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第二話 【衝撃】某事務所をクビになったアイドルの末路がヤバすぎたww 

 誰もいない劇場での一宮華燐の単独ライブは、彼女が私たちの存在に気付いてからもしばらくの間続けられた。

 元々、今回のライブはくじらさんの指示による本番を意識した予行演習だったらしい。

 その様子をどうしても私に見せたくて、急遽電話で呼び出したのだそうだ。


「メグちゃん、どうだった? 華燐ちゃんとユニット組みたくなっちゃったでしょ?」


 深々とお辞儀をした一宮さんが裏に引っ込むや否や、隣に立っていたおっとりした雰囲気のロングヘアーの美女——くじらさんが畳み掛けるような勢いで尋ねてくる。

 私より小柄でいつもニコニコしているのに、近くに立つとやたらと圧を感じてしまうのは、きっと上半身にお抱えになられているド迫力な二つの凶器のせいだろう。

 彼女の胸はただ大きいだけでなく、何というか、こう……視覚的に凄まじい重量感がある。


「えっと、それはまあ。凄いなぁとは思いましたけど……」

「うふふ。そうでしょ~? お姉さん、メグちゃんも絶対に気に入るって思ったのよね~」

「あ、あはは、それはそうなんですけどね……」


 くじらさんの勢いとは裏腹に、私は返事を決めかねていた。

 ライブを見る前に感じていたような不安を一宮さんに感じている訳ではない。

確かに、技術的に荒削りな部分はまだまだあるし、仮に彼女とユニットを組んだとしたら、先輩の私が教える側に回ることは多くあるだろう。


 けど、彼女が見せたポテンシャルはその程度の足踏みを補って余りあるものがあった。

 崖っぷちに立たされている私にとって、彼女のような才能の塊とユニットを組めるのは大きなチャンス以外の何物でもないんだけど……。

 「……あの子みたいな才能ある子と私がユニットを組むのは申し訳ないと言うか、私みたいな売れないアイドルがあんな凄い子の相棒でいいのかなって思ってしまって……」


 むしろ私があの子の未来を奪ってしまうんじゃないか、そんな風に思ってしまう。


「そんなことないわ~。メグちゃん以上の適任はないって、お姉さん確信してるもの」

「そう言って貰えるのは本当に嬉しいんですけど……」


 それに、気になる点はもう一つあった。

 結局、ステージ上の一宮さんに夢中になって目が離せなくなってしまうあの異様な感覚は、一曲目の間だけのものだった。

 一宮さんが私たちの存在に気付いてからの二曲目は……どうしてだろう、最初に感じたような衝撃や高揚感、引き込まれて目が離せなくなる感覚をまるで感じなかったのだ。

 全部、私の勘違い? それとも、もしかすると彼女も——


「うんうん、そうよね。新しい決断にはいつだって、恐怖とそれを振り払う勇気が伴うものだわ。お姉さんもそう思うもの~」


 そんな私の思考を断ち切るように、くじらさんが私の手を掴む。


「いやあの……くじらさん? 私の話、本当に聞いてましたか?」

「とにかく、一度華燐ちゃんと会って話をしてみましょう。詳しい話はそれから。ね?」


 そのまま私の手を引いて、強引にステージ裏へと向かうくじらさん。

 ……仕方がない。こうなったくじらさんは『ナナイロサクラ』のメンバーにだって止められない。とりあえず話を聞くだけ聞いて、今回の話は断ろう。

 抗うことを諦めた私は、くじらさんに引きずられてステージ裏へと向かい、そして——


「——華燐ちゃ~ん、素敵なライブだったわ~。お姉さん、感動しちゃった!」


 ステージ裏に着いた途端、くじらさんが暴走した。


「きゃ……⁉ くじ姉、急に抱きつ——~~~っ」


 ……『ナナイロサクラ』時代のくじらさんは感情が昂ると誰彼構わずハグをする無差別ハグ魔で有名だったのだが、それは今も変わらないらしい。

 ちなみに、くじらさんより背が低い子の場合、ご覧のように顔が胸の中に埋まってしまい窒息しそうになるので注意が必要だ。顔が埋まる胸って、なに……?


「——ぷはっ。もう、くじ姉ってば、急に抱きつくのは辞めてっていつも言ってるのに」

「あら、ごめんなさい。華燐ちゃんが可愛くって、お姉さんつい夢中になっちゃった☆」

「可愛いから抱きしめるって……華燐、もうそんな子供じゃないんだけど」


 くじらさんからの扱いに、ぷくぅっと頬を膨らませて遺憾の意を表明する一宮さん。

 仲のいい姉妹みたいなやり取りで可愛いいなぁ……なんて微笑ましい気持ちになっていると、くじらさんの背中越しに一宮さんの大きな瞳と目が合って、ドキリとする。


 う、うわぁ……か、可愛い~。

 さっきはステージまで距離があったから意識していなかったけど……こうして間近で見ると凄まじく顔が小さくて凄まじく顔が良い。顔を造形するパーツの一つ一つが整っているのは勿論なんだけど、特筆すべきなのはとにかく肌が綺麗だってこと。

 触れずとも瑞々しさが伝わってくる白い肌はお人形のようなという形容がよく似合うし、まだ幼さの残る顔の輪郭や成長途中の未成熟な身体に対して、既に完成された目鼻立ちとのギャップ・アンバランスさの融合が、子供でも大人でもないこの年代特有のどこか儚く非現実的な透明感を彼女に齎している。


 そして何より彼女のキャラクターを象徴する明るく燃えるようなブラウンの髪とキラキラ輝く赤褐色の大きな瞳。

 ステージで歌う彼女が振りまく天真爛漫な笑み——全てを照らす太陽のような無邪気で無垢な眩さこそが、一宮華燐という女の子の魅力なのだろう。


「……ねえ、くじ姉。もしかして、このきれいなお姉さんが華燐の……?」

「そうよ。前にも言ったでしょう? 華燐ちゃんとユニットを組ませたい子がいるって」


 そう言ってくじらさんが一宮さんから一歩離れると、私たちを隔てるものがなくなった。


「はじめまして、お姉さん。華燐は一宮華燐って——」


 まじまじと私を見つめる赤褐色の大きな瞳がぱぁっと輝いて、人好きのする笑顔を——浮かべるその寸前。一度大きく目を見開くと、音もなくその瞳がくすみ眇められた。


「——……。待って。お姉さん、もしかして……………………叶メグム?」

「え? そう、だけど……」


 あれ? まだ名乗ってもいないのに。一宮さん、もしかして私のこと知ってるの?

 そんな風に喜んだのもつかの間、


「——…………最っ悪だわ。くじ姉。あたし、嫌。こんなのとユニット組みたくない」


 先程までの彼女と同一人物とは思えない攻撃的な目つきと声のトーンで、一宮さんはそんな風に吐き捨てたのだった。


「あら、そうなの? 私はお似合いの二人だと思うのだけれど~」

「くじ姉、冗談でもそんなふざけたこと言わないで。虹坂桜花と同じ『ナナイロサクラ』第二期生でありながら未だにソロのシングル一つ出せてない万年補欠の売れ残り残飯アイドルに足を引っ張られるなんて絶っっっ対にごめんだって言ってるのあたしは」


 一人称まで変わってもはや別人としか思えない一宮さんの豹変ぶりと、アンチでも口にしないような罵詈雑言の高速詠唱に啞然とする私は、完全に言葉を失っていた。

 この子は確かにアイドルの叶メグムを知っている。知ってはいるけど……。


「未来ある若者に、くじ姉は廃品回収業者の真似事をさせるつもり? 嫌よ、あたしは絶対に嫌。こんな不良債権の処理をさせられるならソロでデビューした方が百万倍合理的だわ」

「うーん、そんなことを言われても。お姉さんは二人のユニットが見たいんだけどな~」

「ちょ、ちょっといいかな?」 

「……チッ。なに? あたし、今大事な話をしてるんだけど」


 混乱する思考を何とか治めて会話に割り込んでみたけど、一宮さんは私の方を碌に見ようともせず、舌打ちまでされてしまう。

 私は意思力を振り絞って浮かべた笑顔が即刻引き攣りそうになるのを感じながら、それでも優しく、なるべく彼女を刺激しないように笑顔で対話を試みる。


「えっと、一宮さん? 私、何かあなたの気に障るようなことをしちゃったかな? もしそうなら謝りたいから、教えて貰えると助かるんだけど……」

「は。そんなことも分からないから一生人気投票で最下位争いしてるのよ。このドベドルが」

「ド、ドベド……っ⁉」

「とにかく、こんな落ちこぼれの裏切り者とユニットを組むのは嫌。どうしてもあたしにユニットを組ませたいのなら、もっとマシなのを連れてきて」

「んー、でも~。お姉さん、メグちゃんのことも大好きだから、このままじゃ可哀想で~」


 尚も粘るくじらさんに一宮さんは一度ため息を吐くと、今度は諭すような口調で言う。


「……ねえ、くじ姉。あたしはトップアイドルにならなきゃいけないの」

「ええ、そうね。知っているわ。華燐ちゃんが本気だってこと」

「そう。あたしは本気なの」


 そう言って今度はちらりと私を横目で一瞥し、真剣そのものな声と表情で、


「だから、自分の地位にあぐらをかいて落ちぶれた挙句」


 まるで、叶メグムが本気じゃなかったことをその目で見てきたかのような口ぶりで、


「コネと同情でアイドルの座にしがみ付こうとする元エリート様なんて要らないの」


 叶メグムの七年間を、一宮華燐は躊躇う素振りすら見せずにそう断じた。

 そんな一宮さんに、くじらさんはニッコリと聖母のように微笑んで、


「……なるほどね。華燐ちゃんの言い分は分かったわ~」

「そう、分かってくれればいいの。それじゃあこの話は——」


 きれいな顔に浮かべたその笑みを、そのまま私の方へと向けた。


「——と、華燐ちゃんは言っているのだけれど、メグちゃんはどう思う~?」


 突如として放たれたキラーパスに、一宮さんはギョッとした表情でくじらさんを見やる。

 くじらさんは涼しげな笑顔で彼女の咎めるような視線を受けきって、


「ユニットに大切なのは話し合いよね~。だから、メグちゃんの意見も聞かないとでしょ?」

「な、なによそれ。互いの意見もなにも、あたしにこれだけ言われたら答えなんて——」

「——くじらさん」


 私は狼狽する一宮さんの言葉を遮るように声をあげた。


「なあに、メグちゃん」

「事務所移籍の話ですけど……例の条件で受けさせてください」

「な……っ⁉」


 私の答えに一宮さんは絶句する。

 頭がおかしいのかとでも言いたそうな凄い形相でこちらを睨んでくるけど、逆にどうしてこうなると思わなかったのか、こちらが尋ねたいくらいだった。


「あら、いいの? なんだか凄い言われようだったけれど~?」


 くじらさんが他人事のように聞いてくる。けれど、私の答えは変わらない。


「……私は、末席とはいえ『ナナイロサクラ』の元メンバーです。そのチャンスを活かせなかった私は、彼女の言う通り、確かに落ちこぼれの売れ残りアイドルです」


 他の誰に言われるまでもなく、そんなことは自分が一番よく分かっている。

 七年間、私はアイドルとして結果を出すことはできなかった。

 それは否定しようのない事実だし、私を落ちこぼれと呼んだ一宮さんの言葉は正しい。

 とんでもなく失礼だとは思うけど、撤回を求めるつもりもない。


「それでも、デビューすらしていないひよっこにここまで言われて黙って引き下がれる程、アイドルとして落ちぶれたつもりはありません」


 私が本気だったかどうかを知っているのは私だけだ。 

 七年間の総てをアイドルに捧げてきた私を知っているのは、私だけなんだ。

 それを否定していいのは一宮さん……いいえ。一宮華燐、断じてあなたではない。


「ねえ、一宮さん。あなたは虹坂桜花のようなトップアイドルを目指しているのよね?」

「……だったらなに?」

「残念だけど、その夢は叶わないわ」

「へぇ、どうして?」

「トップアイドルになるってあの子と『約束』をしたのは私だから」

「……っ!」


 正面切っての宣戦布告。

 お互いの視線を真っ正面から受け止めて、それでもどちらも一歩も譲らない。

 吐いた唾を飲み込めない私たちは、ある意味では似た者同士だったのかもしれない。


「『約束』、ね……は。事務所をクビになったあんたが、今更地下からトップアイドルに返り咲けるって本気で思ってるワケ?」

「ええ、思ってるわよ。私、『約束』を守るのは得意だから」

「トーク技術を一から学び直したほうがいいんじゃない? とくに冗談のセンスが壊滅的ね。そんなんだからバラエティー番組に出演しても台詞を全カットされるのよ」

「ご忠告どうも、天才素人さん。それで、あなたはどうなの? 私みたいな落ちこぼれにここまで言われて黙って引き下がる? ま、そっちのほうが懸命だとは思うわよ? あれだけ人のことをけなしておいて負けでもしたら立つ瀬がないものね」

「……いいわ。あんたとユニットを組むのは心底嫌だけど、その安い挑発に乗ってあげる」

「へえ、逃げないんだ?」

「冗談。なんであたしが逃げなきゃいけないわけ? そりゃ、あんたみたいな足手まといとユニットなんて心底ゴメンだけど、トップアイドルになって最強を証明するなら、足手まといの一人二人居た方が箔が付くだろうし、丁度いいハンデだわ」

「~~~っ、あっそう。いざデビューしたらその足手まといにおんぶにだっこになって、数ヶ月後にはそのぺらっぺらの鍍金と一緒に自信と被った猫まで剝げ落ちてないといいわね」

「は。あんたには剝がれ落ちる自信もないものね。どう、羨ましい?」

「自信と自意識過剰との区別も付かないようなお子様に言われてもねぇ」


 ……その場の勢いって恐ろしいって、本当にそう思う。

 冷静になって考えてみれば、私たちは最初の時点でお互いにユニットの話を断るつもりだった訳で……それが売り言葉に買い言葉の子供じみた口論の果てに、気付けば二人でユニットを組むことになっているんだから、我ながら大人げなかったなとは思う。


「……なによ」

「……そっちこそ」

「「——ふんっ」」


 それでも、今更辞めますとはもう言えない。

 少なくとも、絶対に自分からは言い出せない所まで私たちは来てしまっていた。


「じゃあ、決まりね~。今日からあなた達二人にはユニットとして活動して貰うのだけど~」

 至近距離でバチバチに火花を散らす私たちに、くじらさんは嬉しそうな笑みを浮かべて大きな胸の前で手のひらを合わせそう言うと、懐から書類にペンと朱肉を取り出して私と一宮さんそれぞれに手渡してくる。


「はい、二人とも。まずはこれにサインをお願いね~。華燐ちゃんは約束通りこれで正式デビューが決定、メグちゃんも事務所の完全移籍に必要な書類だから」

「これ……契約書類ですか?」 

「ええ、そうよ~」

「後日提出でもいいですか? 家に持ち帰って一通り目を通しておきたいんですけど」

「……ぷ。年上のくせにビビッてるの?」

「は? これはそういう話じゃ——って、あなたもうサインしちゃったの⁉」

「ふん、判断力勝負は私の勝ちね。だからデビューも婚期も遅れるのよ、売れ残りが」

「売れ残りはアイドルとしての話であって婚期は関係ない! ていうか、判断が早すぎるのよ! こういう契約書は自分の身を守ることにも繋がるんだからもっとちゃんと——」

「……はぁ。お年寄りって説教長いのよねー」

「私はまだ二十二だ!」

「面倒なヤツね。サインくらいパパッとすればいいじゃない」

「だから、契約書は一度全てに目を通してルールを確認してから……って、ちょ——あなたナニ人の指に朱肉塗り付けて勝手に捺印してるのよ⁉」

「え? だって、これがないとアイドル始められないのに、あんたがビビッてるから……」

「はい、二人ともありがとうね。契約書類、確かにサイン頂きました~」

「くじらさん……⁉」


 一宮さんの常識知らずの横暴にあわあわしていると、持っていたはずの書類がいつの間にかくじらさんの手元へ渡っていた……⁉ やっぱり狙ってやってるでしょこの人!


「これで二人は正式に『ブルーオーシャン』所属のアイドルユニット『A;ccol(アーコ)❀aders(レード)』になりました。わー、ぱちぱちぱち~」

「ふん、やっとね。誰かさんがビビッてたせいで無駄に焦らされたわ」

「もう滅茶苦茶よ……」


 なんかしれっとユニット名まで決まってるし……。


「それで、早速なのだけれどね? 二人には年末のクリスマスライブ——は流石に無茶だから……そうね、一か月後の『ブルーオーシャン』の定期ライブで、『A;ccol❀aders』のお披露目ライブをやって貰おうと思うの~」


 ライブ。その単語が出た瞬間、私も隣の一宮さんも目の色が変わる。


「ライブ……いよいよ始まるのね」


 うん、気持ちはわかるよ。私も一連の流れに言いたいことはあるけど……もう一度アイドルとしてライブができる。それだけでやってる……! って気持ちになってくるから。


「でも、一か月後って少し急な話すぎませんか? ユニット結成を周知してもいないこの段階だと、どれくらい集客が見込めるかも分かりませんよ」

「なに、あんた。またビビってるの?」

「それしか言えんのか……そうじゃなくて、現実的に今のままじゃダメって話をしてるの。ライブをしても見に来てくれるお客さんがいなかったら、意味ないでしょ?」

「確かにそうね~。毎月開催している事務所の定期ライブとはいえ、『A;ccol❀aders』のお披露目ライブと銘打つ以上、集客はあなた達にある程度依存することになるし……」

「……ですよね。だったら、ライブはもう少し後のほうが——」

「なので、二人には一か月後のライブへ向けて、ユニットの宣伝活動を行って貰うわ~」


 じゃじゃーん! と効果音を自分で口にしつつ、くじらさんが私に渡してきたのは、


「鍵、ですか? くじらさん、これは……」

「ちょ、くじ姉、それ——」

「ええ。事務所三階の寮の鍵よ。あ、寮って言っても、普通の2DKなんだけれどね?」


 ……あ、寮に入れて貰えるんだ。ありがたい。

 思わぬところで住居家賃問題が解決しそうなことにホッと安堵していた私は、隣の一宮さんが啞然とした表情で固まっている意味に気付けない。


「というわけで、今日から二人には事務所の寮で同棲して貰おうと思うの~」

「なるほど、事務所の寮で同棲——……はい?」


 え、なに? いまなんて言ったこの人? この子と同棲? 流石に私の聞き間違い?

 あまりの衝撃発言に頭がバグって固まる私を置き去りに、くじらさんは相変わらずの強引さでどんどん話を進めていってしまう。


「それで、宣伝活動の一環として二人の同棲の様子を『A;ccol❀aders』のアカウントで毎日配信して貰おうと思ってて……あ、お披露目ライブもこのチャンネルで配信する予定だから、その辺りも考えて配信した方がいいと思うわ~。導線ってすごく大切だから」

「ちょ、くじ姉、待ってよ! あたし、そんなの聞いてない! あの部屋はあたしが自由に使っていいってくじ姉が——」

「目標は……そうね~、各種SNSの合算でいいから、ライブまでにフォロワー三千人。もしくは動画の合計再生数十万回ってところかしら~? ウチの事務所はそこそこ知名度あるし、二人なら不可能な数字じゃないと思うわ~」


 一宮さんの猛抗議にもくじらさんはまるで聞く耳を持たない。


「もし目標を達成できなかったらお披露目ライブは中止。華燐ちゃんのデビューとメグちゃんの事務所移籍の話も白紙——そうね、二人ともクビ☆ってことにしちゃおうかしら~」


 そのうえ、なんかその場の思い付きでとんでもないこと言ってるし……⁉


「ま、待ってください、くじらさん! さっきからいくらなんでも横暴がすぎますよ!」


 一時休戦とばかりに、私も一宮さんに加勢するけれど、


「そ、そうよ! 横暴よ! 理不尽だわ!」

「そうですよ。ユニットだけならともかく、こんな子と一緒に住まなきゃいけないなんて、そんなのあんまりです!」

「そうよそう……は? ちょっと、あんた。こんな子ってどういう意味よ!」

「失礼で生意気で我儘で傲慢で身勝手で口も性格も最悪って意味だけど?」

「な、なんですって~~~っ⁉」


 共同戦線を張るはずが一瞬で崩壊して至近距離から撃ち合いを始める私たち。

 くじらさんはそんな私たちの仲間割れを嘲笑うかのように、いつものニコニコ笑顔で先程の契約書を勝ち誇ったようにひらひらと振る。


「ふふふ。ごめんなさいね~? 残念だけど、二人に拒否権はないの~」


 うそ、まさかそんな……冗談でしょ?


「——甲、乙はユニットとしての活動中は同棲し、共同生活を行い、その様子を動画として配信・もしくは投稿すること……ね? 契約違反をしちゃう悪い子には、残念だけど事務所を辞めて貰わないといけなくなっちゃうのよね~」

「「な……っ」」


 か、完全にしてやられた! この人、最初からこのために契約書を用意してたな……⁉

 絶句し、わなわなと震えながら顔を見合わせる私と一宮さん。


 そんな私たちを眺めるくじらさんだけが、楽しそうに笑っていた。


「という訳だから、二人とも一か月後のライブへ向けての仲良し同棲配信、頑張ってね☆」



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