『失った物』と『光をさす者』
そこには、ただただ地獄のような光景が広がっていた。
16年過ごした大切な故郷が火の海になっていく光景。
そこら中から聞こえる悲鳴と逃げ回るココヤキ村の人たちの足音。
「なんで!なんで急にこんなことになるのよ!」
「ダメだ!ここももう火の手が回ってる!別のところに!!」
「もうないよ!!逃げ場なんて!!」
「おかあさああああああん!!!」
大人の悲鳴、子供の泣き声…それはまるで呪いの唄のように俺の耳に届き、絶望が伝播していくのを感じる…。
「父さん!!母さん!!リオ!!どこだ!返事をしてくれ!!」
俺はただただ自分の家族が無事であることを祈り探し続けた。
父を、母を、妹を。
もうだめかもしれないという嫌な考えを無理やり振り切るように走りながら。
だけど…
「……………………あ………………」
家はすでに崩壊しておりその隙間から僅かだが見えた。
見えてしまった。
崩壊した家の残骸の隙間から上半身だけ見える3人。
その体には既に生気はなく力なくうなだれていた。
父も母も崩れる屋根から必死に妹を守ろうとしていたのだろう。
妹の上に覆いかぶさるようになってすでに息絶えていた。
そして妹はその2人に潰されるような形で…。
「ああ…あああ…!!!アアアアアアアアアアアアアアア…!!!!」
そこから先は…
「うわあああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!」
何も思い出せない。
「ッッ!!!!」
少年は勢いよくその場から起き上がった。
故郷を失った時の夢を見ていたせいか体中に嫌な汗が流れていた。
「……これは…」
少年は自分の体に巻かれていた包帯の存在に気付いた。
「……どこだ…ここ…。確か俺は…」
辺りを見回しながら記憶を探る少年。
自分を拉致してきた奴らから逃げようとした結果空から地上に落下。
本来であればそんな高さから落ちれば体がバラバラになってもおかしくないはずが少年は意識を失うこともなく大した怪我もしないまま地上に着いた。
自分の体に異常こそ感じるが今はそれどころではないとすぐにその場から離れようとする少年の周りには百匹はいるであろうグレートウルフの群れが少年を獲物として狙っていた。
森の中、グレートウルフの群れから攻撃を受ける少年。
首元を牙で噛まれ、鋭い爪で背中を切り裂かれ、空から落ちても原形を保っている異常な頑丈さがあった少年の体にも数の力には耐えきれず致命傷となった。
だが生への執着のみを力に変えロクな実戦経験もないまま少年は戦った。
無意識に膨大な魔力を身に纏い次々とグレートウルフを倒していき、ついに残り5匹まで減らすことができた。
しかし……。
「ッッ!!」
記憶を辿っていた少年は一つのことを思い出した。
体力も気力も限界なところに現れた3人の人間。
その内の一人に連れられてその後は…。
「そうだ…あいつを追い払って逃げようとした時に気を失っちまったんだ」
そして目が覚めた時にはここにいた。
そこまで思い出した少年は大きく息を吐いた。
するとそこへ扉が開く音が聞こえた。
「あっ!目が覚めたんですね!よかった!」
部屋に入ってきたのはフィオネだった。
少年はフィオネを一目見るや否やすぐに体を動かし距離を取ろうとする。
しかし、激しく痛む体がそれを許さなかった。
「あ!まだ体を動かさないでください!傷口は塞ぎましたけどあなたの体にはまだ大きなダメージが残ってるはずです!」
そう言いながらベッドに座る少年へ近づくフィオネ。
警戒を解かない少年は鋭い目つきでフィオネを睨みながら問う。
「あんた、誰だ…?ここはどこなんだ…?」
「ここは魔導士ギルド『ラビリンス』の医務室です。私はこのギルドに所属しているフィオネと言います」
「魔導士…ギルド…?」
「はい!あ!ちょっと待っててくださいね!貴方の目が覚めたら呼びに来るようにってギルドマスターから言われてるんです!」
そう言ってフィオネはパタパタと部屋から出ていった。
程なくして再び医務室の扉が開かれた。
「おう、待たせて悪いな」
入ってきたのは20代後半の男性。
全く手入れなどはしてないであろうクセ毛が特徴の髪を片手で掻きながら緊張感の欠片もないように少年へと近づいてきた。
「…あんたは?」
相変わらず警戒を解かないまま鋭い目つきで男を睨む少年。
そんな少年に男は笑いながら言う。
「そう怖え顔すんなよ。取って食おうなんて考えてねえから楽にしろよ」
そして先程までガリガリと頭を掻いていた手を下ろし男は少年に笑いかける。
「けどまあ、自己紹介は必要だわな。俺はジーク。『ジーク・フロデロイド』だ。一応このギルドのマスターをやらせてもらってる。まあやりたくてやってるわけじゃねえんだがな。28歳独身彼女募集中、できれば年下が希望だ。よろしくな」
「………なんで俺をこんなところに連れてきたんだ」
ジークのボケも入った自己紹介を完全にスルーした少年は次の疑問をジークへとぶつける。
「おいおい全無視かよ…。その質問に答える前にまずはお前さんの名前を教えてくれよ。こっちも教えたんだからよ」
「………レオ…。『レオ・ライズハルト』」
「レオか。いい名前じゃねえか。んじゃ、さっきの質問に答えるけどよ…。お前さんをここへ連れてきた理由はぶっちゃけ知らん。うちの魔導士が勝手に判断して勝手にここに連れてきた。そんだけだ。」
「なんだよそれ…。あんたここの大将なんだろ?そんな簡単に部外者を自分とこの本陣に入れてよかったのか?もしかしたら俺がここにいる奴らに危害を加えるとか、そんなことは考えなかったのか?」
「別に構わねえよ。それにもしお前さんが暴れようもんなら…」
そこまで言ってからジークの雰囲気が明らかに変わった。
先程までヘラヘラとした顔から一変、笑みこそ浮かべているが先程までとは明らかに違う強者が見せる余裕と自信の笑み。
「俺がお前さんを潰せばいいだけだ」
強い。
その得体のしれない雰囲気を感じただけでレオはジークの強さの一端に触れた気がした。
しかしすぐにその雰囲気は崩れ、ジークは先程のようなへらへらとした顔に戻る。
「ま、もうその必要はねえってわかったけどな。お前さんの目を見りゃわかる。お前さんはそんなことをする奴じゃねえってよ」
「………」
ジークの言葉に目をそらすレオ、そんなレオを見たジークは振り返り歩いていく。
「ま、もう少しそこで寝ていけよ。まだまだ聞きてえこともあるしグレンたちが会いたがってたがそれはお前さんの体力がもう少し回復してからだ。この医務室には誰も入らねえように言っとくから安心しろ」
そう言ってジークは医務室から出ていった。
再び医務室で一人となったレオは右手側にある窓から外の景色を見る。
自然あふれる故郷とは違う、発展した様々な建物。
ふと目に留まったのは噴水広場で楽しそうに遊ぶ子供たち。
ボールを使って遊んでいるのが見える。
そんな子供たちを笑顔で見守っている子供たちの親。
「……いいところだな…」
誰もいない部屋でボソッと零れる言葉。
ここは故郷とは違う、自然も少なく人も多い、立っている建物もほとんどが煉瓦製で故郷のような木材で作られた家など皆無に等しい。
だけど…それでも、レオはこの街に、この空間に故郷と同じ居心地の良さを感じていた。
整備の行き届いた街、楽しそうに遊ぶ子供たち。
ここまで無邪気に楽しそうでいられるのはこの街が安全だからなのであろう。
(ここに住んでるやつらは…みんな楽しそうに笑っている…家族がいて、友達がいて、帰るべき場所がある…)
冷静になればなるほどハッキリとする一つの真実。
(……俺…一人になったんだよな…)
家族、友人、帰る場所。
少し前までは自分にも当たり前にあったものが今はもう全て失っている。
その事実からこみ上げてくる絶望感と喪失感が涙となってレオの目から零れる。
「……父さん…母さん…リオ…ッッ……みんな…ッッ……」
涙は止まることなく流れ、弱々しく握るシーツにポロポロと落ちていった。
するとそこへ
「「バン!!」」
医務室のドアが勢いよく開く音が聞こえた。
レオは驚きながら体をドアの方へと振り向けた。
そこにいたのは背中を地面にして倒れているジークとそのジークに覆いかぶさるように倒れているグレンとアイリス。
そしてその後ろには申し訳なさそうに苦笑いを浮かべるフロイとフィオネの姿があった。
「悪いレオ…。無理だった」
「話が違ぇよおっさん…」
この医務室には誰も入れない。
そんなジークの言葉を心のどこかで信じていたレオは5人に涙を見られないようにすぐに目元を拭った。
目元を拭ってからふと部屋になだれ込んできたグレンたちを見てレオは驚いた。
フロイとフィオネの後ろにも何十人もの魔導士がレオの様子を見に来ていたのであった。
「おい!運ばれてきた奴が目を覚ましたってホントか!」
「おい押すなよ!見れねえだろうが!」
「ねえイケメン!?イケメンなの!?ロックオンしてもいい!?」
「ふっ…この僕に並ぶほどのイケメンかどうか見せてもらおうじゃないかッッ☆」
(な…なんだこいつら…)
騒がしい魔導士たちを見て困惑するレオ。
すると立ち上がったグレンはニカっと無邪気な笑顔を見せてレオに話しかける。
「みんなお前のことを心配してたんだぜ?」
これが、暗く影がかかっていたレオの心に光が差し込んだ瞬間だった。
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