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第二節 異空間では・・・

よろしくおねがいします

夜中に、ふと、目が覚めました

ここはアルステイムのギルド職員に貸し出される職員寮の、私たちの部屋です


室内は静寂に包まれていて、私の隣で一緒に寝ているアスの、規則正しい寝息が聞こえてきそうです

カーテンを閉め忘れていたようで、窓から差込む月明りが、部屋全体を青白いで照らし出しています


シンプルなデザインのキングサイズベットから、アスを起こさないようそっと抜け出し、静かにカーテンを閉めようとしたとき、当たり前のように夜空に浮かぶ二つの月が目に入りました


月が真上に差し掛かるには、まだ時間がかかる、そんな頃合いでした

あの日もこんな月夜だったなと、この世界に迷い込んでからのことを思い返していました


-----------------------------


それは俺の上司である課長が、部長に呼び出されたことから始まった


部長は、親会社の社長の息子で経験を積むため、うちの会社へ出向してきているのだが、しょっちゅうやらかすミスの尻拭いを課長に押し付けてくる

課長は、部長と親戚関係でもあるので、無下に扱うこともできず、いつも胃を痛めながら対応していた


そんな課長だが、今日は様子がおかしかった

穏やかな雰囲気の顔は、今にも倒れそうなくらい真っ青になっていて、席に戻るや否や頭を抱え魂が抜け出るような深いため息を吐いていた


「今日の注文は何だったんですか・・・」


ただならぬ様子の課長に、いたわるような感じで問いかてみると、悲壮感全開で部長とのやり取りを説明してくれた


ざっくりまとめると

うちの課で管理をしていてる、親会社へ納めている『とある商品の基幹部品』の一部に仕様変更があったらしい

まぁ、仕様変更は仕方がない、世の中のニーズへの対応や、品質の向上・生産性向上と、いろいろな理由で必要になると思う

問題は、その基幹部品が、特別に組成調整した材料を、特殊な設備で、精密に加工する必要があり、わずかな仕様変更でも、それなりのコストや納期が必要になるのだが、仕様変更の打診があったさい、部品のことをよくわかっていない部長が内容を碌に確認しないで了承し、見栄を張って費用処理や納期変更は不要と答えたうえ、念のため余裕をもって送られていた、親会社からの仕様変更通達を、もうすぐ納品しようとする今頃になって、課長へ通達してきたのである

しかも、なにがどうしてそうなったのか、納品できなかった場合、全責任をうちの会社が負うことになていて、多額の違約金や責任問題で、会社は倒産、社長の手が後ろに回る事態になっているとのことだった

部長は何だなんだで親会社へもどればいいので能天気にしているが、うちの会社の従業員はそうはいかない

最近の物価高や不況で、再就職先が見つからず、路頭に迷う者も出てくるかもしれない

説明の最後には、「君たちだけが頼りだよ」と、課長に泣きつかれたしまった


それからはデスマーチの日々だった


徹夜・朝帰り・休日出勤は当たり前で、設計のやり直しに図面の変更、不足部材の手配や、日程調整等々、課員一同が文字通りの不眠不休で仕事をした

休日に部長は接待ゴルフを受けに行っていると知った隣席の女性課員が、女性がしてはいけないような形相で「だんだん酷くなってきてるじゃないの!!!、あの禿いつか飛ばしてやる」と、怨嗟の念を贈りながら仕事をしていたときは、生きた心地がしなかった


そんなこんなで、仕様変更対応が一段落し、明日から普通の日々が送れるようになる、そんな日の夜にそれは起こった


自宅への帰り道、親も嫁もいない寂しい独り身としては、自分で飯を作る必要があるのだが、今日は自炊が億劫になり、コンビニで特製デミグラスソース仕立ての煮込みハンバーグ弁当(税込み九八〇円)を、晩御飯にすることにした

そうして、いつもの道をいつものように歩き、いつもの通り稲荷神社の傍の道へ差し掛かった


アスファルトで舗装されたこの道は、普段なら一部壊れた街灯の明りでポツンポツンと照らしている寂しい道だが、今夜は違った

雲一つない満天の星空に上っている満月の光によって、雪でも積もっているかのように白くきらきらと照らし出されていた

その光景に、思わず月を見上げた


「久しぶりに月を見たような気がするなぁ

 それに今日の月は、今までで一番綺麗に輝いて見える」


激務が終わった安心感からか、時間に追われる日々からの解放感からかはさておき、月の美しさに心奪われ、月を眺めながら歩いていたら、突然、足から大地を踏みしめる感覚がなくなった

驚きとともに下を向いた時には、暗黒の世界を落下していたのだった



目の前には、それらしいものが無いのに、スポットライトのような照明に照らされた卓袱台があって、その上には整然と置かれていてる一膳の箸と一個の缶詰

それ以外の物は何一つ見当たらない、いや、見えない真っ暗なところに、気が付けば佇んでいた


「いったいここは何処なんだ」


呟きに帰ってくる声も、反響する声すらもなかった

ここに来るまでのことを思い出してみたが、頭の中に靄が掛かっているような、はっきりとしない感じがした


(あのとき、大きな穴に落ちてしまったのか

 だとしたら相当深い穴に落ちたようだな・・・

 穴の入り口が全く見えない)


目線を真上にむけてみたが、そこにはキラキラと輝く星々も、ついさっきまで眺めていた月もなく、真っ暗な闇が広がっていた


(そんなところに落ちたのなら、普通は生きてないよな

 でも、これといった怪我もない、むしろ調子がいいくらいだ

 となると、どこか別の場所ということになるのかな

 しかし、近所にこんな場所なんてなかったはずだけど

 誰かの悪戯だったとしても、何のためにこんなことをやっているのやら)


腕を組み、首を右に左にと、何度もかしげながら理由を考えてみた


(分からん、これは考えても仕方がないやつだな)


いくら考えても答えがでそうにないと判断し、あっさりとこの状況についての考察を諦めた


(さて、どうしたものか

 ここまで真っ暗なところを、手探りであちこち

 移動するのは、危険な気がするし

 また、いきなり穴に落ちたりするかも

 仕方がない、しばらくはここで様子をみてみるか)


卓袱台の前に胡坐をかき、腕を組んで目を瞑り、待つことにした



ゴンッ


卓袱台に頭をしたたかに打ち付け、その痛みで目を覚ました


(イツツ

 いつの間にか寝てしまっていたようだな

 しかし

 待っても何も起きなかったか)


額をさすりつつ、辺りを見回してみたが、何の変化もなかったようだ

目の前には、卓袱台とその上に置かれた、一膳の箸と一個の缶詰

元に戻ることも、お約束のように神様的な何かが見事なジャンピング土下座をしつつ現れ、状況説明を始めるということもなかった


(さて、どうしたものか

 そういえば、お腹が空いたな

 結局のところ晩御飯を食べてなかったな

 せっかく奮発して買った弁当だったのに)


腹をさすりながら目の前にある、缶詰を見つめた


(ここは一つ、食べてみるのも手か

 わざわざ箸まで用意してくれている訳だし)


缶詰を手に取って、あちこち観察をしてみた


(近くでよく見ても、某食品メーカーのツナ缶のカローリーオフタイプだな

 特におかしなところもないし

 しいて言えば、賞味期限が近いことくらいか

 よし、食べよう)


缶詰を調べて問題なさそうだったので、食べる決断をした


(いざ、食べようと思うとこれだけっていうのは、

 なんだか味気ないな

 マヨネーズとか、海苔とあったかいご飯とかがあれば、

 文句なしだったんだが

 あまり贅沢を言ってもしょうがない)


そんなことを考えつつも、慣れた手つきでプルタブに指をかけ、蓋を一気に開けてみた

「バカッ」と聞きなれた小気味よい音がしたが、次の瞬間には缶詰の中から大量の煙が勢いよく噴き出してきた


「うわっ!なっ、なんだ、何が起きたんだ」


慌てて缶詰を手放したが、卓袱台の上に転がった缶詰からは、なおも勢いよく煙が噴き出し続け、視界を白一色に染め上げていった

何かが起きるのではと期待しつつも、身を守るため両手で頭を抱え、身を縮めジッとしてると、体の中に何かが沁み込んでくるような感覚に襲われた


(あれ?

 なんか気持ちよくなってきた

 くっ!

 ひょっとして、これで人生が終わりなのか

 せめて幸せな家庭を持ちたかったなぁ)


その感覚は、何かに蝕まれているような嫌な感じではなく、胸の中心に火がともったような温かいもので、その心地よさに、次第に意識が薄れてゆくのだった

ありがとうございました

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