『初めての魔法』と『心情の変化』
「はあ…何で私がこんな奴に…」
魔法聖協会からの帰りの馬車の中で突然ジークからレオに魔法を教えるよう言われたアイリスはレオと共にエンディミオンにある魔法修練場に来ていた。
(マスターからの命令だからって仕方なく引き受けたけど…)
「へえ…魔法の訓練をするための施設なんてあるのか…」
嫌そうにしているアイリスをよそにレオは修練場の中を見回しながら呟いていた。
「それで、俺は何をすればいいんだ?」
先程まで初めて遊園地に来た子供の様にはしゃぎながら修練場を見回していたレオが突然アイリスの方を向く。
「なっ…!なんで私があんたに魔法なんか教えなきゃいけないのよ!」
「え??だってそのためにここに来たんじゃないのか?」
「そ…それは…マスターに言われて仕方なくで…」
「仕方なく…?」
そう言ったグレンは先程あった馬車でのやり取りを思い出す。
時は数十分前、魔法聖協会からの帰り道まで遡る。
「お前、レオに魔法を教えてやれ」
「……は…?はあああああああああああああああああ!?」
突然の指名に馬車の外まで聞こえる声量でアイリスの叫び声が響く。
アイリスほどではないがグレンやフロイ、フィオネも驚いている様子だった。
「な!なんで私なのよ!?教えるならマスターが教えればいいでしょ!?」
「いやあ俺は何かと忙しい身なもんで」
「じゃあグレンとかフロイとか!!」
「お前らの中だったらお前が一番魔力操作上手いだろ?せっかく教わるなら優秀な奴に教わった方がいいだろ」
「え…?い、一番って…優秀って…そんな…確かに私は天才だけどぉ…」
さっきまでの怒りはどこへ行ったのかアイリスは嬉しそうに頬を緩める。
「チョロすぎんだろこいつ…」
「でも確かに…アイリスの魔法は一番魔力コントロールが必要だし…魔法を教えるのには適任かも…」
呆れるグレンと冷静に考えるフロイ。
「確かにアイリスちゃんの魔法ってすっごく難しそうなのにあれだけ自由自在に扱えるのって凄いよね!」
「ちょっ…ちょっとやめてよフィオネ~!そこまで本当の事言われると恥ずかしいじゃん~!」
正面に座っているフィオネから更に褒めの追撃を受けたアイリスの表情はもうユルユルになっていた。
そんな様子を見たジークが満足そうに笑いながら言う。
「てことで、任せたぞアイリス」
「まっかせなさい!!」
そして現在へと至る。
「……って感じで最終的には結構ノリノリで引き受けてなかったか?」
「うぐっ!!」
レオから鋭い指摘を受けたアイリスは反論できずにいた。
「ま…まあ一度受けるって言ったからには仕方ないわ!私があんたに魔法を教えてあげるんだから感謝しなさい!」
「おう!ありがとな!」
「!?」
まるで王族かの様に振る舞うアイリスになんの文句もなく礼を言うレオ。
アイリスはそんなレオに驚いていた。
(初めて会ったときはあんなに反抗的だったのに…。こいつって案外素直なのね…。だからって気に食わないことには変わりないけど!)
アイリスの中でレオの評価が少し…ほんの少し変わったような気がした。
そうしてアイリスによる魔法の修行が始まった。
「普通ならまずは大気中にある魔素を体に取り込んで自分の中の魔力を体中に巡らせるところから始まるけど、アンタの場合は既に魔力が全身に巡ってるからそこは飛ばしていくわよ」
魔素とは。
酸素などと同じように空気中に含まれている物質であり魔導士にとっては酸素と同レベルで必要不可欠なものである。
魔導士が魔法を使うと体内の魔力は少しずつ減っていく。
減る量は魔法の規模によって変わりより大規模な魔法を使えばそれに比例して体内の魔力も多く失われてしまう。
その失った魔力を補給するために必要なのが魔素である。
呼吸によって魔素を取り込んだ魔導士はそれによって魔力量を補給し魔力切れを防いでいるのだ。
「アンタは既に最低限の魔力コントロールができてるはずだから次はその魔力に命令式を与えるわよ」
「命令式?」
「実際に見せた方が早いわね」
そう言ってアイリスは左手を前に出し目を閉じる。そしてすうっと息を吸い込み集中する。
「ッッ!!」
次の瞬間アイリスの左手に魔法陣が現れ魔力で形作られた弓が現れた。
「すげえ…」
「これが私の魔法。今私は自分の魔力に『弓の形を作る』。そしてそれを『顕現させる』っていう二つの命令式を与えたの。命令式っていうのは簡単に言えば自分がどんな魔法を使うのかを自分の魔力に教えてあげるってことなのよ」
「なるほど…」
「そして次に」
そう言ったアイリスの右手に弓と同じように魔力で作られた矢が現れる。
しかしその矢はただの魔力の矢ではなくバチバチと電のような電気を帯びた矢であった。
「さてここで問題。私は今この矢にどういう命令式を与えたと思う?」
「えっと…さっきと同じ感じなら魔力で矢を作る…。そんでそれを顕現させる…で、その矢に雷を纏わせる…?」
「言っている内容自体は正解よ。でも順番が違うの」
「順番?」
「そう、この雷は私が自分の魔力の性質を変えるように命令式を与えたもの。でも魔法ってのは基本的に一度顕現させたらその形を変えたり魔法の性質を変えたりすることはできないの。つまり?」
「今アイリスがやった命令式の順番は、魔力で矢を作る、その矢に雷を纏わせる、そしてそれを顕現させる」
「そういうこと。命令式は正しい順序で明確に魔力に伝えないと意味がないの。そこで大事になってくるのがイメージする力」
そう言ったアイリスは両手に顕現させた魔法を解く。
「イメージ…」
「自分はどんな状況でどんな魔法を使いたいのか、それを明確にさせなきゃいけないのよ。
もちろん、イメージすればなんでもできるわけじゃないわ。本人の魔力量に見合わない規模の魔法とかは無理。
例えば、世界を滅ぼす魔法が欲しいとかそんなやつね。
私の場合はグレンやフロイが前衛で戦うことが多くてフィオネが後衛にいることが多いからその両方をサポートできる魔法が欲しくて今の弓魔法を覚えたわ」
「なるほどな…。使いたい魔法…使いたい魔法か…」
なかなか自分が使いたい魔法がイメージできずレオは考え込んでしまう。
しかしそこでレオはふと思い出す。
(あの時…)
レオが思い出していたのは自身の故郷をなくした時のこと。
次々と村に回っていく火の手、それらから逃げる村人たちの悲鳴、そして崩れゆく家の残骸に潰された両親と妹。
(もしあの時…もっと速く家に戻れて…家が落ちる前に家族に会えていたら…)
家族は死なずに済んだのかもしれない。
レオはそう考えていた。
「……俺は…誰よりも速くなれる魔法が欲しい…」
「……なんで?」
「それが使えたら…あの時、大切なものを失わずに済んだかもしれないから…」
「…………」
アイリスはそれ以上聞こうとはしなかった。
「わかったわ…。それなら雷系の魔法がいいんじゃない?」
「雷?なんでだ?」
「だって雷ってなんか速い感じがするじゃない」
「なんだその適当な理由…」
「いいのよ理由なんて適当で。まあ純粋に自分が速くなる魔法とかでもいいけどそれじゃあ戦いのときに決め手に欠けるでしょ?雷なら威力もあるし自分の移動速度も上げれるし一石二鳥じゃない」
「まあ…確かにそうか」
「さあ!そうと決まれば雷魔法を覚える特訓よ!」
「まずは簡単な命令式でいいわ。ゆっくり呼吸して目を閉じる」
レオはアイリスの言う通り目を閉じる。
「自分の体に巡る魔力を感じて少しずつ自分の指先に意識を集中させる」
(集中…指先に意識を…。命令式は簡単に…右手の人差し指から雷を出す…)
その時、レオの指先から僅かに雷が現れる。
「おお!出た!」
(こいつ…結構センスあるのね…)
思ったよりもトントン拍子で進んでいくレオを見ながらアイリスは心の中で感心していた。
(あれ…私今…)
気が付けばアイリスはずっと感じていたレオへの嫌悪感がなくなっていることに気付く。
出会い方は良いものではなかった。
助けた自分たちに対してお礼も言わず反抗的な態度を取ってくる。
こいつはロクでもない奴だと、そう感じていた。
しかし、レオの身に起こった悲劇。
故郷を失い、自らも攫われて訳も分からないまま人間離れした身体にいじられる。
もし自分がレオと同じ立場だったらどうだろうか。
自分も今目の前で必死に雷を拡張しようとしている奴の様に前向きになれるだろうか…。
「……ねえ」
「ん?なんだ?」
アイリスから声をかけられたレオは両手の指に伝わせている雷を消してアイリスの方を見る。
「どうしてあんたは…そんな風でいられるの?」
「え?」
「村もなくなって…家族も殺されて…アンタ自身もその…すごく辛い目に遭わされたのに…。なんでそんな前向きでいられるの?」
アイリスはレオの目をしっかりと見て質問する。
今までレオと話す時は睨むかそもそも見ることすらしなかったアイリスが今、レオの目をまっすぐに見ながら話していた。
「……俺も最初はすげえ辛かった…。当たり前のようにあった日常がいきなり壊されて、訳わかんねえ奴らに体いじられて…もう何が何だかわかんなくて困惑した。ここに来た時はもうマジでめちゃくちゃな状態だったよ」
「…………」
「けど、お前らのおかげで救われた…気がするんだ」
「……え??」
「会ってからまだそんな時間とか経ってねえけどさ…それでもお前らがすげえ優しい奴らだってことはわかるんだ」
「……グレンとかフロイとかフィオネが優しいのは分かるけど…私は優しくないでしょ」
「そうか?お前もあの時怒ってくれただろ?」
「!!」
「ギルドの医務室で俺が事情を話したとき、お前も怒ってくれてた。他人の為に怒れるなんてすげえ優しいやつにしかできねえよ」
アイリスは途端に恥ずかしくなったのか少し目を背ける。
その頬はほんのり赤く染まっていた。
「お前らの優しさのおかげで俺は前を向くことができた。前を向くことができたからこそ俺の故郷を襲った奴らをぶん殴るっていう目標もできた。だからその…ありがとな!」
その時アイリスは初めてレオの笑顔を見た。
(ああ…きっとこの表情が本当のこいつなんだ…)
屈託のない笑顔、きっとこいつは自分なんかよりもっともっと優しい人間なんだ。
でも、たくさんの地獄のせいでそんな笑顔を忘れてしまっていた。
アイリスはレオの笑顔を見てそう感じた。
「も!もういいわよお礼なんて!ほら!もうこの話は終わり!」
「あれ?お前なんか顔赤くなってねえか?」
「はあ!?なってないわよ!全然なってないんだから!!」
「いやでも耳の方とか…」
「だから赤くなってなんかないわよ!そんなことより!早く続きをやるわよ!レオ!」
この時、アイリスは出会ってから初めてレオの名前を呼んだ。
そしてレオに対する嫌悪感が新たな感情に変わるという話は…まだ少し先の話である。