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第四話 【密着】メンバーで同棲生活はじめたらカオスすぎて楽しすぎたww 

——A;ccol❀aders !


『画面の前のお兄ちゃん、お姉ちゃん、おは☆アーコレード! 桜咲く乙女満開姉妹系アイドルユニット『A;ccol(アーコ)❀aders(レード)』の妹担当、一宮華燐です!』 

『華燐たち「A;ccol❀aders」の長所といえばそのチームワーク! 仲が良すぎるあまりプライベートで同棲しちゃってること! な・の・で・す・が……』

『正直、今までの自己紹介動画や踊ってみた・歌ってみた動画だと、華燐たちの仲の良さがちょーっと伝わりづらかったんじゃないかなーと華燐は思ったんです!』

『あ、前の三つの動画はメグちゃんが企画を担当したんですよ? メグちゃん、すごい真面目な頑張り屋さんなんですけど、逆に真面目すぎかな~みたいな所もあって……』

《裏でさらりと姉をディスる悪い妹》


『というわけで今回の「毎日更新、のぞき見アーコレード!」は、メグちゃんに代わって華燐の持ち込み企画! 真面目でクールな「A;ccol❀aders」の頼れる姉担当ことメグムお姉ちゃんの素顔に迫ろうスペシャルです! わー、ぱちぱちぱちー!』

《メグム、知らないうちに企画担当『クビ』の危機⁉》


『お部屋と華燐の胸ポケットに隠しカメラをセットして、オフモードのメグちゃんを隠し撮りするという、ちょっとしたドッキリを仕掛けちゃおうと思います!』

『さあ、カメラが回っているとは知らないメグムお姉ちゃんは、日常生活でどんな姿を見せてくれるのか? そして、華燐が仕掛けたドッキリに気付くことはできるのか⁉ では早速、行ってみまーショウ!』


——A;ccol❀aders ……!?

《華燐、突撃!》

『ただいまー』

『おかえりなさい』

『メグちゃん、なにやってるの?』

『え? なにって……お昼ご飯食べてるんだけど』

《メグム、困惑!》 ※見ればわかります


『なに食べてるの?』

『え、納豆パンだけど……』

《納豆パン⁉》 


『納豆パン?』

『うん……納豆パン』

※大事なことなので二回言いました


『ところで、前から気になってたんだけどそれって美味しい?』

『? ええ、美味しいわよ? 栄養バランスもいいし、簡単に作れて食べやすくて……』 

『へえ、そうなんだぁ。メグちゃんの十八番なんだっけ? 毎日食べてるもんね☆』

『え、別に十八番っていうほどじゃないけど……まあ』

『うーん、華燐もちょっと気になるかも……そうだ、今度、華燐にも作ってくれない?』

『そ、そう? 気になるの? ……ま、まあ、得意料理ではあるし? 作ってあげるのは全然構わないわよ?』

《納豆パンを料理と主張しドヤるメグム》 ※リクエストが嬉しくてニヤけております


『……な、なに。ニコニコジロジロと。……私の顔に何か付いてる?』

『ううん、メグムお姉ちゃんはいつも可愛いなぁと思って☆』

『お姉……え、なに急に? というか私、今すっぴんなうえに眼鏡でジャージなんだけど』

《アイドルとは思えない格好》 ※これでもアイドルです!


『え。なに、なんなのさっきから。今日のあなた、怖いっていうか……おかしくない?』

《何かに勘づき怯えだすメグム》


『えー? おかしくないよー。華燐、いつも通りだよ?』

《天井から『大嫌いな巨大クモ』型隠しカメラが落ちてくるまで、3・2・1……GO!》


『いやいや、絶対おかしいわよ。あなた何か企んで——ぎぃゃぁああああああ……⁉』


【リプレイ&スローモーション】

『ぎぃゃぁあ『G I Y A A A A A A A A A A A A A A A……⁉』

《驚愕のあまり座卓ごとひっくり返るメグムww》 《奇跡! 頭の上に『納豆パン』が着地⁉》


「…………い、生きてない? え、にせもの?」

《メグム、放心!》


「…………な、なんなのぉ、これぇ……」


――あーこれーどっ☆!

『――はい。というわけで……ドッキリ、大成功~! いえーい!』

『…………は? え? え?』

『メグムちゃんの素顔に迫ってみた! の結果は……メグムちゃんはすっぴんでも可愛い! 以心伝心で華燐の企みには気付くけど、ドッキリにはしっかり引っ掛かってくれる! でした~!』

『……? ど、ドッキリ……? は? え、なに? なになになになにぃ……? どういうこと? これ撮ってるの? なんで、いつから? 今も?』

『そうだよ~。今日一日、ずっとこの巨大クモさんカメラと、華燐の胸ポケットの小型カメラでメグムちゃんを隠し撮りしてたのでした! では、一言感想をどうぞ!』

『え……じゃあ。納豆パン、いらないってこと?』

『うん。いらないかな』

《そこなんだ?w》


——アーコレード☆!

『というわけで、本日の動画はメグムちゃんの素顔に迫ってみたドッキリでした~! 画面の前のお兄ちゃん、お姉ちゃん、いかがでしたか? 華燐は、真面目でクールで頑張り屋さんなメグムお姉ちゃんの新たな一面をみんなに紹介できて、とっても嬉しかったです!』 

『これからも「A;ccol❀aders」の同棲生活について、じゃんじゃん動画にしていきたいと思うので、この動画がいいなと思った方は、チャンネル登録とコメント、高評価などなどお願いします! それじゃあ、次の動画も見てね~! ばいばーい☆』



 私は憤っていた。


「納得いかない……」


 なんで、どうして、こんな……。


「こんなふざけた動画が、どうして再生回数七万超えてるのよ~~~っ!」


 頭を抱えて叫ぶのは、なにも一宮さんとの再生数勝負に負けたからってだけじゃない。


「……最悪、最悪よ。想定しうる限り、最悪の事態よ……」


 なにが最悪って、眼鏡にすっぴんにジャージ姿というアイドルとして致命的な姿が全世界に公開されてしまったことは勿論だけど、それ以上に最悪なのが納豆パンだ。

 納豆パン、いらないってこと? ……じゃあないんだよ私! いるわけないでしょ何なのよそのコメントは! 絶対もっと気の利いた一言あったわよね⁉


 ……いや、問題なのは私の壊滅的なコメントの方じゃない。

 一番の問題はアイドルなのに『納豆パン』でバズってしまったことだ。

 投稿されてすぐの頃は自己紹介動画より一割ほど多いくらいだった動画の再生数は、流行りの楽曲をBGMにした三十秒のショート版がT〇kTokにアップされると瞬く間にバズりあっという間に三万再生を突破。じわじわ伸びて三日で七万再生を越えた。

 私は『納豆パン』とかいう謎のゲテモノに謎の執着を見せる『納豆パン女』としてネットでちょっとした有名人になり、ネット民のオモチャになっている。

 動画のコメント欄も、T〇itterのリプ欄もDMも何もかもぜんぶ納豆パンまみれ……このままだと私というアイドルのイメージは、完全に『納豆パン』で固着してしまう。


「……うぅ、終わった。もう終わりよ何もかも。再生数が目標に達したところで私のアイドル人生は納豆パンで終わるんだわ……」


 そもそもどうして『納豆パン』一つでここまで笑い者にならないといけないのよ……お手頃価格なのに栄養価が高くて美容にも健康にも良くてダイエット向きなうえに簡単に作れて素早く片手で摂取できる味まで美味しい万能食なのにみんなして納豆パン草納豆パンワロス納豆パンww頭納豆パン納豆パンって馬鹿にして……っ!


 私がそんな風に一人ソファで項垂れていると、玄関へ続くドアが開く音がした。

 音に反射的に顔をあげると、外出から帰ってきたらしい同居人と目が合う。

 一宮さんは開口一番、


「あ。納豆パン」

「誰が納豆パンよ!」

「ごめんなさい、間違えたわ。納豆パン……ぶっ、女……さん。ふ、んふふっ」

「あなたねぇ……誰のせいで私が納豆パン女になったと思ってるのよ……⁉」

「いいじゃない別に。知名度も上がって……ぷ、人気だって、出たんだから……」

「ネットで納豆パン絡みのコラ画像が無限に作られてる今の状況をどう喜べばいいのよ!」


 一宮さんはぷるぷると笑いを堪えているけど、生憎私は怒りを堪えられそうになかった。


「そ、そんなこと言ったって……その、格好……ふ、ふふ。ぷ、あっはははははは! ごめん、やっぱ無理! どう頑張ったって笑っちゃうわよ。だって今のあんた、完全に納豆パンじゃん! そりゃネットの連中の大喜利ネタにもされるわよあっははははははははは!」


 一宮さんは私を見てお腹を抱え苦しそうに身悶えしていた。

 そりゃそうだ。誰だって目の前に巨大な納豆パンの被り物を被って虚ろな目をしている成人女性アイドルがいたら異常すぎて笑ってしまうだろう。


「ひー、ひー、無理、ほんとに無理……さっ、最悪だわ。これだからあんたとユニットなんて組みたくなかったのよ。ゆ、ユニットのメンバーが納豆パンとか……ぷ、ぷふふっ、あはははは! た、助けてお腹痛いぃぃ笑い死ぬぅううう……!」


 一宮さんは完全にツボに入ったのかゲラゲラと声をあげながら床を転げまわっていた。

 罰ゲームを楽しんで貰えているようでなによりだ。


「……というか、罰ゲームで一週間納豆パン頭はどう考えたって長すぎるでしょ! 納得いかない。不当な罰ゲームよ、こんなの!」

「仕方ないでしょ? あんた、Y〇uTube以外でもあたしに負けた雑魚なんだから」

「うぐ……っつ」


 一宮さんが言うように、再生数で負けた私はすぐには自分の負けを認めなかった。

 というのも、一宮さんはY〇uTubeへの導線としてT〇kTokを使っており、私は他のSNSを宣伝に利用した一宮さんをルール違反とし、反則負けを主張したのだ。

 しかし一宮さんも「くじ姉は各種SNSを使っていいと言ってた」と譲らず話は平行線に。

 結局くじらさんが仲裁に入り、SNS三番勝負で決着を付ける事になったんだけど……。


「えーっと、T〇kTokではY〇uTubeにもあげてた踊ってみたのショート版をあげて見事爆死……てか、なにこれ。改めて聞くと使ってる楽曲、全然流行りの曲じゃないじゃない」

「え、嘘⁉ ちゃんと調べて、今流行ってる曲を選んだわよ、私」

「あー、はいはい。世間一般の流行とT〇kTokでの流行りとはまた別なのよ。てか、SNSごとの色とかバズる傾向とか、そういうのを意識できてない時点で終わりよ、あんた」


 ウキウキで私のSNSをチェックする一宮さんの口からは、この世の常識を語るみたいに私の非常識が飛び出してくる。こ、これがデジタルネイティブ世代……。


「で、次がI〇stagramで……うわっ、インスタに納豆パン頭の自撮り持ってくるあたりホントにセンスないわね、あんた」


 ちなみに、一宮さんがあげた写真は、オシャレな喫茶店で撮った可愛らしい見た目が話題の流行りのスイーツと一緒に映っている何の面白味もない自撮り写真だった。


「……わ、私が身体を張った意味って、一体……」

「で、最後がT〇itterか。これは……まあ、いいんじゃない? 納豆パン頭のあんたにお似合のSNSね。あたしはほぼ使ったことなかったけど、客層的にあんま馴染みたくないし。これに関しては文句なしにあんたの勝ちよ。良かったじゃない、あたしに勝てて」

「な、なんでか分からないけど素直に喜べない……!」 


 どうしてI〇stagramで爆死した納豆パン頭の自撮りがT〇itterでは「ご本人降臨ww」とか言われて軽くバズるの? これが客層の違い? だとしたら嫌すぎる……。


「というかおかしくない? なんであなたTwitterだけやってないのよ! T〇itterって若者向けのSNSじゃなかったの⁉」

「なにキレてんの。こわ。知らないわよそんなの」


 ……うぅ、私がナナイロサクラの研修生になった頃は、間違いなく中高生の間で人気のSNSだったのに。だから桜花に教えて貰って一からアカウントも作ったのに……。


「……まさかこんな形で、私や桜花がm〇xiをやってないことに愕然としていた当時のくじらさんの気持ちを味わうことになるなんて……」

「m〇xi? ……ああ、なんか最近話題になってるSNSよね。内輪向けっていうか、コミュニティが閉じられてるから他ほど拡散力はないみたいだけど、レトロな雰囲気が人気の」

「う、嘘でしょ。なんか一周回って新しいモノ扱いされてるのアレ……⁉」


 地味に今日一の衝撃だったかもしれない。


「ま、Y〇uTubeも合わせて一勝三敗じゃ、この扱いも仕方ないわよね。むしろ納豆パン頭でのライブは勘弁してやったんだから、感謝してほしいくらいだわ」

「……そ、そもそもあんな動画が投稿されるのが間違ってるわ。プライベートには不干渉ってルールだったのに、あんなのどう考えてもルール違反じゃない……」


 なおも食い下がろうとする私に、一宮さんは侮蔑の籠った視線を向けて、


「は? なにソレ、頭ん中綿菓子でも詰まってるの? 甘すぎな上にスカスカね。アイドルとしての生き残りがかかってるんだから、再生数が正義に決まってんじゃない」

「そ、それでもルールはルールでしょ。二人で共同生活をする上での『約束』を破ったんだから、あなたにはそれ相応の罰則があってしかるべきで……」

「……チッ。あー、もう。一々うるさいやつね、面倒くさい」

「め、面倒くさいって言ったわね今……⁉」

「……はぁ。分かったわよ。ならあんたが納得いくように説明してあげる」


 一宮さんはわざとらしく大きなため息を吐いて、


「いい? 動画配信は『A;ccol(アーコ)❀aders(レード)』のメイン活動の一環よね?」 

「それは……そうね。一応、毎日投稿を掲げてるわけだし」

「動画の企画内容がドッキリなら、プライベートを撮られることがそのまま仕事ってコトになるわよね? なら、あれは仕事であってプライベートじゃない。つまり、あたしはルールを破ってないってワケ。分かった? はい証明完了ー」

「き、詭弁じゃないそんなの……!」

「詭弁だろうが勝ちは勝ちよ。だいたい、動画内容の最終的な正否を判断をしてるくじ姉が動画をアップしてる時点で、どっちの言い分が正しいかは火を見るより明らかでしょ?」

「そ、それは……そうだけど」

「まだ納得いかないって顔ね。なら今度は、あんたの動画が伸びなかった理由でも懇切丁寧に解説してあげましょうか?」

「……それって、この前も言っていた『自己紹介動画で自己紹介するな』って話?」


 小馬鹿にするように尋ねてくる一宮さんにそう尋ね返すと、一宮さんは目を丸くして、


「そうよ、よく覚えてたじゃない。あんたにしては上出来ね、偉い偉い」

「口を開くたびに一々失礼な子ね。覚えてるわよ、それくらい」


 ……本当にこの子は人を何だと思っているのか。


「でも納得はしてないわよ。私たちを知らない人に知って貰うのは重要なことでしょ?」

「そうね、否定はしないわ。〝知って貰うことが大事〟というのはその通りだし」


 でもね、と一宮さんはそこで一度言葉を切って、


「いい? 知らないってことは、その時点の視聴者はあんたに興味がないってことよ。動画の場合、最初の五秒で興味を引けなかったら興味を持たれないまま切られてしまう」


 知らないと興味がないはイコール——確かにそれはその通りだと私も思う。

 だからこそ私は私たちのことを知って貰う為に自己紹介を選択した訳で、


「それを前提として聞くけど……あたしたちの動画の視聴者のうち、どれくらいの人が動画を見る前からあたしたちのことを知っていると思う?」

「それは……多分、ほとんどが私たちのことを何も知らない人になる、と思う……」


 デビューしたての一宮さんは当然として、悔しいけど私も知名度がある訳じゃない。

 多分、視聴者のほとんどは何らかの偶然で動画を目にした人たちになるはずだ。


「当然、そんな人達にとって知らないアイドルの自己紹介なんて退屈に決まってる。少なくともあたしなら切るわ。だって興味ないんだから知りたいとも思わないワケだし」


 これが人気や知名度のある有名人なら話は違ったのだろう。

 例えば、取るに足らない話題の雑談でも大好きな芸能人が話していたらファンは聞きたいと思うし、逆に話しているのが知らない人なら退屈なだけになる。


「そうならないように、視聴者が求めるものとあたしたちの強み……需要と供給が嚙み合うポイントを探して、そこへ強くアピールする必要があるの」


 そう考えると、人気とはある種の免罪符のようなものなのかもしれない。


「狙いを絞ることで動画に興味を持つ人が現れて、見て貰えるようになる。動画を見て面白いと思ってくれた視聴者が、そこでようやくあたしたちに興味を持ってくれる」


 動画の内容に興味を持って貰えなければ、その動画に出演している私たち自身にも興味を持って貰えない……なるほど、つまり——


「——自己紹介は興味を持ってくれてる相手にすることであって、興味を引くための手段じゃない。だから、まずは視聴者が興味のあることをすべき、ってこと?」

「ま、だいたいそんな感じね」


 黙考の末に私が出した結論に、一宮さんは及第点ねとでも言うように肩を竦めた。


「結成したての『A;ccol❀aders』が持っている武器——強みや特徴は今はそう多くないわ。そういうのって、活動を通してファンが見つけて増えていくものだし」

「あ、それは分かるかも。自分たちでも意識してなかった属性やイメージが、いつの間にかファンの人達から与えられて浸透していくっていうか……」


 勿論、最初からしっかりとしたコンセプトを用意することは重要だけど、私たちのことを好きになってくれたファンが私たち自身も知らない魅力を見つけてくれることがある。

 そうやって自然と見出された魅力は、大きな武器になることが多い。


「——大衆の偶像(アイドル)……ホント、言い得て妙よね」


 身に覚えのある感覚に共感する私に対して、一宮さんはどこか翳のある皮肉っぽい冷笑を浮かべて自嘲気味にそう呟いた。


「結局、ファンなんてのは自らが作り上げたフィルターを通して、いもしない〝理想の誰か〟をあたしたちに重ねて見てるだけなんだから」

「うーん、その言い方は流石に穿ち過ぎな気がするけど……」


 言いたいことは分からなくもないけど、少し露悪的すぎじゃないだろうか?  


「そもそも、アイドルってそういうものじゃない? 理想や夢を重ねたくなるような誰かにとっての特別な存在——それでいいって私は思うけど?」


 一宮さんは私の言葉に少し俯きがちになって、少しの沈黙の後。


「……。そうね。そんなものなのかも」

「……一宮さん?」


 そのらしくない反応に私は首を捻る。

 一宮さんのソレは私の意見に同意したというよりも、この話題にそれ以上触れて欲しくないと拒むような……そんな、どこか彼女らしくない弱気な意思表示にも見えて、


「……ともかく、現状のあたしたちが他と明確に差別化できる点があるとすれば、プライベートで同棲してるって事。メンバーの仲の良さ——〝関係性〟を重視するファンは思ってる以上に多いわ。だからあたしは、そこを推していくべきだと考えた」


 そんな私の思考を断ち切るように、一宮さんはやや強引に舵を切って話を戻す。

 私も、感じた違和感は据え置きに、置いて行かれないよう慌てて頭を切り替えた。


「……なるほど、関係性……いえ、ちょっと待ってよ。それならあの動画はやっぱりおかしくない? 私たちの同棲云々より、明らかにドッキリが主体だったわよ?」

「当然でしょ。単に同棲の様子を映すだけじゃ絵として弱いし、興味を引くのも難しいわ。本命がそっちだとしても、喰いつかせる為には分かりやすい餌がいるのよ」


 本命と喰いつかせるための餌……本音と建前、のような話だろうか? 


「ええっと……? つまり、あのドッキリは〝関係性〟を見せる為ってこと?」

「もっと言うなら見出して貰う、だけどね。反応を楽しむドッキリなら初見でも興味を持って貰いやすいし、あたしたちのキャラクターや関係性も同時に紹介できるでしょ?」


 一宮さんの明瞭なその答えに、私はすっかり感心してしまっていた。

 彼女がここまで考えてあのドッキリ動画を撮っていたなんて……正直、大嫌いな私への嫌がらせなのかなって思っていたんだけど、私は彼女のことを見くびっていたらしい。

 

 一宮華燐はアイドルだった。

 失礼で傲慢で生意気な、才能任せなだけの天才少女なんかじゃない。

 彼女は、私が思っている以上に真摯に真剣に〝アイドル〟に向き合っている。


「それで、あたしはここまで考えてこの企画を持ってきたワケだけど……」


 ……正直、絶対に仲良くなれない相手だと思っていた。

 でも、誰よりも真摯にアイドルに向き合っている彼女となら私は、私たちは——


「あんたはてんでダメね。夢だの理想だのくだらないことをグダグダ語るばかりで、アイドルに必要なものを何も分かってない。それが今回の勝負でハッキリしたわ」

「……ちょっと待って。その言い方じゃまるで、アイドルに夢や理想は必要ないって言ってるみたいに聞こえるんだけど」

「だから、そう言ってるんだけど?」


 一宮さんは絶対普遍の世界の常識を語るかのような口ぶりで、蔑むように私を見る。


「わからない? アイドルは商品、お金を払う顧客ありきの人気商売よ。ファンがアイドルに夢や理想を見るのは構わないわ、そうなるように演出しているんだし。でも計算と戦略で作り上げる偶像(ニセモノ)側に、夢や理想なんて自己満足のノイズは必要ない」

「……さっきまでの説明はわかるし納得もできた。けど、それは絶対に納得できない」


 なにも、彼女の言うことが全て間違ってるだなんて言うつもりはない。

 誰かの理想(アイドル)としての異なる自分(キャラクター)を演じる必要性があることも、私たちアイドルがお金を払ってくれるファンあっての存在——ある意味では商品であることも理解はしている。

 応援してくれるファンを心配させないために、普段は喧嘩ばかりの私たちが動画内では仲良さげに振る舞うのだって、見方を変えれば売り物としての見栄えのいい嘘(パッケージ)な訳で。

 個人的にはファンを騙しているようであまり気は進まないけど、その噓が必要なことだっていうのは分かる。好悪はともかく、理解も納得もできる。


「アイドルに大切なのは、夢や理想を重ねられる本物であること——アイドル自身が自分の夢を叶えるために懸命に努力するからこそ、パフォーマンスで誰かの心を動かせる」


 だけど、アイドルとしてそこだけは譲れない。

 少なくとも幼い私がアイドルに惹かれたのは、ステージで輝く彼女たちの自由な姿に、自分の夢や理想を重ねて見たからだ。


 自らを商品だと完全に割り切り、夢や理想を鼻で笑い、計算と戦略だけで誰かに求められるがまま作り上げただけの虚像(ニセモノ)に、誰かの心を動かすことができるとは思えない。


「綺麗事で人は動かないわ。人を動かすのは欲よ。ならアイドルは需要に応える商品でいい」

「自分の夢も理想も語れないアイドルが、誰かの夢や理想になれるわけがないでしょ」


 それが、それこそがアイドルだと。


 私たちはそれぞれ正反対の定義を唱えて譲らない。

 交わることのない平行線の価値観をもつ私たちは、けれど互いの視線を激しく交錯させ、その想いをぶつけ合う。一触即発の空気が辺り一面に漂って——ふっと、一宮さんが視線を外したことで唐突にその場に漂う緊張感が弛緩した。


「……馬鹿馬鹿しい。頭が納豆パンの人に言われても、真面目に取り合う気になれないわ」

「な……っ」

「ま。その頭で語る夢や理想なら、ファンにも興味を持って貰えるかもしれないわね。アイドルというより、滑稽な道化としてかもだけど」


 一宮さんは私の頭を一瞥して小馬鹿にするように鼻を鳴らすと、そんな皮肉を残して自分の部屋へと戻っていった。


「づぅううう……あー、もう! 本当になんなのよ、あの子はぁ~~~~っ!」


 胸のむしゃくしゃを叫びながら納豆パン頭を搔き乱す。一瞬でも一宮さんに期待した私がバカだった。


 やっぱりあの子とは……一宮華燐とは絶っ対に分かり合えない!



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