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第五話 【密着】メンバーで同棲生活はじめたらカオスすぎて楽しすぎたww 

——A;ccol❀aders !


『画面の前のお兄ちゃん、お姉ちゃん、おは☆アーコレード~! 桜咲く乙女満開姉妹系アイドルユニット『A;ccol(アーコ)❀aders(レード)』の妹担当、一宮華燐と!』 

『……叶メグムです』


@りく:おは☆アーコレード! @ひでまさ:おはあ~こ~ @なお:華燐ちゃん可愛い @たか:華燐ちゃんおは~ @ブルオ箱推しp:部屋着助かる…… @ナッツ:納豆パンおは納豆~


『えーっと……リアタイして下さっている方は既にお気付きだと思うのですが、今回の「毎日更新、のぞき見アーコレード!」は……』

『なんとっ、華燐たちのお部屋からライブ配信でお送りしております! わー、ぱちぱちぱちー! みんな~、コメント見えてるよー!』

『どうしていつもの動画配信じゃないの? と思われる方もいらっしゃると思うのですが、これには深い訳がありまして……』

『実はね、この前投稿したドッキリ動画が凄い好評で……華燐たちの日常がもっと見たい、知りたい! ってコメントがたーくさん届いたの! だよね、メグムお姉ちゃん!』

『……ええ、そうね。届いちゃったわね、沢山……』


@ブルオ箱推しP:私も見たーい @JUN JUN:同棲エピ聞きたい @ナッツ:納豆パン納豆パン食べるとこ見せて! @たか:俺もこんな可愛い妹が欲しい……納豆パンうらやま


『それで今回は、よりオフに近い華燐たちをお兄ちゃんたちにお届けすべく、華燐たちの部屋から雑談配信をしよう! ってことになったんだけど……ねえ、メグちゃん。なんかさっきからテンション低くない? 大丈夫? 調子悪いの?』 

『え? そ、そんなことないわよ。全然普通、私ならいつも通りだけど?』

『って、メグちゃんは言ってるんだけどね……実はこれ、この前のドッキリでバズっちゃったのをずーっと気にしてるんだよ~。すーごい可愛くない?』

『ちょ、華燐ちゃん⁉ あなた急に何を言って……っ!』


@ナッツ:納豆パン⁉ @ひでまさ:納豆パン可愛くて草 @りく:可愛い~ @tysam:納豆パン顔真っ赤じゃんwww @ブルオ箱推しP:イチャイチャ助かる…… @JUN JUN:あら~ 


『そうそう。納豆パン! あれすごいバズってたもんね~。メグちゃん、すっごい恥ずかしがり屋さんだからさ、バズった動画を見返す度に顔真っ赤にしちゃって……今日のライブ配信だって、「絶対コメントでいじられる~」って凄い気にして——』

『か、華燐ちゃん? その話をするならライブ配信はやらないって私、言ったわよね……?』

『おっと、怒られちゃった☆ それじゃあ、メグムお姉ちゃんの可愛い話はこの辺りにして……あ、そうそう。怒られるといえばね? 華燐たち、今度からライブに向けて〝合わせ〟が始まるんだけど、華燐、今からそれがすごい憂鬱で……』

『え、そうなの? 私それ初耳なんだけど。合同練習って明日からよね?』

『だって、メグちゃんは歌も振り付けも完璧に覚えてくるから、レッスンで華燐ばっかり怒られることになるでしょ?』

『完璧って……華燐ちゃんは私が踊ってるところ一度も見たことないじゃない』

『そうなの! だから間近でメグちゃんのダンスを見られるの、今から凄い楽しみ……!』

『秒で矛盾してるし……というか、振り覚えの時も一緒にやろうって誘ったのに、華燐ちゃんたら全部断って一回も来てくれなかったわよね?』

『だって、華燐ダンス上手くないから……メグちゃんに見せるの、恥ずかしいし……』

『私じゃなくてファンの皆に見せることを意識しよう?』

『勿論、皆に喜んで貰えるよう一生懸命レッスンして、ライブではかっこいい華燐になるって約束するね。だからお兄ちゃんお姉ちゃん。華燐たちのライブ、絶対観に来てよね!』

『わ、着地だけは百点だ』

『でしょでしょ? ライブの宣伝はちゃんとしないとね☆ あ、そうそう。ライブ当日についてなんだけど——』


 いい加減、我慢の限界だった。


「(……画面の前の皆さん、おはアーコレード~。桜咲く乙女満開姉妹系アイドルユニット『A;ccol(アーコ)❀aders(レード)』の叶メグムです……)」


 共同生活を始めて二週間。あまりにも横暴で色々やりたい放題の一宮さんに、流石の私もフラストレーションが溜まっていた。


「(……小声で聞き取りにくかったらすみません。ちょっと今、大声を出せない状況でして)」

 とはいえ、今日の私はやられっぱなしのままで終わるいつもの私ではない。

「(前回の雑談配信の時に、私たちの日常がもっと見たいというコメントを沢山頂いたじゃないですか? あと、ドッキリもまた見たい。というコメントも結構貰っていて……)」


 雑談配信後のことだ。いつもの如く気まぐれで電話を掛けてきた瀬良さんに、一宮さんの横暴さについて愚痴ってしまったんだけど……その時、瀬良さんはこう言っていた。


『——まあでも、再生数が正義っちゅうチビッ子の主張はあながち間違いやないやろ。個人の私生活売り物にしてでも稼いだろっちゅうスタンス、ウチは嫌いやないで』

『それにやで、逆に考えてみ? 仮に叶ちゃんがそのチビッ子に多少のお痛をしたとして、それで再生数が稼げるんやったらチビッ子の方も文句は言えんっちゅう話やんか』

『簡単な話や。叶ちゃんもやったらええねん。ちょい過激なドッキリ企画』


 つまるところ、目には目を歯には歯をドッキリにはドッキリを、だ。


「(今回は、皆さんの声にお応えすべくドッキリ企画をやろうと思います! 題して——いつも可愛い華燐ちゃんは私室も可愛いのか? 抜き打ち私室チェックドッキリ!)」


 仕事であればプライベートだろうと関係ないらしいし? アイドルは商品で、ファンからの需要もちゃんとあるんだから、これはもう不可抗力。仕方がないよね?

そんな訳で私は今、一宮さんの私室突撃ドッキリを決行しようとしていた。


「(……それじゃあ、行きますね。三、二、一……)」


 この襖の先——ここを超えれば、もう後戻りはできない。

 ルールは守るべきだと私の中の天使が必死に囁いているけど、このままじゃ私ばかりが馬鹿を見る。それに、別に私はルールを破る訳じゃない。ルールの範疇で戦うだけだ。

 私は覚悟を決めるように大きく息を吸い込んで、勢いよく襖を開け放つ。


「——おはようございます! 抜き打ち私室チェックドッキリです!」

「——っ⁉」


 踏み込んだ途端ビクンっと、部屋の中から驚愕に身を竦めるような気配を感じる。

 ……ふふふ、どうよ驚いたか。まさか自分がドッキリされる側になるなんて思わなかったでしょ? もっと慌てて取り乱して、恥ずかしい姿を晒して笑い者になればいいんだわ!

 勝利を確信した私は、気配を感じた方向へと早速スマホのカメラを向けた。


 果たして、画面いっぱいに映っていたのは——


「皆さんの声にお応えして、調査員の叶メグムが華燐ちゃんの私室をチェックしに……」


 ——叶メグムだった。


「…………チェック、しに……?」


 正確には、壁一面を占領する超特大の私のポスターと。


「……な、な、ななな……」


 そのポスターの前で顔を真っ赤にして小鹿のように震える涙目の一宮華燐……だった。

 お互いが驚愕に目を見開き、引力に引かれるかのように視線が交錯する。

 しばしの間、肌を刺すような痛い沈黙が場を支配して、


「……えーっと。部屋、間違えましたぁ……あは、あはは…………し、失礼しま~す……」

「……待て」


 回れ右をして、静かに部屋から出て行こうとする私の肩を何者かががっしり掴んだ。

 ぎちぎちと首を回して背後を確認する。

 そこにいたのはふるふると身体を震わす一宮さんだった。しかも震えの種類が、先程までの激しい動揺から激しい怒りへと変化しているような……気のせいかな?


「えーっと、一宮さん? これはその、ファンの需要に応えるためのドッキリ企画で……」

「……違うから」

「……え?」

「これは違うの違うから! あんたが思ってるようなものじゃないから断じて絶対に!」


 一宮さんは怒りに身を震わせながら身を乗り出すようにして私に顔を近付けると、涙目のまま物凄い形相で私を睨みつつ、すっごい早口でそんなことをまくし立てはじめた。

 というかもう、近づきすぎて鼻の頭同士がほぼくっついちゃってるんだけど……⁉


「え、なになにわかんないわかんない近い近い近い怖い怖い怖い……!」

「いい? この祭壇はね? この祭壇は……そうっ、呪術用の祭壇なの!」


 祭壇って言っちゃったじゃん! これ以上気付かないようにしてたけど、ポスターの前に設置された小さめのテーブルには私の数少ない公式グッズの数々がズラリと陳列されていて、何ならお手製と思しき『カナメグLOVE』の大弾幕にあみぐるみまである始末。

 それはもう、どこに出しても恥ずかしくない紛う事なきオタクの祭壇である。

 てか〝カナメグ〟なんてあだ名まで知ってるの⁉ マジで最古参のオタクか???


「あたしは大嫌いなあんたを呪い殺すためにこれを用意したんだからあたしがあんたの大ファンだとかそんな世界線は一ミリも存在しないし仮にあったとしても今はアンチなのよ反転アンチ! わかる? わかった? わかったわよねわかるわよね⁉」

「わ、わかった! もうわかったから!」

「わかるなッ!」 

「どっち……⁉」

「わからない⁉ この光景を理解するな今見たことは全部忘れて今後一切口にするなしたら殺す絶対にって言ってるの……!」

「わかった! わかったし何もわかってないから手を離して近いんだってば~~~っ!」


 ……えー、そんな訳で、第一回抜き打ち私室チェックドッキリの結果は、一宮さんは私の元ファン(現在は反転アンチらしい)で、部屋には謎の叶メグム祭壇がある、でした~。わー、ぱちぱちぱちー……いやー、怖いて。


 でもまあ、これで一宮さんが自己紹介前から私のことを知っていた理由は分かった。

 私の元ファンで今は反転アンチ……多分、それは本当のことなのだろう。

 だって、そうじゃなかったら納豆パン頭姿の私の写真を引き伸ばしたポスターを、わざわざ壁一面に貼り付けて私を馬鹿にしたりしないだろうし、普段あれだけ私のことをボロクソに言うのだから、これで嫌われてなかったら意味が分からない。

 仮に、今でも叶メグムが好きだったとして、それは過去の私であって今の私じゃない。

 一宮華燐は過去の叶メグムが好きだからこそ、今の叶メグムを受け入れられないのだ。


 ——裏切り者。

 一宮さんが私のことを時折そう呼ぶ理由も、おそらくそこにあるのだろう。


 とはいえ詳しい理由は分からないし、強く釘を刺されてしまった以上、その詳細を今後私が知ることもないだろうから、やっぱりどうしようもないんだけど。

 ちなみに、私が撮った動画はくじらさんによる厳正なチェックの結果、涙目で固まって震える一宮さんが映るシーンまでが公開されて、一宮さんが企画した雑談配信の再生数を余裕で超えて、一部の界隈で大きな話題となってSNSをざわつかせたらしい。

 私に負けたことを知った一宮さんは凄まじい形相で私を睨み殺そうとしていたけど、私が件の動画について一言も触れず沈黙を貫いていたらそれ以上何も言ってはこなかった。

 そんな訳で私は記念すべき初勝利を収めたんだけど……どうしようこの命令権。使ったら一宮さん、絶対怒るわよね?



 ライブへ向けて、私たち『A;ccol❀aders』が行うべき活動は動画配信による宣伝活動だけではない。当然ながら並行してライブへ向けたレッスンも行われている。

 基礎レッスンは勿論。ライブで披露することになる楽曲が完成すると、すぐに振りや歌詞、歌割等を覚える作業が始まり、通しで最後まで歌って躍れるようになるのが大前提。

各々がその大前提をクリアした後、今度はメンバー全員で〝合わせ〟を行い、楽曲全体のクオリティを徐々に高めていくことになるのだけど——


「——はい、二人ともそこまで。一旦休憩入るわよ」

「「……っ」」


 くじらさんの号令と共にフリーズ——いわゆる決めポーズのことだ——を解いた私たちは、体内に留めていた酸素を一気に解放するように大きく息を吐き出す。

 私も一宮さんも、近くに置いてある汗まみれのドリンクボトルを手に取って、かぶりつくよう

な勢いで火照る身体に冷たい水を流し込んだ。


 もう十月も半ばだというのにダラダラと引き延ばしを続けている夏の残滓が残るレッスンルームはサウナのように蒸し暑く、二人とも汗だくだ。そんな中で喉を鳴らして飲むキンキンに冷えた氷水は、どんな贅沢にも勝る最高の一杯だった。

 激しい運動で熱を溜め込んだ身体が中から冷却されていく感覚が心地いい……。


「二人とも、今のは悪くなかったわ~。でも、修正が必要な箇所もまだまだある。気になった部分をざっくり挙げていくから、水分を取りながら、休みながら聞いてね」


 くじらさんはボトルを置いて聞く態勢に入ろうとする私たちを制するように言って、


「華燐ちゃんは、相変わらず大きく派手に動けてるわ。動作の一つ一つにキレもあって——」

「流石ですね、くじらさん。それだけ動けるなら、現役復帰できるんじゃないですか?」


 言いながらサラッと実演してみせるくじらさんに、私は思わず感嘆の声をあげる。


「もう、メグちゃんったら先輩をからかわないの~。ここ最近はとくに運動不足で太ってしまったし、身体も鈍って……全然よ~? 今の私なんて」


 照れ混じりの困り顔でウエスト周りを気にするような素振りを見せるくじらさんは、そのスタイルもだけど、ダンスのキレだって全然失われていないように見えた。

 是非ウチの三人目に欲しい……なんてことを半分本気で考えていると、


「……チッ」


 ……やば、しまった。すぐ隣から不穏な気配を感じそう思った時にはもう遅く、次の瞬間には隠すつもりのない露骨な舌打ちが飛んでくる。


「あら、ごめんなさいね~華燐ちゃん。置いてけぼりにしてしまったわ。話を戻すと……華燐ちゃんの場合は見せ方、もとい、ペース配分を考えたほうがいいわね~。後は——」


 くじらさんは眉尻を下げて申し訳なさそうに謝っているけど、一宮さんの苛立ちが向かっている先は当然くじらさんではない。


「……わかったわ。善処する」


 私と合同練習を始めてからの一宮さんはあからさまに機嫌が悪い。

 さっきみたいな舌打ちや、時折飛んでくる穿つような鋭い一瞥で、一宮さんが私に苛立ってるのは丸分かりなんだけど、ここまで不機嫌になる理由には心当たりがなかった。

 今のだってそうだ。確かに途中で横やりを入れた私も悪かったけど、一応今は休憩中。

 話の流れで少し雑談になるくらいで一々キレられたら堪ったものじゃない。

 それに、ライブとは個人で作り上げるものではなく、チームで作り上げるもの。

 適度な雑談があるほうがユニット内の雰囲気は良くなるし、経験上、そういうのってパフォーマンスにも直結する。

 オンオフの切り替えが出来ているなら、むしろ積極的にコミュニケーションを取るべきだって思うんだけど、一宮さんにそのつもりはないらしい。


 せめて怒ってる理由を知りたいけど、私が尋ねたところで素直に答えるはずもない。

 こうなってしまうと触らぬ神に祟りなしではあるんだけど……。


「メグちゃんは流石の安定感ね~。振りや歌詞にミスがないし、常に指先まで意識した動きができてる。ただ、少し華燐ちゃんに譲り過ぎというか、合わせることを優先し過ぎ。チームプレイもいいけれど、もう少し自分が主役って意識を持って欲しいわね~」

「分かりました。次はそこを意識して——」

「——次? その前も同じこと言われててこのザマなのに?」


 ……まただ。横から差し込まれた嘲笑混じりの声に私はうんざりと顔をしかめる。


「一宮さん、いい加減にして。あなたが私のことを嫌いなのは知ってるけど、毎回毎回私に突っかかってきて……一体何なの?」


 私がスルーを決め込んでいても、彼女の方からこうやって喧嘩を売ってくるものだから、どうしたって言い争いになってしまう。


「ねえ、くじ姉。あたしとこいつのパフォーマンス、現段階でどっちが上だった?」


 自分から話しかけてきたくせに、一宮さんは私の質問には答えず、くじらさんにそんなことを尋ね始めた。


「うーん、突然そんなこと聞かれても困るわ~。評価にも色々基準があるし……」

「なら聞き方を変える。くじ姉なら、どっちにセンターを任せたいと思う?」

「一宮さん。くじらさんを困らせるようなことを言うのはやめなさい。私たちの前でそんな露骨な質問に答えられるわけが——」

「そうね~。さっきも言ったけれど、安定感があるのは断然メグちゃんかしらね~」

「くじらさん……⁉」

「歌もダンスも、メグちゃんはどの楽曲でも常に一定以上のクオリティを維持できていて、ミスも少ない。技術的なアドバイスは殆ど必要ないくらい完成度は高いわ。ただ——」


 くじらさんはそこで一度言葉を区切ると、笑顔のままで私を鋭く一瞥して、


「——センターに据えるには、弱い」

「……っ」

「安定している。それは、裏を返せば特筆すべき点がないとも捉えられてしまうわ~。逆に華燐ちゃんはパフォーマンスにムラはあるけど華があって、魅力が分かりやすい」


 ……くじらさんの言っていることは正しい。

 彼女の目を惹く容姿とギャップのあるパフォーマンス——視覚的な良さは、特別な知識や教養がなくても誰もが一目で直感的に理解することができるものだ。

 センターはグループの顔であり象徴……なら、より多くの人に好きになって貰える。見てもらえる子を据えるのは当然のことだろう。


「勿論、デュオユニットである『A();ccol(—コ)❀aders(レード)』でセンターを決める必要はないわ。けれど、仮にどちらかにセンターを任せるとしたら、現時点では華燐ちゃんの方が適任ね~」

「……だ、そうよ」


 一宮さんは、横目で私を一瞥してそんな言葉を掛けてくる。

 ……なによ、ソレ。だからセンターに相応しいのは自分だって言いたいの? 


「……。良かったわね、くじらさんのお墨付きを貰えて。それで満足した?」

「……っ、なにそれ。あたしは、そんな意味で言ったんじゃ——」

「なら練習に戻るわよ。本番までの時間は限られてるの。悪いけど、あなたの自己満足にこれ以上付き合ってあげる余裕はないの」


 一宮さんが私の何に苛立ってるのか知らないけど、私がその怒りに付き合ってあげる義理はない。深入りする理由も。

 私は一宮さんの挑発を適当に流してレッスンに戻ろうとして、


「……あんたさ、悔しくないの?」


 ……今日はやけにしつこいな。

 流石の私も苛立ちを覚えて、一宮さんに咎めるような視線を向ける。

 一宮さんは何故かもどかしげな様子で、口元を笑みのような形に戦慄かせて苛々と眉を怒らせながら、


「あんたさ、あたしより弱いって……負けてるって言われてるのよ? 歌もダンスもあんたが言うところのポッと出のひよっこの方が魅力的だって、くじ姉はそう言ってるの」

「……一宮さん、時と場を考えて。こんなくだらない言い合いをしてる時間は……」

「反論はなし? そりゃそうよね。あんな腑抜けた歌とダンス見せといて、自分の方がセンターに相応しいなんて、恥ずかしくって言い出せるわけないわよね!」

「……単に、アイドルとしての適正の問題でしょ。私より一宮さんの方が華があってセンター適正が高い、それだけの話よ。勝ち負けとか、どっちが上とか下とかの話じゃないわ」


 私がセンターに適さないことなんて、私の七年間の歩みがとっくに証明している。

 当然それは、トップアイドルになるという桜花との『約束』を守る上で、私自身が解決しなきゃいけない課題だ。

 でもそれは私が抱えている問題であって、一宮さんには何の関係もない話だ。

 目前に迫るライブやライブを観に来てくれるお客さんには、もっと関係がない。


「……っ、なによソレ。逃げるつもり? トップアイドルになるのは自分だって、あたしにあんな風に啖呵切っておいて今更弱気になるなんて情けないにも程が——」

「なら、ライブが間近に迫ったこの状況で、後輩に張り合って慣れないセンターらしいスタイルに変更するのが正解? ライブの完成度を下げてまで、今私がやるべきことなの?」


 アイドルには夢や理想が必要だ。

 でも現実はいつだって非情で、夢や理想を見続ける為にはそれ相応の結果がいる。

 結果が出なかった私が、今ここに立っているように。


「ねえ、一宮さん。こんなことを私があなたに言うのはアレなんだけどさ……」


 アイドルは需要に応える商品でいい。そう言ったのは一宮さんだ。

 アイドルに夢や理想が不要だという考えには全く賛同できないけど、一宮さんの主張それ自体が間違っているとは私だって思わない。

 少なくとも、お金を払ってライブを観に来てくれるファンの方々が満足してくれる商品を——完成度の高いライブを提供すべきなのは間違いない事実なのだから。


「理想から遠い私のパフォーマンスに変に夢見て苛立ってる……それって、あなたの言う不必要なノイズなんじゃないの?」

「……っ」


 一宮さんは私の言葉にカッと目を見開いて、


「……ホント、馬っ鹿みたい」


 口の中でぼそりと何かを呟くと、そのまま踵を返す。


「ちょ、一宮さん? あなた、どこに行くのよ」

「帰る」

「帰るって……レッスンはまだ——」

「あんたの言う通りだって言ったのよ。あたしが間違ってた。だから、頭冷やす」


 一宮さんは静かに、けれどぴしゃりとそう言い放って、


「あ、一宮さん待っ——」


 引き留める間もなく、レッスンルームから出て行ってしまった。


「……今日の合わせはここまでかしらね~」


 黙って事の成り行きを見守っていたくじらさんが区切りを付けるようにそう口にして、中途半端に手を伸ばしかけた態勢で固まっていた私は糸が切れたように脱力した。


「……大丈夫、ですかね。一宮さん」

「華燐ちゃんなら大丈夫よ。明日には何事もなかったかのようにレッスンに来るわ~」

「だといいんですけど……はぁ。どうして私にあんなに怒ってるんだろう……わかんないなぁ、もう」


 不甲斐なさすぎる現状に、気を抜くと目頭に一気に熱がこみ上げてきそうになる。

 誤魔化すように天を仰ぎ、髪の毛をぐわーっと掻きあげて、その掌でそのまま顔を覆う。

 そうやって、喉元あたりでぐるぐるととぐろを巻きはじめ今にも飛び出そうとする感情を抑えようとしたけれど、鼻声の弱音が覆ったはずの口元から漏れてしまう。


「……すみません。せっかく、くじらさんが事務所に誘ってくれたのに……でも私、あの子と上手くやっていく自信、正直ないです。どうすればいいのか、全然分からなくて……」


 年齢も考え方も価値観も性格も信念も主義主張も趣味趣向も何もかもが違う。

 相変わらず毎日顔を突き合わせては喧嘩ばかりだし、私に対して必要以上に攻撃的で、何かと馬鹿にしてくるし……どうしたって苦手意識が先行する。

 それでも分かり合おうと歩み寄ってみたけど悉く拒絶されて、最終的にはこの有様だ。


「……くじらさん。あの子、元々は私のファンだったらしいんですよ」


 自分で言ってておかしくなって、自嘲するような笑いが零れてしまう。


「信じられます? 私がまだ研修生だった頃の本当に古いグッズとか持ってて……カナメグとか、私の古いあだ名まで知ってて。本当、カナメグって久しぶりに聞いたなぁ……」

「……そう。それは、凄く……嬉しいわよね」

「最初は驚いたし混乱もして、少し恥ずかしかったですけど……でも、はい。凄く嬉しかったです、やっぱり。私のこと、ちゃんと見てくれてた子がいたんだって、思えて」


 だけど、今の一宮さんは、今の私のことを凄く嫌っている。


「……わからないんです。あの子が私を裏切り者だって呼んで嫌う理由が」


 練習でもライブでも、いつだって私は私にできることを全力でやってきた。

 彼女との『約束』を叶えてトップアイドルになることだけを考え、走り続けてきた。

 ただ、どう足搔いてもそこに結果が伴わなかっただけで……。


 もし、それを裏切りだと言うのなら、それはもう私にはどうすることもできない。

 だって、期待に応えられなかったことは、もう覆しようのない事実だから。


「八方塞がりって言うか、これ以上どうやっても関係が良くなる気がしなくて……」

「そうかしら? 同棲を始めてからの華燐ちゃんは、前より楽しそうに見えるけれど~」


 ……そりゃ、嫌いな相手が納豆パン頭を晒して笑い者になってるんだから楽しいだろう。


「そんな訳ないって思ってる顔ね~」

「……私、そんなに分かりやすいですか?」

「ふふ。メグちゃんのことは研修生の頃からずっと見てきたから、そのおかげかもしれないわ。メグちゃんの理解者は私だ~、なんて。桜花ちゃんに怒られてしまうかしら?」


 わざとらしくおどけてみせるくじらさんに応えるように笑って、ゴシゴシと顔を拭う。

 どんな時だって、アイドルは笑顔が命だ。


「すみません。どうでもいいことをグチグチと……ダメな後輩ですね、私は」

「いいのよ、愚痴くらい。お姉さん、これでもメグちゃんの先輩だもの」


 それにね、とくじらさんは一度言葉を区切って、


「あまり心配はしてないのよ~、私。メグちゃんのこと、信頼してるから」

「信頼……ですか? くじらさんが、私を?」


 ——芸歴八年目でセンターも任せられないような売れ残りアイドルなのに?

 そんな言葉が喉から出かかった自分に、少し驚く。

 くじらさんから『センターに向いてない』と言われたことが、今更ショックだったとでも言うのだろうか? ……なんて情けない。


「ええ。だからこそ『A;ccol❀aders』を——華燐ちゃんを、あなたに任せたのだし」

「それって……どういう?」

「誰でも良かった訳じゃない、ってことよ~」


 ……よく分からない。

 私みたいな売れないダメなアイドルを信頼する理由も、一宮さんを私に任せた訳も。


「運命、なんて言い回しは陳腐で好きじゃないけれど……華燐ちゃんに必要なのはメグちゃんみたいな子だし、メグちゃんに必要なのも華燐ちゃんみたいな子なの」


 そう言い切るくじらさんの中では結論が出ているらしいけど、単なるイイ子でしかない凡人の私にはどうしてそんな答えになるのか途中式の見当もつかない。

 分からないから、私の経験値が才能の塊である一宮さんにとって必要だった——そう言われてしまった方がまだ理解も納得もできる、そんな卑屈なことばかり考えてしまう。


 それでもくじらさんは、いつもの調子でニコニコと笑うのだ。


「二人のことをよく知ってるお姉さんが太鼓判を押すわ~。あなたたち二人なら大丈夫。『A;ccol(アーコ)❀aders(レード)』のライブ、楽しみにしてるわね」





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