2.消えたムスコ、密室誘拐事件!
パンツはどうしたところで履けそうにないので諦めて、上着の裾で下半身を隠すことにしてリビングへ赴く。ワンピースのような着心地。着たことないけど。
しかしパンツが無いと安心できない。パンツは俺が信用できるもののトップ10に入るものなのだ。あの防御力が恋しい。
しかし履けないものをウダウダ言っていても仕方ないし、今は頑張って我慢しよう。
リビングへ入ると美味しそうな匂いと共にジューっと何かを炒めている音が聞こえ、今まさに台所で弁当を作っている母親に後ろから声を掛ける。
「母さん、おはよう」
「あらおはよう。今日は早いのね」
挨拶を交わすも、母はこちらを振り向かずに手元を見ながら作業を続ける。
俺の声に疑問を持ってくれないようで、再度呼び掛ける。
「俺なんか変わったと思わない?」
「んー、なにー?」
両手を伸ばしてピースを作る。昨日の俺に比べて圧倒的に可愛いはずだ。
母親は一度こちらに振り向いてから、手元に視線を戻してトマトを切る。
「リップクリーム変えたんでしょ」
「変えてないよ」
リップクリームの変化なんて見ただけじゃ分からないだろが。いや、まあ、少なくとも俺は分からないけど。
自分の体の変化を見せて驚かせようと思ったのだが、息子が女体になっていることに対しての反応が薄いどころか皆無すぎる。
もしかしたらちゃんと見ていなかったのかもしれない。
母親の視界に入るように、ぴょんぴょんと隣ではねる攻撃。
しかし なにもおこらない!
「ちょっと、今包丁使ってるんだから向こう行ってて。刺すわよ」
そんな脅迫を受けて大人しくソファーに座りテレビを流しながら朝ごはんを待つ。
そうか、ムスコがいなくなったから、俺は娘になったのか。
だから母は俺を見ても驚かないのか。そうか。そうだよな。息子じゃないなら娘になるのは当たり前だもんな。そうか。
「──っておかしいだろ! 一目瞭然な俺の変化に気付かないの!?」
「あれ、マヨネーズが無い」
「息子の変化より気になること!?」
「朝から元気でいいわね」
うまく話が噛み合わないまま朝ごはんができた。
食卓に着いて、手を合わせる。
「いただきます」
「それで、あんたは何に気付いてほしいのよ? 見た感じ特に変わったところなんて無さそうだけど、たっかいシャンプーでも買ったの?」
「違うよ。もっと視覚的な問題」
「あ、分かった。好きな男の子でも出来たんでしょ?」
「視覚的に分かるもんなの? 全然違うよ」
「ふーん」
ジトーっとした目を向けられた。
母が本当のことを言っているのであれば、どういうことになるのだろうか。
俺が男だったという記憶が間違っていて、母が気付かないように、そして今の俺の体が証明しているように、元から性別は女だったのか。
はたまた、俺は何かしらの理由で男から女の子になってしまい、周囲の人間はそれに気付いていないのか。
もしくは、この体の本当の持ち主と入れ替わってしまい、これもまた周囲の人間が気付けないのか。
まあ、考えていても答えは出そうにない。
今ある事実は俺は昨日まで男だった記憶があり、今は女の子になっているということだけだ。
パンツが履けないということくらいしか不便はないし、一旦忘れて朝食を食べよう。
「そういえばお父さん、今年のゴールデンウィークは帰って来るそうよ」
「へぇー、まだ生きてたんだ」
「何か好きな物買ってくれるそうよ。高いものでもおねだりしときなさい」
「欲しいものねー……考えとく」
パンツが欲しいが、親に頼むものでもないか。
学校の帰りに買って帰ろう。そもそも俺は普通に学校に行っていいのだろうか。
朝食を食べ終え歯磨きついでに洗面所へ行って鏡を見ると、俺は小学校高学年、もしくは中学生ほどの幼さの女の子になっていた。
毛先の青い金髪の二色髪、パッチリと大きい瞳はルビーを埋め込んだように赤く、肌は白磁のように透き通っているかのようだ。
身長は150もないくらい。昨日までと比べたら20センチ以上の誤差がある。
母さんは俺の変化に対して何も言わず、昨日と同じように接してきているし、見た目の変化だけで高校に通っていることには変わらないのだろうか。
正直小学生と言われても違和感は無いし、これからランドセルを背負って登校することになってもおかしくない。
そこらへんはちゃんと確認した方がいいだろう。
歯磨きうがいを済ませ、リビングへ戻る。
「母さん、俺っていまいくつだっけ?」
「16歳でしょ。来月誕生日ね。ケーキはチョコでいい?」
「もちろん」
説明不要。この家で誕生日ケーキと言えば俺のも母さんのも父さんのもすべてチョコしかありえないのだ。
とりあえず俺は16歳らしい。
「それよりそろそろ家出たほうがいいんじゃない? 今日卒業式でしょ?」
「一年生は特にやることないよ。委員長とかはやることあるらしいけど」
今日、3月9日は卒業式で、卒業生にコサージュを配るため学級委員長は普段より早く集合するらしいが、委員会に入っていない俺には関係のないことだ。
「ま、でもやることもないしもう出よっかな」
「さっさと行きなさい。母さんお昼はいないから冷蔵庫に入ってる昨日の残り物チンして食べてね」
昨日食べたものはもう忘れた。
歳は取りたくないものだと思いながら自室に戻りつつ考える。
そもそも俺が持っているはずの制服は男子用でサイズも合わず、パンツやズボンのようにずり落ちてしまうだろう。
最終手段はベルトで無理やり押さえつけての登校だが、果たして俺は学校ではなく病院に行くべきだろうかと考え付いて、部屋の扉を開けてハンガーに掛かっている制服を見た。
そこには、JKの制服があった。
「……俺はJKだった……?」
部屋の異変を感じて廊下に引き返し、再度部屋に入った。
やはりJKの制服だ。
しかも、ちらりと視線をベッドに移すと、そこには綺麗に畳まれた二種類の白い下着が置いてあった。
「パンツだ!」
俺はそれを見るや否やすぐに手に取って足を通した。
この薄く面積の小さな布に確かな安心感を感じる。
これだけで無敵になれた気がした。
もう何も怖くない。
さあ、学校に行こう。
慣れない女物の制服を着用して、卒業式で荷物の少ない鞄を持って部屋を出た。
「いってきまーす!」
「いってらっしゃい。不審者とか気を付けるのよ」
パンツを履けた喜びに足取りが軽くなる。
しかしそんな足も三月の風に冷え、すぐに不機嫌になるのだった。
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