3.リア充JKと青春男(女)
この新しい体、脚が綺麗なのは目に優しいけど、身長が低い分歩幅が狭くいつもより通学時間が長くなってしまった。
それにしてもいちいちスカートがヒラヒラして気になる。パンツに守られているとはいえ捲れてしまうのは淑女として注意したいところだ。
学校に着き、下駄箱に靴を入れる。
俺の靴入れは上から二段目だ。今までは特に問題なかったけど、背の低くなった今、靴を入れるのに背伸びをしなくてはならなかった。
あと数週間で学年が変わるし、2年生の下駄箱は下段の方にくることを願おう。
一階の廊下を歩いて教室に入り、自分の席に座る。
人形のような見目で人の目を惹きつけてもおかしくないというのに特に奇異の目で見られることはない。
「おっはー、星凪」
窓際一番後ろという特等席に座る俺の前に、幼稚園児からの付き合いである吉田光介が鞄を机の横に掛けながら挨拶してくる。
そしてやはり、俺の麗しい容姿について何も言ってこない。
「おはー」
「今日は早いな」
「お世話になった先輩たちの卒業式だからね。寝ぼけた顔を見せるわけにはいかないよ」
「なら寝癖も直してほしかったな」
そう言いつつ跳ねている髪を人差し指で弾く光介。
男の時から寝癖なんて気にしていなかったし気付かなかった。
「くし持ってる?」
「俺がいつ使うんだよ。自分で持ってきてないのかよ」
「あるわけないだろ」
「女子力が無いってやつだな。他の人に借りろよ」
他の人……俺光介以外名前も分からないや。
まあ寝癖があっても死ぬわけじゃないしこのままでいいか。
それはそうと淑女ならくしは必須アイテムか。
今持っている女子アイテムといえば衣服くらいなもので、これから優雅に生きていくためには色々買わないといけないな。
というか……
「俺ってホントに女子なのだろうか」
何故俺は性別が変わってしまったのだろう。不思議だ。
「鏡見たことあるのかよ? 女子力無いってだけでそう悲観する必要ないって」
そんなことを言われてしまってはもうこの性転換に悩むのもバカらしいが、この状況を誰か事細かに説明してほしいものだ。
何故俺は女の子になって、何故誰もそれに気付かないのだろう。
なってしまったものは仕方ないとして、今後この体とどう向き合えばいいのか……。
「どうせなら胸が大きい女子になりたかったよ……」
今朝自分で揉んでみて少しがっかりしたのは何故か記憶にこびりついている。
あの時の感情を例えるなら、学校帰りにかわいい子猫を見つけて何気なく撫でようとしたら威嚇されて逃げられたときのような虚無感だった。
別に撫でたいわけじゃないんだからねって心の誰かに対して強がるあの時の気持ちとそっくりだ。
「お前……なんか反応しづらいから俺に言うな」
光介は俺の顔より下に視線を持って行くとすぐに目を逸らす。
なんとも言えない怒りが湧いた。
「おい、今どこ見た? 何を思った?」
「何も見てねぇし何も思って……ねぇよ」
「胸が小さい女は男と変わらないって思っただろ」
「そんなこと一言も言ってねぇだろ!? いや言ってないからな!」
冷ややかな目で注目したクラスメイトに釈明する光介。
必死でウケるんですけど。
まあ俺はあまり気にしていない。胸の大きな子を見るのはいいが自分がそうだったら今朝の一揉みで飽きそうだし、今でも少し胸に圧迫感があるからこれ以上大きくなくてよかったと思う。
そもそも俺は大きい胸も好きだが小さい胸も好きだ。
「ったく、勘弁しろよ……。初めて女子の目が怖いと思ったわ」
「デリカシーを学べ。そこは『胸は小さくても世界一可愛い顔してるぜ』って言うところだ」
「もっと酷いだろそれ……。違う、星凪が勝手に言ってるだけだからな」
ひそひそと聞こえる周囲にまた弁明する光介。俺の顔可愛いだろうが。
「ね、ねえ春日、ちょっと来て」
「ん?」
すると一人の女子が焦ったように俺たちの元へ来た。
クラスメイトの女子だ。カースト上位、という認識がある。
女の子のお誘いとあらば断るのは男が廃れるな。
「いいよ。どこまででも付いてく」
立ち上がり、なかなかスタイルの良いクラスメイトに付いていく。
名前はなんだったか。まあ些細な問題だ。
のこのこ付いていって行き着いた先は階段下の埃っぽいスペース。
この間大掃除があったはずだが掃除が行き届いてなさそうだ。
「どうしたの? こんなところに呼び出したりして」
人目は悪く、男女二人きりで考えられるシチュエーションは告白しかない。
はやはや、モテる男は辛いな。
「……春日、もしかして吉田君のこと好きなの?」
薄くメイクをしている彼女は警戒気味にそんなことを言い出した。
告白という雰囲気じゃなさそうだ。
「まあ数少ない友達だしね。いいやつだと思うよ」
ぽっと思いつく限りの本音で話す。なんだよ、照れ臭いなおい。
しかしそんなくすぐったい告白では満足できなかったようで、俺に質問してきた女子は疎ましい表情を続けて言った。
「その……異性としてどうなの?」
「異性としてって……ラブ的な?」
「ラブ的な!」
そんなことを言われて嫌でも頭に浮かぶ、俺と光介が見つめ合っている姿。
想像したのは以前の俺と光介で、そっちの気がない俺は顔が青ざめるのを感じた。
「ないないないないない……! 天地がひっくり返ってもないよ!」
「ホントに?」
「ホントに。俺が好きなのは女の子だし」
「え」
俺から少し離れて硬直する彼女。
そのあとジロジロと頭の先からつま先まで見てきて若干頬が赤らむ。
「そ、それはどうでもいいけど……。じゃあさ、お願いがあるんだけど」
「え」
今の会話の流れからお願いってまさかそういうこと?
ばっちこい。
「わたしたちの応援してくれない?」
彼女は真剣に言う。
俺はお願いの意図が分からず首を傾げる。
「なんの応援?」
「わたしたちって言うか、その……よ、吉田君のことが好きな友達がいるの。だからその、二人がくっつくのを応援してほしいの」
「あー……」
その言葉に胸が重たくなる。
可愛い女の子に呼び出されたかと浮かれていれば、親友がただモテている話を聞かされたのだ。解せぬ。
光介は中学の時、いや小学生の時からモテていた。今となっては身長も180近くあり顔も整っている。しかもバレー部で運動神経もよく優しい。幼馴染の俺から言わせても十二分に優良物件だ。
高校に上がってからも女の子と仲良くしているのを見かけているが……解せぬ。断じて解せぬ。
俺はこの子の名前も知らないくらい女子と交流が無いって言うのに、俺の知らないところではちゃんとヤることヤってんだな。
「まあ、応援するくらいならいいけど……」
「お願いね」
よほどその友達が好きなのだろう。了承すると安心したように微笑んだ。
「誰が好きなの?」
「言っちゃってもいいかな……誰にも言わないでよ?」
「言わないよ」
俺も親友の恋愛事情は興味が無いわけは無い。というか面白そうだし気になる。
彼女は周りを気にして、俺に顔を近づけてくると耳に口を寄せた。
良い匂いがするというのは言うまでもないだろう。
「あす──」
「おはよ、恵理那。何してるの?」
二文字目が聞こえたところで第三者の声がし、即座に離れた。
聞き覚えのあるその声に俺と恵理那という名前だったらしい彼女は顔を向ける。
「あ、明日香! お、おはよ! こんなところで奇遇じゃん」
「卒業式の準備で体育館に用があるのよ」
時間的に人通りの少ないこの場所は体育館に繋がる道で、今は在校生の学級委員くらいしか往来しない。
そこまで考えて明日香と呼ばれた彼女のことを思い出した。
千葉明日香。我がクラスの学級委員長だ。
彼女は俺と恵理那さんを交互に見て首を傾げる。
「春日と二人で何してんの?」
「い、いやぁ……ただ恐喝してるだけだよ!」
「はぁ?」
俺恐喝されてたらしい。
とまあ、俺もバカじゃないので彼女が狼狽えている理由はすぐに察した。
光介が好きな女子の名前の最初の二文字は「あす」、そして千葉の下の名前は明日香。点と点が線になる。
「千葉、光介が好きなの?」
「……は?」
聞くと、千葉は面食らったという言葉がぴったり当てはまる顔をした。
「──ちょぉぉぉおおおお!!! バカでしょ、あんたバカでしょ!!」
すると俺の肩を掴んで小さく叫びながら前に後ろに揺さぶる恵理那さん。脳が震える。
「本人に直接言うとかあり得ないんですけど……!」
「いいいいや、だだって、そうなのかなななって……」
顔を近づけて千葉に聞こえないように小声で怒られる。
やはり光介に思いを寄せている人物とは千葉で合っていたようだ。
彼女のことはあまり知らないが、解せぬ。
「あのさ、なに馬鹿なこと言ってんの?」
怪訝な顔をする千葉。
初めてまともに話したけど、印象を悪くさせてしまったようだ。
彼女の様子に恵理那さんもしどろもどろになる。
「あ、明日香、そうじゃなくて、千葉県! 吉田君千葉県が好きらしいよ! って話をしてたの!」
「そんなニュアンスじゃなかったでしょ? 二人して何? 根も葉もない噂話?」
「噂なの?」
恵理那さんに聞くとまた肩を掴まれて千葉に背を向けて小声で話す。
「自覚してないタイプなの。でも十中八九明日香は吉田君に片思いしてる。だから陰ながら応援しようってこと!」
「そうなんだ」
無意識的に意識はしてるというやつなんだろう。初々しいね。
「バカな話してないで勉強でもしたら? あんたたちこの間の学年末テストまた赤点取ったんでしょ?」
「なんで俺が数学で26点取ったこと知ってるんだよ」
「え、春日26点なの? じゃあわたしの勝ちね!」
「五十歩百歩でしょ。バカ話してないでさっさと教室戻りなさいよ」
捨て台詞を吐いて体育館の方へ去っていく千葉を見送る。
また二人きりになったところで恵理那さんはこちらに目を向けた。
「こうなったら春日、くっつけるまで協力しなさいよ」
「でも余計なお世話なんじゃない?」
本人は否定していたし、無闇に手を突っ込んでも嫌がられそうだ。
「あの子正直じゃないからこのままじゃいつになっても進展しないの。進級したらクラスも別々になるかもしれないし、誰かが場を整えてあげなきゃ何も無いまま高校生活が終わっちゃう」
「ふむ……」
面倒臭さもあるが、彼女の友達思いな気持ちには答えてあげたくなってしまう。
相手が光介なのは解せないが……たまには友人の幸せを願ってやってもいいだろう。
「分かった。千葉の恋を応援しよう」
「ホント!? ありがとう春日!」
「ただ一つお願いがあるんだけど……」
「え」
俺は恵理那さんに詰め寄る。
対して彼女は後退りつつ俺の顔をジッと見つめる。
睫毛、鼻、唇と視線をなぞるように移していき、彼女は壁に追い込まれ俺と顔が近くなる。
「か、春日……? ここ学校……」
「恵理那さん……」
恵理那さんは顔を赤くしてうるうるとした瞳で俺と視線を重ね──
「寝癖治してよ」
安心したような複雑な顔をする恵理那さんに髪を解かしてもらった。
あとで苗字を探っておこう。
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