#XX 見つけた、あたしの理想像/一宮華燐 [unofficial Music Video]
忙しない年末が過ぎ去り、ブルーオーシャンにも新しい年がやってきた。
とはいえ、年末年始だからといって私たちにゆっくりしている暇はない。
自業自得というか事後処理というか……とにかく、クリスマスイブに発生したちょっとした事件の影響で、私も華燐も新年早々忙しい日々を送ることになっていた。
「……はい、こちらブルーオーシャンです。お疲れ様です、先日はどうも……はい、その件なら引き続き、私の方で進めていて……はい、はい。何卒宜しくお願い致します。では……」
……まあ、一番目を回しているのは、事務所の電話が鳴り止まないくじらさんだろうけど。
——A;ccol❀aders !
『画面の前のお兄ちゃん、お姉ちゃん、あけお☆アーコレード~! 桜咲く乙女満開姉妹系アイドルユニット「A;ccol❀aders」の妹担当、一宮華燐と~』
『明けましておめでとうございます。叶メグムです』
@りく:あけお☆アーコレード! @豆太:あけおめ @赤二才:新春歌枠希望 @たか:華燐ちゃん、納豆パンちゃんおは~ @ブルオ箱推しp:晴れ着助かりすぎて死ぬ死んだ @ナッツ:納豆パンあけましておめ納豆~! @虹ぽ:初見です! 華燐ちゃんかわいい
『えーとですね、今回は新年初配信……というか、例のライブが終わってから初の配信ということで、ことの顛末と言いますか……なんて言うか、その——』
『あー、はいはい。今日は華燐たちがいっぱい怒られちゃった、って話をしていくわね~』
『ちょ、華燐あなた軽くない⁉ てかテンションと口調! 今日それで行く気なの……⁉』
『あんたがライブでぜーんぶ暴露しちゃったからこちとら開き直るしかないんでしょーが。そんな訳で、今日からはその日の気分で華燐とあたしを使い分けちゃうぞ☆』
……と、一時はどうなるかと思うほどに炎上した私たちだけど、今だと私や華燐を叩く声より擁護する声や応援する声の方が大きくなっている。
世論が大きく変わった最大の決め手は、やっぱり例のライブだろう。
華燐の記事で注目が集まっていたこともあって、生配信されていたライブの切り抜き動画がSNS上で拡散されると、瞬く間にバズりその日のトレンド上位を独占。
私と華燐が歌った『サクラフブキ、ユメメブキ』は、トレンド一位を獲得した。
とはいえ、私たちがライブでやったことと言えば、無許可でライブに乱入して人様の歌をこれまた無許可に歌ってと、再炎上しそうなことばかり。
例の記事の件を弁明した訳でもないのに、どうして皆が急に味方になったかって?
【『A;ccol❀aders』について語るスレ】
919 名前:名無しさん@以下省略:20xx/1/06/(Z)10:38:49.36 ID:PlgmDvwt0
結局、一宮華燐と虹坂桜花の記事でって殆ど捏造だったわけだろ?
920 名前:名無しさん@以下省略:20xx/1/06/(Z)10:48:44.24 ID:kjTlbJXTE
だろうな。あのライター、その手の界隈では有名人らしいぞ。バズるために平気で虚偽の記事を書くって。一宮華燐も虹坂桜花も、金儲けのために利用された被害者だったわけだ。
921 名前:名無しさん@以下省略:20xx/1/06/(Z)10:05:12.21 ID:kHPGyjx0a
胸糞悪すぎる。華燐ちゃんかわいそう……俺が頭よしよしして慰めてあげるね。
922 名前:名無しさん@以下省略:20xx/1/06/(Z) 11:12:15.08 ID:c4H0uPCw0
>921 メンタル病んでまた活動休止することになるから辞めてあげろ
923 名前:名無しさん@以下省略:20xx/1/06/(Z) 11:21:43.57 ID:hWu3GAjn0
てか、おまえら知ってたか? 『A;ccol❀aders』の一宮華燐じゃない方、『ナナイロサクラ』の研修生で虹坂桜花と同期らしいぞ。
924 名前:名無しさん@以下省略:20xx/1/06/(Z) 11:24:13.01 ID:I9LZQq5oE
>923 旧ナナイロサクラ関係者だから一部楽曲の権利持ってるんだっけ? だからライブで『サクラフブキ、ユメメブキ』歌ったのか。
925 名前:名無しさん@以下省略:20xx/1/06/(Z)11:31:49.36 ID:PlgmDvwt0
>923 おまえライブ観てないだろ。納豆パンちゃんのことを『じゃない方』なんて言うけど、納豆パンちゃんはすごいぜ。やばい納豆パンだぜありゃ
926 名前:名無しさん@以下省略:20xx/1/06/(Z) 11:32:15.08 ID:c4H0uPCw0
てか実際、納豆パンは相当レベル高いよな。あれでなんで『ナナイロサクラ』でデビューしなかったんだ? 虹坂桜花と同期ユニットとかで売り出せただろ
927 名前:名無しさん@以下省略:20xx/1/06/(Z) 11:37:43.57 ID:hWu3GAjn0
>926 なんかデビュー直前に社長と音楽性の違いで殴り合いの喧嘩してその時の怪我の影響テレビ業界から干されてたって話らしいぞ
923 名前:名無しさん@以下省略:20xx/1/06/(Z) 11:41:43.57 ID:hWu3GAjn0
>927 納豆パンやばすぎワロタ
——それは当然、そっちの方が〝ドラマ〟があって面白そうだからだ。
現金な話だけど、大衆とはそういうものだ。正しいか正しくないかじゃない。
大切なの理念よりも感情で……だから彼らはいつだって、正しくあって欲しい側の味方なのだ。
その好悪はともかくとして、そんな彼らの願いに私たちが救われているのは事実だ。
夢や理想を重ねたくなる特別な存在……それが私たち、アイドルなのだから。
そして、面白いかどうかで動くのは大衆だけではない。
大衆を動かす者もまた——
「——ウチの正体が例の記事を書いた鞍瀬カヨねぇ。新年早々、こんな公園に呼び出されたかと思えば……なあ、叶ちゃん。参考までにどうしてそう思ったんか、聞いてええ?」
「……きっかけは瀬良さんが落とした名刺です。これ、何枚か玄関に残ってたんですよ」
私は、懐から取り出した名刺を瀬良さんに差し出す。私がなぐもさんの家へ交渉に行ったあの日、事務所へ帰った私が玄関で偶然見つけたのが、この『鞍瀬カヨ』の名刺だった。
「同じ名刺を何枚も持ってるなんて不自然です。それこそ、自分の名刺じゃない限りは。それに、鞍瀬カヨって瀬良鏡花のアナグラムですよね?」
「……なるほどな。せやからウチを協力者に選んだワケや」
名刺を発見した時点では確信はなかった。信じたくもなかった。だけど……。
「……もし、瀬良さんと記事を書いた記者とが同一人物なら、私の提案に絶対に乗ってくると思ったんです。だって、鞍瀬カヨは記事のためなら手段を選ばない」
己の書いた文章で誰かが傷つくことを厭わず、法律ギリギリの行為にまで手を染める。
そうまでして売れる為の記事を書く。
そんな欲望のタガの外れたような人間が、目の前にぶら下がった極上の記事ネタに食いつかないはずがない。
「お見事や、叶ちゃん。その通り、ウチが鞍瀬カヨや。それで、犯人捜しの後はどうするつもりなん? 盗聴やらストーカーの容疑やらで、警察にでも突き出してみるんか?」
「……しませんよ。瀬良さんにクリスマスライブで助けて貰ったのは事実ですし、それに——悪いと思ってないですよね、瀬良さん。今回の件に関して、一ミリも」
私の指摘に、瀬良さんはいつも通りにケラケラと笑って、
「当然やろ。ウチは売れる記事を書いただけ。これが仕事なんやから、反省もクソもないわ。まぁ、法律ギリギリを攻めた自覚はあるから、そこ責められると弱いんやけどな」
「……本当に、自分がやったことに対して何も感じていないんですね。あなたの書いた嘘だらけの記事で華燐がどれだけ傷付いて、辛い思いをしたのか。あなたは何も……」
「んー、カワイソな事したなーとは思っとるよ? けどまあ、その……なんや。思いやりとか道徳? 倫理? あとは……ジャーナリズム? それって、金になるんか?」
瀬良さんのその発言で、私は自分の中に残っていた微かな期待が消えていくのを感じた。
「そう怖い顔せんといてや。叶ちゃんらを応援してたのは本当やで? 元『ナナイロサクラ』と電撃引退した国民的アイドルの妹のユニットなんて、金の匂いしかしないやん?」
……この人は本当に、お金以外の何もかもどうでもいいんだ。
瀬良鏡花は誰の敵でも味方でもない。彼女の握るペンには主義も理想も主張も思想もこだわりも何もなく、ただ売れることが全て。瀬良さんは本気でそう思っている。
「瀬良さん。今回の件で、私から瀬良さんをどうこうする気はありません。ただ……私と華燐に二度と近づかないでください。私たちは、桜花に繋がる便利なパイプじゃない」
「なんや、そこまでバレてたんか。残念。叶ちゃんとのお喋り、結構好きやったんけどなぁ」
終わることで始まることがあるように、始まることで終わることもある。
私と瀬良さんの終着も、数ある終わりと始まりの一つに過ぎない。そして——
「——うん。分かってる。こっちのことが色々落ち着いたら一回そっちに帰る。大丈夫だって、お姉ちゃん心配し過ぎ……え? うん。分かったわ。伝えとく。それじゃ、切るわよ」
「桜花、なんだって?」
「お正月だからってダラダラしちゃダメ、だってさ。……お姉ちゃん、年々お母さんみたいになってくんだけど、どうにかならないのかしらね、アレ。……あ、それと、時間できたら一回家に戻って来いって言われたから、どこかで寮を空けると思うわ」
「それじゃあ、寮に残ることについては許可が出たのね」
「ええ。『くれぐれも、メグに迷惑かけられないようにしなよ』って言ってた」
「あの子は……また余計なことを」
華燐のアイドル活動に反対していた桜花は、クリスマスライブでの私たちのパフォーマンスを見て、その考えを改めてくれたらしい。
桜花曰く『今の二人なら、笑って見てられるから』とのことだそうだ。
アイドル活動を正式に認められた以上、華燐が家出を続ける必要はもうない。
けど華燐は『戻らないわよ。そっちの方が配信楽でしょ?』と、即断していた。
『べ、別にあんたとの同棲が楽しいとか、そんなんじゃないから!』などと、テンプレじみたツンデレ台詞を吐きながら絡んできた時は正直、「また四六時中この子と一緒に過ごすのか」と辟易したりもしたけど……でもまあ、それはそれで悪くない。
「あ、そういえばお姉ちゃんからあんたに伝言」
「桜花が私に?」
「『卒業ライブの時にステージ袖で話したこと、思い出せた?』……だって」
「ああ、その話……」
多分私は、桜花のくれたその言葉を本当はずっと覚えていて……けれど自分に課した『約束』という名のしがらみに囚われて、ずっと見えなくなっていた。
『——ねえ、メグ。ぼくはぼくが笑顔でいられることしかしないけど——メグにも笑顔でいて欲しいって思ってるよ』
あの言葉の意味を、今ならきっと……。
「でも私、トップアイドルになるって『約束』を撤回するつもりはないわよ? だって——」
「……そっちのほうが、〝笑える〟から?」
「……華燐、あなた桜花から何か聞いた? どうして私が言おうとしたことを……」
「さぁ、なんでかしら? 全部思い出せた気になってるあんたには分からないわよ。きっと」
誰かにとっての終わりが、誰かにとっての始まりであるのなら。
あたしにとってのソレは、虹坂桜花が終わりを告げたあの日だったんだろう。
『……うぅ。怖いよ、助けてよぉ。……どこ、どこなの? お姉ちゃん……』
事故の影響で心に大きな傷いPTSDを発症した当時のあたしは、日常生活を送ることが困難な状態になっていた。
とくに家の外に出ることや人が多い場所へ行くことが難しく、一日の殆どを部屋に閉じこもっているような状況だった。
それでもお姉ちゃんの卒業ライブだけは絶対に観に行きたい。
泣きながら頼み込んだあたしに用意されたのは、ステージ袖の特等席。
人が多い客席でライブを観ることが困難だったあたしに、桜花から事情を聴いた『ナナイロサクラ』メンバーの皆さんが考えて手配してくれたのだと後から聞いた。
ともかく、関係者が慌ただしく行き交うその場所で、私はお姉ちゃんの卒業ライブを観ることになったんだけど……途中、突発的な発作に襲われて、逃げるようにその場から離れてしまった私は、施設内で迷子になってしまっていた。
知らない場所に知らない人。
周りは怖いものばかりで、怖い思いばかりが蘇ってきそうで……怖くて怖くて、あたしは誰もいない控室の物陰で一人、膝を抱え蹲っていた。
そんなあたしを、見つけてくれたのは。
『……あれ? あなた、こんな場所でどうしたの? 迷子、かな? お名前言える?』
会ったことも、話したこともなかったけど、あたしはその人を知っていた。
お姉ちゃんが見せてくれる写真や動画、お姉ちゃんの話の中にその人はいつもいて、
『……関係者用のバッジ。あ、そっか。くじらさんが言ってた特別見学の子だ』
『……お、お姉ちゃ……』
『うん、もう大丈夫だよ。お姉ちゃんが席まで案内してあげるから。ほら、いこ?』
目線を合わせてしゃがんでくれる優しさが、安堵をくれた。
差し出してくれた手の温もりが、あたしの恐怖を消してくれた。
柔らかな笑顔があたしの不安を拭ってくれて、そして——
『私、いつか桜花みたいなトップアイドルになる』
——あの日目にした、強く気高いその眼差しが。
あの虹坂桜花と対等であろうと足掻く姿が、あたしに理想をくれた。
『桜花と一緒のステージには立てなかったけど……でも、私もいつか桜花みたいなトップアイドルになって、桜花がいたセンターで、桜花の分までステージで歌い続けるから……!』
だからあたしも、あたしの理想に『約束』をしたのだ。
……いつか。あなたがお姉ちゃんとの『約束』を叶えたその先で……お姉ちゃんの代わりになれるくらい強くなったあたしが、その隣に並び立ってみせるって。
だから、憧れのその先で待っていてね——あたしの理想像。
……遥か先で待ってくれていると思っていた理想が、あたしの元まで転がり落ちてきて、何故だか一緒に『約束』を目指すことになるのは、また少し先のお話だ。




