴む先輩の手を振りほどいた。
赤っぽい茶髪に光介よりも大きく見える身長。コサージュは付けていないし俺様を先輩と呼んでいたから下級生なのだろう。
思わぬ助太刀に意表を突かれていると俺様は彼に怒鳴りつける。
「邪魔するな本堂! 俺の人生はここがターニングポイントなんだ!!」
「手ェ出すのはダメでしょ。ほら、この子も怖がってますよ」
「ぴえん。まぢ不気味」
怖がってないけど、助けてくれるなら怯えておこう。
二人して怪訝な顔を向けてきたが、すぐに向き直る。
「クソッ! 俺としたことがこんなかわいい子がこの学校にいたことに気付けなかった……! 一生の不覚!」
「ほら行きますよ。どっちにしろ在学中に告っても同じ結果なんですから諦めましょう」
「お前、俺は先輩だぞ! 離せ!」
「悪かったな。じゃ」
不愛想にそれだけ告げて俺様を連れて校門の方へ去っていく名も知らぬ男子。
普通に帰宅しようとしただけなのに妙な嵐に巻き込まれてしまった。
まあアタシ可愛いから仕方ないんだけど、今後もこういうことが増えるかもしれないと思うと憂鬱だ。
特に何事もなく無事に家に帰ることができ、邪魔なスカートとブレザーを脱いで冷蔵庫に入っている昼食をレンジでチンして食べる。
腹八分目くらいに収まると思ったが、体が縮んだことに比例して半分ほどしか食べられなかった。
早起きしたせいか眠くなってきたし、残りは昼寝をしてからまた食べることにして冷蔵庫に戻し、制服を持って自室に向かう。
ドアを開けると、小さな音が聞こえた。
「すぅー……すぅー……」
それは可愛い寝息のようで、俺まで眠ってしまいそうになるほど心地良かった。
音の発信源であるベッドを見ると、日の光に当てられた銀髪の少女が眠っていた。
羨ましいほどに気持ち良さそうに。
「むぅん…………ふぁふ…………」
腰まで長い銀髪は毛先に進むにつれて赤くなっていて、寝ている姿はあどけなく、総合的に見て小学生か中学生と言ったところだろう。
顔立ちも体格も胸が控えめなのもほぼ俺と同一で、分かりやすく表現するなら俺の色違いだ。
「ドッペルさんがいる……」
そう呟きつつ制服をハンガーに掛けてワイシャツも脱ぎ、クローゼットからシャツを取り出して袖を通しつつ銀髪少女が心地よさそうに眠っているベッドに近寄る。
「……」
つんつんと頬をつつくが、口許をふにゃふにゃさせるだけで起きようとしない。
次にぺちぺちと叩く。邪魔そうに手を払われる。
「おはよーございまーす……」
「んにゅ…………」
耳元で囁くとくすぐったそうに短く吐息を漏らす。
普通に起こしても起きる気配がないので、服が乱れて露になっているおへそに人差し指を添える。
無駄に贅肉を付けていないお腹はすべすべしていて気持ちよく、へそを中心的に指先で撫で回す。
「んん……やめろぉ……」
手を払われて背中を向けて睡眠を続行する少女。
このまま起きるまで欲望のままに弄り倒してやろうかと思ったが、気持ち良さそうに寝ている彼女を見て、俺の瞼も段々下がっていく。
食べたばかりというのもあるのだろうから、やはり俺も食休みということでお昼寝でもしようか。
あくびをしつつベッドに潜り込み、少女に抱き着いて目を閉じる。
「おやすみなさい」
窓から入り込む日光の暖かさに眠気を誘われて、名も知らない少女の隣ですぐに意識は落ちて行った。
今日の出来事が夢なら、起きたら覚めるだろう。
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