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第九話 冬来たりなば春遠からじ ~未だ蕾のぼくたちは~/A;ccol❀aders [Official Music Video]

——A;ccol❀aders


『「A;ccol❀aders」の叶メグムと』

『一宮華燐です』

『今、ライブ後に緊急でカメラを回していて……多分、早ければ今夜か、明日? ライブの翌日あたりにこの動画が公開されていると思います』

『このタイミングで動画を撮っている理由については、ライブに来て下さった方なら何となくお察し頂けていると思うのですが……今回のライブで起きてしまったトラブルに関してファンの皆様に謝罪をさせて頂きたいと思い、事務所の許可を取って謝罪動画を撮る機会を設けさせて頂きました』

『今回、私たちのパフォーマンスが原因で、ライブをご覧になったファンの皆様を嫌な気持ちや不安な気持ちにさせてしまったかと思います』

『ファンの方々に楽しんで貰うためのライブでこのような事態になってしまい、本当に申し訳ございませんでした』

『申し訳ございませんでした』

『今後は今回のようなことがないよう、私も華燐もより一層気を引き締めてレッスンに励んでいきたいと思います』

『それから……今回のライブをご覧になった方の中には、トラブル直後の華燐の様子や華燐と私の関係について、不安な思いをさせてしまった方も沢山いらっしゃったかと思います。今回はその件についても私の方からお話をさせてください』

『私は……私と華燐は——』



 翌日。結論から言って私たちは炎上した。


「……まあ、こうなるわよねー」


 レッスン後。シャワーで汗を流した私は、共有スペースのパソコンで公開された謝罪動画についたコメントをチェックしながら一人ため息を吐いていた。


 時刻は既に夕方の四時を回っており、大失敗に終わったお披露目ライブから丸二日が経過しようとしている。

 ライブでの一件もあって、昨日今日と私たちは終日オフだったんだけど……結局、私はこの時間までレッスンルームに籠っていた。

 身体を動かしていないと落ち着かないというか……今まで炎上するほど注目を集めたこともなかったから、こういう時の心構えみたいなものが正直よくわからない。


「むしろ良かったんじゃないの、この程度で済んで」


 ふと、項垂れる私の背にそんな言葉がかけられる。


「華燐」


 扉の方を振り返って、こちらに歩いてくる少女の名を呼ぶと、彼女——一宮華燐は頬を少し朱色に染めて、落ち着きなく髪を撫で付けながら視線を彷徨わせた。


「……やっぱり慣れないわね、ソレ」

「? 慣れないって、自分の名前でしょ?」

「いや、そうなんだけどそうじゃなくて……」


 華燐は私の質問には答えず物言いたげな目をすると、何かを諦めるように溜息を吐いて、


「……そんなことより炎上の件だけど、やっぱりあたしはこれで良かったと思う。あんたが勢いで撮ったあっちの動画が世に出てたら、もっと酷いことになってただろうし」

「そ、そうかなぁ? そこまで酷いことにはならなかったと思うけど……あ、あはは……」


 誤魔化すように笑った私に、今度は呆れ混じりの咎めるようなジト目が向けられた。


「はぁ……まったく、あんたみたいなヤツのどこが優等生なんだか。炎上を回避するための謝罪動画だって言うのに、火に油を注ぐどころか爆弾抱えて火中に飛び込もうとするなんて、一体どうするつもりだったのよ」

「それは……だから、どうにかして華燐に対する誤解を解こうと思いまして……」

「だからって、何でもかんでも馬鹿正直に全部話して謝ればいいってものじゃないでしょ? 言っておくけど、くじ姉がNG出すって相当だからね?」

「……はい。ごめんなさい。反省してます」

「でも、くじ姉も相変わらず無茶するわよね。ま、くじ姉的にも炎上するならアイドルより運営を炎上させておいた方が色々楽なんだろうけどさ」


 今、私たちのチャンネルに公開されているこの謝罪動画は、くじらさん監修の元で撮り直した二本目の動画だった。

 私が撮った一本目が色々馬鹿正直にぶちまける再炎上必至の動画だったのに対して、こちらは炎上を抑えるためにくじらさんが用意したシナリオに従うものだ。


 動画内のスーツ姿の私が何やら神妙な顔で長々と喋っているけど要するに——


 ——一つ、華燐の転倒と激怒は運営の指示で、私へのドッキリ企画だった。

 ——二つ、ドッキリの後、スタッフ間の伝達ミスで本来行われるはずのネタバラシが行われないままライブが進行してしまった。

 ——三つ、ネタバラシを待っていた華燐や事情を知らない私は混乱して状況にうまく対応できず、あのような形でライブが終わってしまった。


 ……と、いうようなことを話していた。


 勿論、全部が全部私たちを守るための嘘。くじらさんは「A;ccol❀aders」が炎上することを避けるため、わざと事務所や運営が炎上するような謝罪動画を公開したのだ。

 しかも、運営側のミスを強調しながら私たちに謝らせることでヘイトが運営へ向かうようになっており、状況説明の内容も少し……というか、だいぶ強引で雑なのを、視聴者の意識を運営の方へ誘導することで誤魔化してしまう、かなり技ありな謝罪動画だった。


「……うぅ、申し訳なさで胃が痛い。私、くじらさんに何て謝れば……」

「別に、そこまで気にしないでいいでしょ。くじ姉本人が叩かれてるワケじゃないんだし」

「で、でも……」

「あー、うじうじとウザったいわね。そんなに気になるなら結果で報いればいいでしょ!」 


 華燐は椅子の上で縮こまる私を叱咤するように、ぐわーっと勢いよくそう言って、


「どの道、やれるとこまでやるって決めたんだし。その……あたしと。あんたで、さ……」


 ……後半になるにつれて言葉が尻すぼみになっていくのと、拳を突き出したはいいものの恥ずかしさに耐えかねて最後にそっぽを向いてしまうのはご愛嬌だ。

この子らしいなって、つい微笑ましくなってしまう。


「……なに笑ってんのよ」

「ううん、別に。その通りだなって思って」


 むすっとした華燐の拳にコツンと拳をぶつけ返す。


「ふん。分かればいいのよ。分かれば……」


 返ってくる感触が、骨に響く微かな痛みが一方通行じゃないことが今は何より心地良い。


「それより、問題はこれからどうするかよ。半端な結果じゃお姉ちゃんは認めてくれないわ」

「……ねえ、華燐。それなら、クリスマスライブを狙ってみない?」

「クリスマスライブ? それって確か、前にくじ姉が言ってた……?」


 私はPCの検索画面にとあるワードを打ち込み、ヒットしたページを華燐に見せながら、


「ええ。十二月頭からライブ直前まで行われる『ブルーオーシャン』の人気投票。そこで一位を獲得したグループのみがクリスマスに単独ライブを行えるっていう特別企画よ」


 開催の三日前まで毎日ファン投票が行われ、直前までどのグループがライブに出演するか誰にも分からない——そんな、頭のネジが外れた企画性がネット上で大きな話題を呼んで毎年多くのお客が訪れる『ブルーオーシャン』最大規模のライブイベントだ。


 くじらさんが契約時に私たちに言いかけて、無茶だからと撤回したライブでもある。


「……もし、デビュー三ヶ月のあたしたちが人気投票で一位を獲って、収容人数七百人の『Blue Garden』を埋めることが出来たら……」

「ええ。流石の桜花も文句は言えないでしょうね」


 なにせ、インディーズのアイドル事務所としてはかなりの規模と人気を誇る『ブルーオーシャン』のトップに、デビューから半年も経っていない私たちが立とうと言っているのだ。

 桜花が求める〝結果〟としては申し分のないものになるだろう。


「……なら、人気投票で一位を獲得できるように今からファンを増やしていかないとよね」

「次の定期ライブは勿論だけど、毎日の配信がとても重要になってくると思う」

「そうね……むしろ、定期ライブ以外でどれだけファンを獲得できるかが勝負の分かれ目になりそう……」


 当然、乗り越えなければならない壁は高く険しい。

 私たちの現状を考えると、かなり厳しい戦いになると言わざるを得ないだろう。


「でも、もし本当にクリスマスライブに出演することが出来たら」

「私たちの目標——トップアイドルに、大きく近づける」


 トップアイドル。

 その言葉に私と華燐は視線を交わし、力強く頷きあった。

 不安はある。恐怖だって。それでも、やるべき事は定まった。

 相容れない私たち二人の心の指針は今、同じ場所を指しているって確信できる。


「……やろう。私たちで最高のクリスマスライブを」

「ええ。そこでお姉ちゃんを……虹坂桜花を絶対に見返してやるんだから」

『A;ccol❀aders』にとって、試練の冬が始まろうとしていた。

「……ところでさ」


 イイ感じに話がまとまった所で、私はずっと気になっていた事を華燐に尋ねる事にした。


「? なによ」

華燐(・・)はいつになったら呼んでくれるのよ。私の名前」

「……っ。そ、それは……」

「ファンになるべく噓はつきたくないって言ったのは華燐だったわよね? 実際仲悪いのは仕方ないとして、せめて形くらいは寄せようって」

「ふ、普通恥じらいとかあるでしょ……⁉ 平然と名前呼びしてくるあんたがおかしいのよ、女子中学生の名前を呼ぶ事案で通報されればいいわこの変態ロリコン痴女ドル!」

「……あ、あなたねぇ、仮にもアイドルに向かって言っていい事と悪い事ってものが……」

「ふん。事実を言ったまでじゃない。それともこの程度の罪状じゃ変態の名折れってこと? 流石、女子中学生の服を剥いで一緒にお風呂に入った性犯罪者は変態の格が違うわね」

「だからそれは、華燐がらしくなくうじうじ凹んでたから私なりに励まそうと……」

「……最悪ね。元を辿ればあんたのせいなのに被害者に責任を押しつけて自分の変態行為を正当化するなんて。これだからあんたとユニットなんて組みたくなかったのよ」

「……信じられない。今それを掘り返すの? これから二人で一緒に頑張っていこうってこんな時に? 正気というか性根を疑うんだけど。というか名前呼びくらいでウダウダ言ってるけど昔は私のことカナメグ呼びしてたのよね? ……ああ、なんだそういうこと? 名前じゃなくてカナメグって呼びたいのねハイハイ分かった分かりましたそこまで言うなら本人が許可します仕方ないからいくらでも叫んでいいわよカナメグLOVEって」 

「……あ、ああああああああんたたたっ、こ、殺す……! わ、忘れろって言ったのに……あんたを殺してあたしも死んでやる——っ」


 そんな風に、アイドルとしてどうなの? って勢いで口汚く罵り合う私たち。

 考え方も価値観も何もかもが違うから、一緒にいると腹が立つし、口を開けばすぐ喧嘩になって……でも、うん。こっちの方が、私たちらしくてイイなって思える。


 だって、自分じゃない誰かと逃げずにぶつかり合うってきっと、こういう事だ。


「——分かった。もういいわ。そんなに嫌なら今まで通り一宮さんと呼ばせて頂きますから」

「は? そんなのダメに決まってるじゃない」

「は? なんでよ。嫌なんでしょ? 私に名前で呼ばれるの」

「は? 別に嫌だとは言ってないでしょ。あんたが変態だって言っただけで」

「え? ちょっと待って意味が分からない。嫌じゃないのに私のことは変態扱いするの?」

「なによ、悪い?」

「いやそんなのもう〝悪〟以外の何者でもないじゃない。なにその理不尽すぎる高度なワガママ、どういう情緒でどういう開き直り方なのよ……こわ」

「だから言ったでしょ? ファンに噓はつきたくないって。あたしのことを名前で呼べるあんたが、わざとあたしを名前で呼ばないのは不誠実じゃない」


 私を変態と罵った口でそんなことを堂々宣う華燐に、開いた口が塞がらない。

 なんて我儘で、なんて理不尽で、なんて滅茶苦茶なんだろう。

 理屈とか道理とか話の筋道とか合理性とか、そういうの全てをふっとばした暴論で私を振り回すその強引さは、私が同じ時間を過ごす中で少しずつ知りつつあった〝一宮華燐らしさ〟であって、


「だからあんたはあたしのことを〝華燐〟って呼んでいればいいのよ」


 だけど同時にそれは、出会った頃の彼女が私に見せようとしなかった〝一宮華燐〟を、彼女自身が望んで私に見せてくれている証のようにも思えた。


「まっ、あたしはどこぞの変態とは違って常識的な羞恥心の持ち主だから、あんたを名前で呼ぶなんて絶対無理だけどね!」


 誰よりも自由に、自儘に。強く在らんとする勝気な少女は、そんな私を見て楽しそうに声を弾ませ、年相応の笑顔で笑っていた。

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