#00 見つけた、私の理想像/叶メグム [unofficial Music Video]
私は、幼い頃から大人の言いつけや約束事を守る聞き分けのイイ子だった。
『ほら、メグおいで? せっかく来たんだからさ、もっと前の方で見なきゃもったいないよ』
そんなつまらない自分のことが本当は嫌いで、違う私に成りたくて、変わりたくて。
でも、そんな勇気はどこにもなくて……。
『ま、待ってよ桜花ちゃんっ。ここ、人も音もすごくて……私、やっぱり——』
だから、誰よりも自由に咲き誇る憧れだった彼女に手を引いて貰って迷い込んだその世界に、私は目を奪われたんだ。
『——、————わぁ……っ!』
『ね、すごいでしょ? アイドルって』
絶壁のように立ちふさがる人の群れをかきわけたどり着いた世界の果て——そこは、色とりどりの笑顔が瞬く星の大海だった。
降り注ぐ光の雨の真ん中で、たくさんの人々の歓声を浴びながら、可憐で煌びやかな衣装に身を包んだ女の子たちが跳ねるように歌い踊っている。
可愛くて、きれいで、かっこよくて……そして何より、ステージの上で笑顔を振りまき躍動する彼女たちは、まるで背中に翼が生えているみたいにどこまでも自由で、心の底から楽しそうに、輝いて見えたから。
それは、私が夢見た理想像。
大人たちの言いつけ守ってイイ子にするくらいしか取り柄がなかった臆病で退屈な私が、誰よりもなりたい私——私の理想像を、あの日のステージに見つけてしまったから。
だから私は——
『ねえ、メグ。アイドルってすごいね』
——私たちは、ここにいる。
『どうしたの急に。しんみりするなんて、桜花らしくないんじゃない?』
『ううん、別に。ただ、改めて思ったんだ』
煌びやかな星の海の向こう側。光の当たらない星の裏側で、私は今、大好きな彼女と一緒に彼女を呼ぶファンの声援を聞いている。
『もし、ぼくがアイドルになれていなかったら。こんなに沢山の人を笑顔にすることも、その笑顔の中でぼく自身が笑顔になることもなかったんだなぁって』
『……後悔は、ないの? 今、「ナナイロサクラ」を……アイドルを辞めることに』
『全然。メグも知ってるでしょ? ぼくはぼくが笑顔でいられることしかしないって』
そうやって答えた彼女は、いつもと変わらずいたずらっぽく笑っていて、
『……私はあるよ』
それが余計に悔しかったのかもしれない。
『メグ……?』
『だって私……いつか、いつか桜花と一緒のステージに立つって約束した。なのに、こんなところで見送ることしか出来ないなんて……そんなの、私は——』
私と一緒にアイドルの卵になった彼女は、私より何歩も先を駆け抜けて、国民的な人気を誇るトップアイドルにまで成長した。
そして今日、私を置いてこの世界から——〝アイドル〟から卒業してしまう。
『……だから、決めたの。私、いつか桜花みたいなトップアイドルになる』
未だ卵のままの私は『約束』をする。
『桜花と一緒のステージには立てなかったけど……でも、私もいつか桜花みたいなトップアイドルになって、桜花がいたセンターで、桜花の分までステージで歌い続けるから……!』
『……そっか、ありがとね。メグ』
堪えきれずに涙ぐむ私に、彼女はやっぱり笑顔を浮かべてそう答えた。
けれどその笑顔は、いつもと違って少しだけ困っているようにも見えて、
『ねえ、メグ。ぼくはぼくが笑顔でいられることしかしないけど——』
……ああ、あの時彼女は私になんと言ったんだっけ?
繰り返し反芻される記憶の中で笑う彼女の言葉はそこで途切れてしまっていて、何度繰り返してもその先の言葉が私に届くことはない。
『——みんな! 今日はぼくのラストライブに来てくれてありがとう!』
でも大丈夫。一番大切なことは、ちゃんと覚えている。
『出会いと別れを、喜びと悲しみを繰り返すのが、ぼくらの人生かもしれないけれど——』
彼女との『約束』を守る。
『桜が散り花びらが舞う明日にこそ、未来は芽吹くものだから! だから……さぁ、さよならこそ笑って——「サクラフブキ、ユメメブキ」!』
その為に私は、虹坂桜花のようなトップアイドルに——
「——叶くん。突然で悪いんだが……君には、ウチの事務所を辞めて貰おうと思ってる」
「……え?」
その日は、いつも通りの平凡な一日のはずだった。
いつも通りの時間に起きて、いつも通りに仕事がないから朝から晩までレッスンをして……ただ、いつもと少し違ったのは、レッスン終わりに社長直々の呼び出しがあったこと。
そして、久しぶりに大きな仕事を貰えるかもしれない、そんな期待を胸に社長室を訪れた私を待っていたのが、まさかの社長直々のクビ宣告だったということだ。
「……叶くん。聞いているのかい? 叶くん」
あまりに突然の事態に輝かしい過去へと意識をトリップさせ現実逃避していた私に、社長は呆れ切ったようにため息混じりの声をあげた。
白や黒といった無彩色を基調とした社長室にはどこか重苦しい空気が満ちていて、その空気感を作りあげている張本人である目の前の初老の男性は、重厚なレザーチェアに腰かけて無遠慮に煙草の煙をくゆらせている。
こちらを見る社長の表情からは呆れの他に少しばかりの同情と、『こんなこと自分だって言いたくないんだぞ』という億劫さと憂鬱さとが混じりあったような苛立ちとが見て取れて、それがある種の威圧感となって彼の正面に立つ私を襲っていた。
「……えと、すみません社長。今、なんて仰いました? その……よく、聞き取れなくて」
「端的に言うと君はクビで、明日からはもうここに来ないでいいってことだ。理解したかね? 理解したのなら今すぐ——」
「——ちょ、ちょっと待ってください!」
「なんだね? ああ、手続きの方ならこちらでやっておくから、君は心配せずとも——」
「そ、そうじゃなくて。あの。私、どうしてクビなんでしょうか? せめてクビになった理由を聞かせて貰えないと、納得もできないと言うか……」
何とかして食い下がろうとする私に、社長はこれ見よがしにため息を吐く。
「……叶くん。君のグループへの貢献は理解しているつもりだ」
社長も私が折れないのを察したのか、嫌そうにしながらもぽつぽつと言葉を零し始める。
「規律正しく勤勉で常に他のメンバーの模範となり、人柄もよく皆に慕われている。高い技術と経験を活かして後輩を導く君の存在は、グループへ常にいい影響を与えていたと思う」
「でしたらどうして——」
「——でもね叶くん。アイドルの仕事はファンを楽しませ笑顔にすることだ。教師じゃない」
それでも尚食い下がろうとする私に、社長はどこか寂しげに目を伏せ首を振って、
「独りでは何もできない今の君に、自らのパフォーマンスでファンの方々を笑顔に出来ていると胸を張って答えられるかね?」
私は、社長の問い掛けに答えることが出来なかった。
つまりは、それが答えだった。
そうして私、叶芽夢はアイドルをクビになったのだ。